俺と双葉がプールに行った二日後のことだ。
俺は五十嵐に呼び出されて学校の図書室に来ていた。
「なんだよ、急に呼び出して」
五十嵐は相変わらずアロハシャツを着ていた。ちなみに俺も制服だ。
私服でも大丈夫という話は聞いたんだけど、なにを着ればいいのか分からなくて結局制服にした。
「近況報告を、と思ってな」
最近いろいろあって、ちょっと疲れていたのでゆっくりしたかったんだけど。
母さんとの一件があって、双葉とプールに行って。
それと、玲奈と祭りに行って告白をされて……。
あれから玲奈とは会ってない。そもそも日が経っていないんだけど、次に顔を会わせたときに、どんな顔をすればいいのかまだ自分でも分かっていないのだ。
「双葉閑はどうした?」
「なんで俺に訊くんだよ」
図書室は静かだった。
今日がたまたまそうなのか、夏休みの図書室というものが存外こんなものなのかは分からないけれど、周りに人がいないというのは有り難いことだった。
俺達以外に利用者はいないし、本来はいるべきであろう図書室担当の人もいない。あまりに人が来ないからサボっているのだろう。なので、本当に俺と五十嵐の二人だけなので、周りを気にして声を潜める必要もない。
「お前に訊くのは一番手っ取り早いと思ったからだが?」
「なんでそう思ったのかを訊いてるんだが?」
五十嵐の言葉に俺は間髪入れずに答える。
俺の切り返しに五十嵐は何故かフッと笑った。
「答えていいのか? お前が、いや……お前達が隠していることが露見する可能性があるんだぞ? それでもいいのであれば、俺としては理由を話すのは一向に構わないのだが?」
え。
こいつ、俺と双葉の秘密に気づいているというのか?
具体的に言うと、俺と双葉が一緒に住んでいるということだ。誰にも話していないし、登下校も時間をズラしている。帰り道は必ず周囲に注意しているし、学校での距離感も意識している。
なのに?
気づかれた?
いや、ハッタリの可能性もある。ブラフだ。理由を知ろうと、カマをかけてきているんだ。
「どうせ知らないってオチだろ。そうはいかないぜ」
言うと、五十嵐は呆れたような溜息をする姿をわざとらしく見せた。
「あまり俺を舐めない方がいいぞ」
「なら言ってみろよ。正解だったら認めてやる」
「お前が双葉閑と一つ屋根の下で暮らしていることくらい知っている」
「なんで知ってるんだ!? ま、まさか尾行を……?」
だとしたら人間性を疑わざるを得ない。
友達を尾行するとか、悪質にも程があるぞ。
「必要であれば尾行だって厭わんが、そんなことをするまでもない。これまでに落ちていた様々な情報を繋ぎ合わせれば自ずとその結論に辿り着く。一から説明してやろうか?」
「いや、大丈夫です」
はっきりと言い当てたのだから、多分こいつの推理は正しいんだろう。
だとしたらそれは聞くだけ無駄だろうし、誤魔化しても意味はない。そんなことよりも
俺がするべきことは他にある。
「そのことなんだけど」
「皆まで言うな。同志の秘密を他人にベラベラ喋る趣味など俺にはない」
「……助かる」
「秘密を言い当てたついでにもう一ついいか?」
「もう怖いんだけど」
五十嵐の申し出に俺は怯えながら続きを促した。
「白石と何かあったな?」
ぎくり、と玲奈の名前に俺は分かりやすく動揺してしまう。
その反応を見逃す五十嵐ではなかった。
「今日の会合、声をかけたときにえらく動揺していた。情報から考えられる最も確率の高い理由はお前と何かがあった、というものだったんだが」
この言い方、こっちに関しては確信はなさそうだ。
まだあまり触れられたくないデリケートな部分だし、ここは適当に誤魔化しておくか。
そう思ったんだけど。
「具体的に言うとこの前の夏祭りで告白――」
「俺が悪かったからもう許してくれ!」
すべてを白状し、本題に入ることにした。
ちなみに双葉は魔女の活動をするということで欠席している。最近あまり活動できていなかったから体調を崩す前に頑張るということらしい。
玲奈は玲奈で、体調を崩しているそうだ。それが事実かどうかは分からないけど、俺としても考えがまとまるまではまだ少し気まずさがある。
「俺も独自でいろいろと調べたのでな、情報を共有しておく」
俺達は今、三日月町に広まっている都市伝説についてを調べている。
山神様の都市伝説。
それは三日月山に祀られている山神様の祠に願い事をすれば、その願いが叶うというものらしい。本当かどうかは分からないけれど、事実願いが叶ったという人がいるのだ。
「山神様のおまじない、についてか?」
「……いや、そうではない」
「そうではない?」
五十嵐の予想外の言葉に俺はオウム返しをする。
「それについてはオカルトな部分が大きすぎる。偶然だとしたら説明しようがないし、必然だとしても調べるには無理がある」
「じゃあ、お前はなにを調べてたんだよ?」
「山神様そのものだ」
「山神……」
それは双葉に魔女の呪いをかけた神様だ。
俺だって何か手がかりをと思って、山神について調べたりもした。けど、有力な情報は見つからなかった。図書室でも図書館でも、重要な手がかりは掴めなかったのだ。
「それってあれだよな、三日月山にいる神様の」
「そうだな。世間の都市伝説が事実だとするならば、不特定多数の人間の願い事を無条件になんの見返りもなく叶えている気前のいい神様のことだ」
ごくり、と喉が鳴った。
速まる心臓の動きを落ち着かせようと小さく息を吐いた。
持ってきていたお茶を飲んでから、五十嵐に続きを促す。
「それで?」
「俺は山神について、いろいろと調べたんだがその神様についてはこれといって有益な情報は特になかった。どれも信憑性のない架空の話みたいなものばかりだったのだ」
俺と同じようなところに落ち着いたって感じだろうか。
そう思っていると、五十嵐は心底楽しそうにニヤリと笑いながら、「だが」と口にする。
「調べていくうち、面白いところと繋がった」
「面白いところ?」
「三日月の魔女、というものを覚えているか?」
「……ああ」
忘れもしない。
五十嵐に連れられて三日月公園に行ったんだ。あの日がすべての始まりだった。
「三日月の魔女と山神には繋がりがある」
それは知ってる。
双葉が背負う魔女の宿命は、山神の呪いによるものなのだ。
しかし、それを知っていると悟られるわけにはいかないので、俺は平静を装う。
「俺はこの町に伝わる伝承を聞いた」
「伝承?」
「そうだ。三日月の魔女というのは、山神の呪いによって生み出された存在」
どくん、と心臓が跳ねた。
その一瞬で唇が乾いたのが分かる。
五十嵐の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
俺が双葉から聞いたその事実に、こいつは自分だけの力で辿り着いたというのか?
「俺が聞いたのは、どうして魔女が……というよりは、一人の女性が呪いを受けることになったのかという話だ」