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第34話 祭りの終わり

 祭りが終わり、家路を歩く。


 夜の九時になると辺りはすっかりと暗くなっている。

 三日月広場に到着した俺はまっすぐに山を登らず、高台の方へ歩く。三日月広場は少ない灯りに照らされているだけで、とてもじゃないが遊べるような明るさはない。高台から町を見下ろすと、ぽつぽつと灯りが灯っている。田舎の就寝は早いのか、都会ほどの綺麗さはない。


「……どうしたもんか」


 玲奈に告白をされたものの、俺はそれを断った。

 彼女に悪いところは一つもなく、普通ならば飛んで喜ぶようなイベントだったはずなのに。


 思いを告げられたときに、俺の脳裏に蘇ったのは双葉閑の顔で。

 そのときに気付かされたのは、俺の中にいつの間にかあった気持ちだ。


 俺と彼女の出会いは、ただの好奇心がきっかけだった。

 三日月の魔女の都市伝説。それを耳にした俺がそれを確認しようと、この三日月広場のバス停に足を運んだことが始まり。そこで俺は三日月の魔女、双葉閑と出会ったのだ。


 それから魔女の魔法によって、本来ならば消えるはずの記憶が俺の中に残っていることを疑問に思った双葉から、観察するために同じ家で住むように言われて、俺もそれに従った。だって、どうして残ったのかは俺も気になったから。これも好奇心による選択だな。


 最初はただの観察者と観察対象みたいな関係だった。

 けど、一つ屋根のしたで共に生活していくうち、気づけば心が通い始めていて。それと同時に、魔女についてのことを理解していって、放っておけない存在になっていた。


 目の前で苦しむ女の子を見捨てることなんてできない。俺にできることはなにか。考えて、少しでも彼女のちからになりたいと思った。


 けど、それはただ死の運命に一人で立ち向かうクラスメイトを助けたいというだけの気持ちだと思っていたけれど、そうじゃなかったんだな。その気持ちの根底にあったのは、どうやら彼女に対する恋心だったらしい。


「……はあ」


 俺は柵に肘をつき、大きな溜息をついた。

 上村紘は双葉閑のことが好きだ。


 だとして、ならば、俺はこれからどうすればいいのだろうか。

 どういう顔をして彼女と会えばいいのか。


 お前のことが好きだって言うか? いやいや、ついさっきまでそんな素振りを微塵も見せていなかった俺が突然そんなことを言えば双葉も戸惑うだろう。最悪の場合、あの家で一緒に住むことが難しくなるかもしれない。自分のことが好きな、自分が別に好きではない男と住むなんて危なすぎるし。そうでなくても、気まずさでどう接していいのか分からなくなりそう。


 でも、考えてみればよく知らない男子と一緒に住んでる時点でどうなんだって話ではある。


 少なからず、好感はあると考えていいのかな。


 分からん。


 これ以上考えても、思考がいい方向に向くとは思えないな。ある程度考えを纏めてから帰宅したかったけど、余計に散らかって終わってしまった。


 溜息をつきながら高台を離れ、山の方へ歩いていく。

 都会であれば夜でも全然蒸し暑いんだけど、この町は涼しいと感じるほどだ。海が近いことが影響しているのだろうか。


 階段を一段、一段上がっていく。

 山の奥からは正体不明の鳴き声が聞こえてくる。それと、リリリンという虫の鳴き声。


 昼間はセミを始めとした虫が騒がしいけれど、夜は心地良い鳴き声ばかりだ。

 屋敷に到着する。


「ただいま」


 そう言って、中に入ると相変わらずのおどろおどろしい風景が俺を出迎えてくれる。

ドアを開けて最初の景色がこのだだっ広いエントランスなのは未だに慣れない。ホテルにでも来たような感覚に陥るし、それに薄暗さも相まって少々不気味だ。だから俺はできるだけさっさとこの場所を抜ける。

自室の前に到着して入ろうとしたところでドアノブに伸ばした手を止める。

双葉の部屋の方を見た。


 一応、帰ったことだけ伝えておかないとな。

 コンコンとドアをノックする。


『はい』


 中から返事があった。声には幾分か、元気が戻っているように感じた。


「俺だけど。帰ってきたから一応伝えておこうかなって」


『そう。おかえりなさい』


「ああ、ただいま」


 出掛ける前に見た感じではだいぶ顔色も良くなっていたけれど、それでもまだ完治には至っていないだろうし、ここであんまり無茶させるのも良くないだろう。今日のところは引いておこう。


 それに、俺もまだ自分がどうするべきか考えがまとまっていないし。


『……遅かったのね』


 ドアの前から立ち去ろうとしたタイミングで、部屋の中から声がした。

 その言葉に俺は動きを止める。


「まあ、いろいろ話してて」


 玲奈に告白された、なんてことは言わないほうがいいんだよな。

 そんなことを言えば、きっと双葉はどうしてと思うだろうし、そう訊かれたら詰みだ。


 そりゃ『玲奈よりもお前のほうが好きだから』と言えば納得はするだろうけど、彼女が俺のことを好きじゃなければ俺はもうここにいれない。


 今は双葉との関係をどうこうするよりも、魔女の呪いについての解明が先だ。

 現に今も彼女は呪いによって苦しめられている。それをまずなんとかしないとな。


 うん、そうだ。

 これは決して自分に言い聞かせているわけではないから。


 と、俺は誰に向けてかも分からない言い訳をつらつらと並べる。


『お祭りは楽しかった?』


「ああ、この町を見直した」


 俺が冗談めかしてそう言って見せると、部屋の中からくすりと双葉の笑い声が聞こえた。


「じゃあ、ゆっくり休めよ」


 いつまでも相手をするわけにもいかず俺がそう言うと、双葉は『ええ』と短く返してきた。

 俺はそのまま自室に戻る。


 イスに座って一息ついたところで、ポケットに入れていたスマホがピリリと音を鳴らした。

 この町の人は必要ないからか、スマホを持っていない人も多く、活躍するシーンがあまりない。なので、たまにこうして通知が来ると結構驚いたりする。


「なんだろ」


 それも、音はなお続いている。

 これはメールやメッセージではなく、電話の着信だ。


 スマホのディスプレイを見て驚いた。


「もしもし?」


『あ、もしもし、紘君かい? 悪いね、突然電話なんかして』


「いや、それは全然。それで、どうかしたんですか?」


 電話の向こうにいるのは射場さん。

 いろんなことに嫌気がさしてすべてを投げ出し逃げ出す手助けをしてくれた人だ。


 俺がこの学校に来ることができたのも射場さんの力が大きい。


『花恵さんが君のところに向かったんだ』


「……んん?」


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