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第49話 もと通りにはならない

 その日の帰り道、俺は隣を歩く五十嵐に尋ねる。


「さっき話してくれた魔女の話あるだろ」


「それがどうした?」


「呪いによってその家系は短命の宿命を負っているって言ってたよな」


「あくまでも聞いた話だがな」


「その呪いを解く方法ってあるのかな?」


 五十嵐からの返事がなく、彼のほうを見ると口元に手を添えて考えていた。


「五十嵐?」


 どうしたのか、と俺は名前を呼ぶ。

 すると五十嵐が視線だけをこちらに向けた。


「山神との約束を守らなかったから呪いを受けることになったのだ。もしも、その呪いを解く方法があるとするならば、それは山神に許してもらうしかないのではないか?」


 五十嵐のどこまでも真剣な低い声が俺の脳を殴ってくる。ぐらんぐらんと揺れる視界が元通りになったところで、眉をひそめながら言葉を返す。


「許してもらうって言ってもな、そもそも会話ができないわけだし」


「もしも許してもらうと考えているのならば、町の奴らと同じように祠にお願いしに行けばいいじゃないか。気まぐれな山神様は応えてくれるかもしれないぞ?」


「……祠、ねえ」


 帰り道なわけだし、別に行くこと自体はいいんだけど。

 それで話ができれば苦労はないよなあ。


「悪いが俺は同行できないぞ。このあとも予定が詰まっているんでな」


「もう夕方の五時なのに?」


 言うと、五十嵐はニッと悪役のような笑みを浮かべる。

 めちゃくちゃタイトなスケジュールで生きてるんだな、こいつ。興味のあることにはとことん全力ってわけか。逆に言えば、興味のないことは完全に切り捨てているんだろうけどさ。クラスメイトとの海イベントとかな。


「ということで、ここで失礼する。健闘を祈っているぞ、上村」


 ちょうど分かれ道になったところでそう言った五十嵐は三日月山とは逆の方へと行ってしまう。残された俺は五十嵐の背中を見送ってから山の方へと歩き始める。


 どちらにしても三日月山には行く必要があるからな。帰り道だし。

 祠に行ったとして解決する問題とは思えないけど、一応行くだけ行ってみるか。


「……」


 五十嵐の話した、魔女が生まれた話。その昔にあった一人の女性と山神の物語。

 それがすべて真実かは分からないけれど、完全な嘘っぱちと切り捨てるにはもったいない情報だった。それに、今俺が持っている情報と照らし合わせるとやはり嘘とも言い切れない。むしろ、俺の中では真実だと思う気持ちの方が大きい。


 真偽はともかく、双葉を救うための情報となるのは確かだし、なにか指針があったほうが俺としても進みやすい。


 呪いを解くためには、あの日守らなかった約束を果たす必要がある。

 五十嵐はそう言った。正しいかは分からないけど、それはご尤もな意見で。現代社会においても通じるような当たり前の話だ。


 けど、だとすると。

 どうすればいいんだろうか。そのときの女性はもうこの世にはいないのだ。


 その血を継いでいる双葉が命を差し出すのか? そんなの本末転倒じゃないか。


「とりあえず行ってみるか」


 考え事をしている間に三日月広場に到着してしまった。

 夕方五時を過ぎると、この広場に集まっていた人のほとんどは帰ってしまう。都会では夕方五時なんてまだまだこれからって感じだけど、田舎町となるとその辺の常識もやっぱり違うようで。


 がらんとした広場を突っ切って、三日月山に入る。

 このまま登り切れば洋館があるが、俺はその途中で道を変えて祠のほうへ向かうことにした。


 もっと情報が欲しい。

 双葉がなにも知らなすぎる。


 けど、彼女が自分の呪いに無関心だったわけではない。むしろ、どうにかしようという気持ちは伺えた。それでもどうしようもなかった彼女はただ、唯一分かっていることだった謝儀を受けるという行為だけを続けていたのだ。


 どちらかというと、なにも知らされていなかったのではないかとさえ思う。


 代々、双葉家は山神の呪いに苦しめられていたのならば、何かしら情報は言い伝えられてきたはずだ。なのに、双葉はほとんど知らなかった。それを、知らなかったのではなく、知らされていなかったと仮定すると、その理由は幾つか考えられる。


 一つは、そもそも親でさえ情報を持っていなかったパターンだ。

 素人である俺達でさえ、探してみればある程度の情報は得れているのだから、これはないだろうけれど。


 二つ目は、知らされる前に親が他界したパターン。

 確か、双葉がまだ小学生くらいのときに母は亡くなったはずだ。もう少し大人になったら言おうとしていた時に急死した、とか。けど、自分の死期が近づいていることは察せただろうし、だとしたら死ぬ前に全て告げるはず。これも可能性としては薄いか。


 考えられる三つ目のパターン。

 意図的に情報を伏せていた。これが一番有り得そうな話だけど、ならばどうしてそんなことをしたのか、その理由が分からないんだよな。情報を伝えないメリットが一切ないのだ。少なくとも考えてみても俺には思いつかない。


 ぐるぐると答えのない問題に頭を悩ませていると、いつの間にか祠に到着していた。

 実はちょっと疲れるなあくらいの距離があるはずなんだけど、考え事をしていると意外とあっという間である。これからはなにか考えながら歩くか。いや、それは危ないな。やめておこう。


 細めの道を抜けると広い空間があって、その奥に祠がある。夕方という時間にも関わらず、驚いたことに誰かが祠の前にいた。女の子が祠の前にしゃがんで何かをしている。例の都市伝説を信じた町の人が訪れたのか。夏休みにも関わらず訪問者がいるのだから、神様も休む暇がないな。


 などと思っていると。


「だれ?」


 足音に気づいたその女の子がこちらを振り返った。

 そして、目が合う。


「……紘くん?」


「……玲奈」


 白石玲奈がそこにいた。

 彼女はまるで幽霊でも見たような驚きの表情のまま数秒固まっていたが、ようやく状況を飲み込んだのか小さく息を吐いて立ち上がった。


 しかし俺はどうしていいか分からず、未だその場に立ち尽くしていた。

 先日行われた三日月町の夏祭りの日の夜、俺は玲奈に告白された。


 けれど、双葉のこともあったし、なによりも自分の気持ちに嘘はつけなくて彼女の告白を断ったのだ。それから数日、玲奈とは顔を合わせていなかった。今日だって、意図的に彼女は会合に来なかった可能性があったくらいだ。


 このまま帰ったほうがいいのかな。

 けど、そんなことをしてしまったら、俺と玲奈はもう……。


「どうしたの? こんな時間に、こんな僻地まで」


 自分の行動を決めきれずに俯いていた俺に、彼女はまるで涙を流す子どもをあやすような優しい声でそう尋ねてきた。顔を上げて玲奈の顔を見ると、そこにはやはり優しさが満ちていて。


 辛いはずなのに。

 辛いのは彼女のはずなのに。


「えっと、ちょっと祠の様子を見に来てさ。そういう玲奈は?」


 あの日のことをなかったことになんてできない。

 けれど、玲奈がこれまで通りに接してきているので俺のその調子に合わせることにした。


 彼女の強さが眩しい。自分の弱さが恨めしい。


「……ちょっとね。お掃除とか、いろいろ?」


「お掃除、か」


 そういえば、以前そんな感じの話をしたことがあったな。

 あれはたしか、テスト前にここを訪れたときだ。


 白石家の曾祖母さんが山神のお世話になったから、感謝の気持ちで手入れをしていたそうで。それが白石家で代々受け継がれているんだっけか。


 昼間、どうして来なかったのかということについては触れないほうがいいだろうし、ここはこの調子で会話を続けよう。


「俺も手伝うよ」


「え、でも悪いよ」


 それはもしかしたら、二人きりが気まずいと言われていたのかもしれない。

 けれど、この機を逃すと俺と玲奈はもう以前のようには戻れないかもしれないから。


 だから、彼女と無理やり会話をする口実にしてしまった。

 悪いな、神様。このお礼はまた今度させてもらうから許してくれ。


「迷惑だって言うなら帰るけどさ」


 卑怯な言い方をしてしまった。

 彼女が俺の言葉を肯定するはずないと分かっていながら、そんな言い方をしたのだから。


「……そっか。うん、じゃあ、お願いしようかな」


 無理やりに作ったような笑みを浮かべた玲奈から、指示をもらいながら掃除を手伝う。

 手伝ってみると分かるが、雑草の処理から祠の掃除まで様々行っており、これを一人でするとなると結構大変な作業になる。それをずっと続けていると言うのだから感心以外のなんでもない。


 どう話し始めたものか分からず、しばらく無言で雑草の処理をしていた俺達だったけれど、その沈黙を玲奈が破った。


「今日、ごめんね」


 ぽつり、と消えそうなほどか細い声だった。


「ん?」


「お昼の集まり、行けなくて」


 訊き返すと、今度ははっきりとそう口にした。

 俺が触れるべきか悩んだことだ。彼女自身からこちらに踏み込んできてくれた。


「まだ頭の中が整理できてなかったんだ。そう言うと、今はもうだいじょうぶみたいに聞こえるかもだけど」


 あはは、とおかしそうに笑う玲奈の横顔は、まだどこか無理しているように見えた。


「最初は驚いたけど、でも、ここで会えて良かったのかも」


「……かも、しれないな」


 俺は玲奈を振った。

 だから、俺から彼女にかける言葉はきっとなくて。


 本当ならば疎遠になってしまうような事態なのかもしれないけれど、できることなら玲奈とこのまま話さなくなるようなことにはなってほしくなくて。


 でも、それは俺のわがままで……。


「会う勇気がなくて避けてたけど、こうして顔を合わせると意外と話せるもんだね」


 さっきまでと比べると、玲奈の声は明るいものに聞こえた。ふふ、という笑い声にも無理してる様子はない。もちろん、元通りの彼女というわけでもないんだけど。


「……俺はさ、できることなら玲奈とはこれまで通りに話せればなって思ってたんだよ。でも、どうすればいいのか分からなかったんだ」


 今ここで言わなければ、伝える機会はないと思った。

 だから、俺は笑顔の仮面をつけた玲奈にそう告げた。すると、彼女の手がぴたりと止まる。


「玲奈?」


 数秒、止まっていた彼女は立ち上がって俺の方を見た。


 まっすぐに。

 真剣に。


 その表情は間違いなく彼女の気持ちがそのまま浮かんでいるものだった。ぴりっとした雰囲気がそれをひしひしと伝えてきている。さっきまでの無理した優しい雰囲気ではない、どこまでもキリッとした表情だ。


「これまで通りは無理だよ」


 びゅうと風が吹いた。

 玲奈の言葉は、突き放すような冷たさのはずなのに、けれど届いた声はどこまでも優しくて。


 悲しげな表情を浮かべた彼女は、それでもにこりと笑っていた。不思議と俺は、それを無理やり作ったものには思えなかった。


「でもね、これで紘くんとバイバイしたいなんてわたしも思ってないよ。元通りにはならないけど、きっと新しくやり直すことはできるはずだから」


 そう言った玲奈が俺のすぐ前までやってくる。

 だから俺は立ち上がり、彼女の到着を待った。


「だからね、握手しよ? もう一度、新しく始めるための友情の握手」


「……ああ」


 元通りにはならない。

 それでも歩み寄ってくれた玲奈に、俺は「ありがとう」と口にしながら微笑んだ。

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