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第42話 水着を買おう

 三日月町にはプールがない。


 正確には学校で使うものはあるけれど、娯楽として利用できる大きな施設がない。

 それを考慮してか、夏休みの間、時間と期間を限定し学校のプールが解放されるらしいけれど、双葉はそれすら利用したことがないらしい。学校の授業でさえ、なにかと理由をつけて休んでいるんだとか。


「泳げないのか?」


 そんな話を聞かされた俺は、至極真っ当な質問を彼女にぶつける。

 すると双葉はまたしてもみるみるうちに顔を赤くする。


「違うわよ、ちゃんと泳げます。そうじゃなくて、一人で行く場所でもないでしょ?」


「まあ、そうかな」


「それに、あなたみたいにいやらしい目で見てくる人もいるかもだし」


 じとりと睨まれる。

 たしかに双葉はスタイルがいい。俺だって何度も視線を奪われてしまったくらいだし。


 そんな彼女が水着になれば、クラスの男子は黙ってないだろうな。うんうん。


「けど、気にはなるんだ?」


「……まあ、ならないと言えば嘘になるわ」


 だったら行けばいいのに、と思うけど一人で行っても楽しくないというのも尤もだ。

 これまで魔女の呪いのことを気にしていた彼女は人との関わりを避けていた。


 だから、仲の良い友達もきっといないのだろう。


 じゃあ俺と一緒に行くか、と言ってもいいんだけど、なんかそれはそれで断られそうだしな。別にエロい目で見たりなんかしない……とは言い切れないけどさ。


「……」


 じいっと、こちらを見てくる双葉。

 その瞳には期待の感情が込められているように感じて、だから俺はこう言わざるを得なかった。


「俺で良かったら一緒に行くけど?」


 ぽりぽり、と頭を掻きながら言う。

 それを見た双葉は前を向いて表情を隠した。


「別にいいけど」


 そして、ぽつりとそう言った。

 声色が弾んでいるように思えたのは、きっと俺の勘違いではなかったはずだ。


 しかし、そうなると一つ問題がある。


「けど、そうなると水着買いに行かないといけないな」


 レジャー気分でこの町に来たわけではないので水着なんて持ってきてない。

 学校指定の水着は転校のときに買ったけど、さすがにそれで遊びに行くわけにはいかないし。


「でも、学校のものがあるでしょ?」


「学校の水着でレジャー施設には行かんでしょ」


 俺が言うと、双葉はきょとんとした顔をする。

 え、俺が間違ってるの? 田舎町ではそういうもんなの?


 東京でそんなことをすれば周りから笑われること不可避だけど、こっちではそんなことないのだろうか。むしろ、普通の水着を着ていったほうがおかしいみたいな感じなのか?


 いやでもよくよく考えたらこの子、プール行ったことないんだった。


「普通は水着買っていくんだぞ」


「知らなかったわ……」


 神妙な顔つきで俯く双葉。

 これまでずっと周りから孤立し一人でいて、三日月町から出ることもほとんどなかった彼女は、どうやら世間知らずな女の子になってしまったらしい。


「プールに行くんなら水着買わなきゃいけないぞ。シーズンだし、ここでも売ってるだろうし、ちょっと探してみようぜ」


 きっとここら辺では一番大きなショッピングモールだろうから、ないとは思えない。

 それっぽい場所を探しに行くと、案の定水着の特設売り場があった。様々な種類の水着が並べられていてる。


「じゃあ俺、自分の探すから双葉も自分の見とけよ」


「ちょっと、そんな急に一人にしないでよ。選んどけって言われても良し悪しが分からないじゃない」


 行こうとした俺の腕をガシッと掴んで双葉がそんなことを言う。

 そんなこと言われても、俺だって女の子の水着の良し悪しなんて分からないんだけど。


「なんかあるでしょ、これ可愛いみたいな」


「……一緒に選んで」


「俺も自分の選ばなきゃダメだし」


「じゃあそれは私が一緒に選ぶから」


 譲らないときの目をしながら双葉が訴えかけてくる。

 この目のときは本当に譲らないから困る。たまにしか発生しないけど、だからこそこちらが折れる以外の道がない。なので、今回も俺が折れるのだ。結局それが一番時間がかからないことに最近気付いた。


「分かったよ。とりあえず、俺の方先に済ませるぞ」


「ええ」


 俺は別にこだわりないし、趣味じゃないものじゃなければ基本的には何でもいい。


 そんなわけで男性用水着のエリアを適当に見て回り、これだなという水着を選ぶ。

 地味すぎず、派手すぎない、俺としてはちょうどいいラインのチョイスだと思う。


「それでいいの?」


「ああ。これでいい」


「五分で決まったじゃない」


「こだわりなければそんなもんだよ。女性用と違ってそんなに種類あるわけじゃないし」


 どうしてか男性用の水着は種類が少ない。

 まあ、こだわりがないからなんだろうけど。シンプルなのでいいやって人が多いからなんだろうな。


「それじゃあ私のを選びに行くわよ」


 少しウキウキした声色で言った双葉が先に行き、それを俺が追う。

 なんだかんだ言って女の子なんだな、と時折思わされる。


 最初の印象では女の子っぽいことに興味はないように見えたけど、こうして一緒にいると普通に可愛いものにテンション上がったりするし、服も選ぶのに時間かかっていたりする。


 プールに行ったことがない、という部分もあって準備の時点でワクワクしてるのだろう。

 ラインナップの都合か、男性用水着に比べると女性用水着のエリアは広い。ちらほらの女性客がいて、なんというかいたたまれない気持ちになってくる。あんまり考えてなかったけど、これちょっと居心地悪いな。


 けど、付き合うと言った以上訂正はできないし、さっさと決めてもらおう。


「どういうのがいいんだ?」


「どういうのって?」


「あるじゃん。ワンピースタイプとかビキニとか」


 俺はそこら辺にある水着を指差しながら言う。

 双葉はその指の先を見ながらふむふむと頷いている。


「どれがいいと思う?」


「そんな質問を男子にすれば間違いなくビキニって返ってくるから訊くだけ無駄だよ」


「上村君もそうなの?」


「包み隠さずに言えば、そうなるな」


「ちなみにどうして?」


「そりゃ、ねえ?」


 露出が多くてエロいからですよ、なんて言えず。

 かといってそれっぽい理由を思いつくこともなかったので、適当に誤魔化してみることにした。


 けど、しっかり考えが伝わってしまっていた。

 双葉はじとりと呆れるような半眼を向けてくる。


「……すけべ」

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