孤児院に預けられた赤ん坊は、ミューラと名付けられた。
ミューラは、茶髪に鳶色の瞳といった素朴な容姿、そして優しくおとなしい性格だ。
今年で11歳になる。
彼女は孤児院では、年下の子ども達から好かれており、同年代の孤児達とも仲良くやっている。
その中でも、エドガーという同じ年齢の少年と仲が良かった。
エドガーは濃紺の髪に同じ色の瞳をした、なかなか容貌の優れた少年だ。
エドガーも赤ん坊の頃に孤児院に来た子で、仲が良く、何をするのも一緒の2人になった。
一番のキッカケは、とても小さい頃にエドガーが風邪を引いた時だった。
高熱で隔離され、熱にうなされ部屋に一人ぼっちになった彼はとても不安だった。
「エドガー、大丈夫?」
「怖いよ、ミュー。心臓がバクバクするんだ」
「大丈夫、私、ここにいるからね」
――と、ミューラは、高熱に怯える彼の手をずっと握って付き添っていた。
ミューラは院長先生に伝染するから駄目よ、と言われたのにも関わらず、エドがいる部屋にこっそり来て看病してくれた。
「院長先生がさっき言ってたよ。明日の朝には熱下がるだろうって、もう少しのしんぼうだよ、エド」
そう言って、冷たいタオルを絞ってくれるミューラに、エドガーは高熱とは違う原因で胸が高鳴っていたのだが、その時は熱のせいだと幼い彼も思っていた。
「(これからはミューラが困っていたら、絶対助ける……)」
エドガーは、熱にクラクラしつつもそう思うのだった。
それからエドガーはミューラの周りにいる時間が増えていった。
例えば、力のないミューラは、薪割りのような作業は時間がかかってしまっていた。
そんな時は必ずエドガーが来て助けに入る。
「ほら、斧貸せよ」
「え、でも」
「満足に持ち上げられもしないのに無理するなよ」
「う、うん。じゃあ、代わりにエドの仕事を何か引き受けるね」
ミューラも、素直に彼に助けてもらい、代わりに彼の軽作業でできる仕事を引き受けた。
このようにミューラとエドガーは仲良くなっていったのだが、孤児院の他の子ども達からすると、エドガーのほうがミューラについて回っている印象だった。
「ミューって完全にエドにロックオンされてるよね」
「仲良いっていうか、エドのほうがすげー執着してるよな……」
「エド、モテるのにな……。こないだ割と裕福な商店の娘から恋文貰ってたの、速攻で焼却炉に捨ててるの見た……」
「ああ、あの子か。たしか結構美人だったよな。……うわ、もったいねぇ……」
ミューラもエドガーを一番仲良し、とは思ってはいるのだが、周りからすると、エドガーからミューラへの執着が目に付くような、そんな関係だった。
◆
この世界には魔法があり、それを使うには魔力が必要だ。
エドガーは10歳になるころ、魔力を持ってることがわかった。
魔力を身体に宿している人間は、世界の人口に対して少数で貴重だ。
孤児であっても、高位貴族から引き取りたいと話しが来る。
しかしエドガーは、全て断っていた。
ミューラは不思議だった。
「エド。どうして断るの? お父さんやお母さんが欲しくないの?」
「いらない、俺は冒険者になりたいし、それに両親は必要ない……それに――」
「それに?」
「あー。その。ミューは、オレが……例えば遠くの貴族に引き取られて、会えなくなっても……その平気、なのか?」
「あ……。そうか、ありがとう。……でも。私だけがここに残される事に遠慮して引き取りを断っているのなら……」
ミューラのほうは、魔力もなければ容姿も素朴、引き取りの話などは一度も来たことがない。
「オレは孤児院で暮らしたい。気が合うかどうかもわからない親に引き取られるくらいなら、自分で身を立ててお前や孤児院の連中とつるんでいたい。お前は、ちがうのか?」
「ううん、私もそれが、いいって思ってるよ」
引き取られて、親と暮らしてみたい。
それを夢見ないわけではないが、ミューラもエドガーと一緒にこれからもいられるなら比べるまでもなかった。
「貧乏だと思うけど、頑張ろうな。……これからも助け合おうぜ」
「うん!」
「それで……」
「うん?」
「いや、なんでもない……」
「?」
いずれミューラと結婚したい、と口にするには、まだ早く勇気も足りなかったエドガーはそこで口をつぐむのだった。
ミューラはエドガーと一緒にいると安心できたし、孤児院の院長先生であるシスター・ブランカも年配の優しい人で、悩みがあると親身に聞いてくれる。
「(お父さんやお母さんはいないけど……)」
――ずっとここに、いれたらいいのに。
孤児であっても、そんな風にミューラは幸せだった。
不安があるとしたらいつまでも孤児院には居られないという事だけだった。
12歳になったら、就職先を見つけて孤児院を出ていくのが普通だ。
「(多分、引き取られてない子はこの街で仕事を探すことになるけれど、住まいはバラバラになる)」
それを考えると、胸がキュ、と締め付けられるのだった。