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第45話 ラッキーなんちゃら

 それなりに客は入っているけれど、それでもすし詰め状態じゃないのは、やはりここが田舎町だということだろうか。都会に比べると、そもそも人口が異なるので人が集まっても都会の繁盛には及ばないのだろう。


 こういう施設においては、そっちの方が有り難いんだけど。田舎様々だ。

 たまにテレビやネットで見る満員電車のような状態のプールの光景を見ると、あれのなにが楽しいんだろうかと不思議に思ってしまう。泳ぐことはできず、流水プールに関してはもやは流れているかすらも危うい。そうなってくると、ただぬるめの水に浸かっているだけなので家でいいじゃんってなる。


 しかしここは、それなりに賑わっていてもちゃんと流水プールは流れている。

 レンタルの浮き輪を借りた双葉がそれに掴まりながらぷかぷかと浮いている。それを眺めている俺。


 このプールは室内から室外に繋がっており、ある程度流れると空が見えてくる。陽の光でそれなりに暑さを感じるが、それをこの水が冷ましてくれるので気持ちよさが継続する。たまらん。


 外から再び室内に戻ってきたとき、双葉の視線が自然と巨大なウォータースライダーに向いた。じいっと見ている様子から、彼女の心中は超能力者じゃなくてもお察しできる。


「あれ行くか?」


 俺としてはこの流れているだけの時間にも飽きていた頃なので、むしろ有り難いのだが。


「上村君が行きたいのなら付き合うわよ」


 めんどいな、この子。

 まあいいけど。


「じゃあ付き合ってくれ」


「しかたないわね」


 全然しかたなさそうじゃない表情と声色で答える双葉を見て、思わず笑ってしまう。そんな俺を、彼女は不満げに睨んできた。


 流水プールから出て、スライダーの方へと向かう。

 やはりプールという施設においては人気コンテンツらしく、それなりに列ができている。他が空いているのはここに人が集中しているからなのかもしれないな。


 体は濡れているけど、室内全体に広がるむわっとした空気のおかげで寒さを感じることはないし、風邪を引く心配も恐らくはない。


「ウォータースライダー乗ったことないんだよな?」


 並んでいる間、暇を持て余すので雑談のパスを投げる。


「もちろんないわ」


「ジェットコースターもないんだよな?」


 前に遊園地に行ったこともないと言っていたはずだ。


「ないわよ」


 当然でしょ、とでも言いたげに澄まし顔を見せる双葉。別に誇ることでもないんだけど。

 つまり、スライダーやジェットコースターのようなアトラクションは初体験ということになるのだろう。スライダーに関しては言ってしまえば、大規模な滑り台みたいなもんだけど。


「すべり台は?」


「馬鹿にしてるの?」


 じとりと半眼を向けてくる双葉。

 そうですよね、すぐ近くの公園にすべり台ありますもんね。


 そんなことを思っていると、俺を睨んでいた双葉の視線がスライダーに向いた。


「けど、あんなに大きいものをすべるのは初めてだわ」


 ごくりと彼女の喉が鳴った。

 好奇心と、ほんの少しの恐怖といったところか。


「落ちるとか速いとか、そういうのは大丈夫なのか?」


「どうかしら。経験がないからなんとも言えないけれど、言ってしまえば大きなすべり台でしょ?」


「舐めてかかると痛い目見ることになるかもしれないぞ?」


 しかし、双葉はなおも余裕の表情を崩さない。

 経験者がそう言うのと、未経験者がそう思うのとではわけが違う。しかし、彼女にはなにを言っても無駄なのだろう。事実、大丈夫なのかもしれないし、そうでなかったとしたら、そのときはそのときだ。


 しばらく並び、まもなく俺達の順番が回ってくるところまできた。

 前にいた男子二人のうち、一人がスタッフに案内される。


 スライダーってそのままスタートするパターンとボートみたいなのに乗って行くパターンがあるけど、どうやらこいつはそのままスタートするものらしい。スタート位置に座った男がスタッフに注意事項的なものを話され、そして一分も経たないうちに出発する。体を押されるので躊躇う暇もない。


 ちらと双葉を見てみるが、あの業務的なスタッフの動きを見ても特に不安はないようだ。あの自分のペースでできない感じは結構怖いんだけどな。俺はあまり好きではない。


「先行くか?」


「行ってくれていいわよ」


「そっか」


 一応確認だけして、スタッフに呼ばれたので俺はスタート位置に移動する。

 テキパキと案内され、言われるがままにその場に座り、出発の体勢に入る。列があるから仕方ないんだろうけど、もうちょっとこう、フレンドリーに接してくれてもいいような気もするけど。ライン作業みたいだ。


「う、おッ」


 体を押され、強制的にスタートさせられる。

 斜度が凄いわけではないが、それでも右に左に大きく揺れる。ジェットコースターと最も異なる点はレーンがないという部分だろう。こうやって勢いに任せてぐわんぐわんと揺らされる。かと思えば、一時的に斜度を上げてびっくりさせに来たりする遊びもある。


 最初のうちはコース全体が覆われていたけど、ある程度進むと屋根というか、上の部分がなくなって景色が一気に変わる。天井が見えるし、そこら辺も見渡せる。つまり、景色により高さを感じるようになった。爽快感と同時に、若干の恐怖心が俺を襲った。そのぞわりという感覚もまた一興なのだが。


 ふと、もう一つのスライダーのコースが見えた。あちらはボートに乗るタイプのものらしく、それも二人乗りだった。シングル用とペア用で分けているようだけど、コースも全然違っていて二度楽しめそうだ。

 コースがクライマックスに突入すると落下が増え、加速が激しくなる。


 ぐおん、と最後の急加速が終わった瞬間、目の前に水面が見えたかと思えば、勢いよくそのままプールに着水した。


 バッシャーン! と大きな水しぶきを上げた俺は立ち上がって顔の水滴を拭う。


「ふう」


 やっば。

 久しぶりの感覚でめちゃくちゃ楽しい。


 じきに双葉もやってくるだろうから、とりあえずここから移動しておかないと。

 えっちらおっちら水の抵抗を感じながら歩いていると、スライダーの出口の水の出方が変わる。あれがまもなく人が飛び出してくるという合図なのだ。


 それを見てか、監視しているスタッフが安全確認をする。

 誰かがいればスペースを空けるように注意を促すのだろう。上はいろいろと大変だから男性スタッフで、下は監視だけだから女性スタッフが担当しているのか。それともたまたまなのか。俺にはわからないことだ。


 スタッフを見て、俺もつられて周囲を確認してしまった。

 こんな出口のプールに用はないのか、俺以外は誰もいない。


 遊べるわけでもないし、そりゃすぐに移動するか。


 などと考えていた、次の瞬間だ。


「ひゃうッ!」


 バッシャーン! とスライダーから飛び出してきた双葉が大きな水しぶきを上げる。

 すっご。俺もこれくらいの勢いだったのかな。自分で思っていたよりもずっと凄まじい勢いに俺は感心の声を漏らしてしまう。


 ぷは、と水から顔を出した双葉はきょろきょろと辺りを見渡し、俺を見つける。


「すっごく楽しかったっ!」


 満面の笑みで感想を口にする双葉。


「それは良かっ……たッ!?」


 思わず言葉を詰まらせ、目を見開いてしまう。

 これは俺から言おうものか、いやでも俺が言うしかないよな……。


「お姉さん! 水着が!」


「へ?」


 取れてる感覚がないのか、言われて双葉が自分の胸元に視線を落とす。

 恐らく、というか絶対に、着水の勢いで水着が取れたんだろう。ビキニって紐結んでるだけだもんな、そりゃあれだけ勢いよく叩きつけられれば外れもするよ。それにより、双葉の大きな胸がなににも隠されることなく顕になってしまう。


「わっ」


 自分の現状を理解した双葉は再びプールに浸かり体を隠す。そして、近くにぷかぷかと浮いていた水着を手に取る。


「次の人来るし、とりあえずそこから移動した方がいいぞ」


 俺は双葉のもとへ向かう。


「幸いだったな。ここには俺とあのスタッフさんしかいなかったから、他の人に見られることはなかった」


「あなたは見たのね?」


「ん? ああ、まあ」


「ちょっと、あっちに行きましょ」


 双葉に言われるがまま、プールの端っこに移動する。

 そして、彼女は水着を改めて着直す。俺達は穿くだけだけど、女の子は大変だな。


 水着を着直した双葉が再び俺の方を向く。


「ビンタ、するわよ?」


「ん? ああ、はい……」


 言うと、盛大なビンタが炸裂した。もうこのオチやめない?

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