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第32話 髪色

 ざっくりと屋台を回り終えた頃、境内では盆踊りが始まっていた。


 おじいちゃんおばあちゃんが浴衣を着て踊りながらくるくると円を作っている。

 盆踊りってどこで習うんだろうな。学校では教えてもらっていないけれど、踊れる人は踊れる。こういう機会に知っている人から教わっているんだろうけど、ならばその知っている人は誰から学んでいるのだろう。


「紘くん、盆踊りしたいの?」


「いや、したいっていうか踊れないし。なんで?」


「じいっと見てたから」


 境内に戻ってきて、ぼうっと盆踊りをする人々を眺めていたのは事実。

 けれどそれは別に盆踊りがしたいという羨望の眼差しではなく、ただ単純に疑問に思っていただけ。まあ、言葉にしなけりゃ行動だけで全てを伝えるなんて無理な話だよな。


「いや、盆踊りってどのタイミングで踊れるようになるのかなって。玲奈は踊れるのか?」


「一応ね。あの人達に比べると拙いけど」


「踊れるの!?」


 予想と違う返事に俺は驚いてしまう。

 言葉と同時に彼女の顔を見るが、その表情は『逆になんで踊れないの?』と言っているような不思議そうなものだった。


「なんで踊れるんだ?」


「なんでって、それはもちろん教えてもらったからだよ」


「誰に?」


「坂本のおばあちゃん」


「誰よ」


「商店街にある和菓子屋さんの」


 知らないな。


「ちょっと前にだけどね、中学生のときだったかな。ちょうどこの夏祭りの時期だったよ?」


「夏祭りで踊るからってこと?」


「うん。けど、実際に踊ったのはその年だけなんだけど」


「なんで踊らなくなったんだ?」


「恥ずかしいし」


 至極普通な理由に俺は納得した。

 俺も踊れるとして、じゃあ実際に踊ってくれと言われても恥ずかしさは捨てきれないだろう。だから、踊らなくていいならば踊らない。


 楽しそうに踊っている人達を見ながら思う。

 周りの目なんて気にせずに、目の前のことを楽しめるってすごいことなんだな。


「そういえば、もうすぐ花火が上がるよ」


「花火もするのか?」


 屋台があって、盆踊りをして、その上花火まで行うとは贅沢な夏祭りだな。

 そりゃ町の一大イベントと言われるか。


「そうなの。その花火を……なんでもない」


 何かを言おうとして、玲奈は口をつぐんだ。


「どうした?」


「ううん、なんでもない。海の方でやるから、場所取りに行こっか」


 俺は頷いて、歩き出した玲奈の隣につく。

 この神社から海までは徒歩で十分もかからない。もうすぐ花火が上がる、というのは共通認識のようで、改めて周囲を見渡すとさっきに比べて人が減っていた。恐らく、みんな花火のために移動しているのだろう。ここからでも見えるらしいけど、よく見えるほうがいいしな。


 神社の階段を降りていく。

 そこから離れると、盆踊りの音が徐々に遠くなっていく。同時に屋台で盛り上がっている人の賑やかな声が大きくなってきた。


「あら、玲奈」


 屋台の中を進んでいると、前からやってきた女性が玲奈の名前を呼んだ。

 綺麗な人だな、と思った。

 整った顔立ち、スラッとした体は浴衣に包まれていて、大きな胸が強調されている。特徴的なのはその白い髪だ。浴衣を着ている兼ね合いかお団子にして纏められている。歳はそれなりにいっている印象はあるけれど、それでも美しいと形容するべき容姿であることは事実。


 髪の色が違うから違和感はあるけど、どこか玲奈に似ているような。


「ママ?」


 と思ったけど、どうやら母親らしい。そう言われて見てみると、確かに面影がある。

 玲奈のお母さんは車椅子を押していて、そこには白髪の女性が腰を下ろしていた。その顔にも面影を感じるところ、おばあさん辺りだろうか。


「どうしたの?」


「せっかくのお祭りだし、ちょっとおばあちゃんと見に来ようかなって。花火が始まるこの時間なら人も減るだろうしね」


「そうなんだ」


 玲奈は誰とでも別け隔てなく話すコミュニケーション能力の高い女の子だ。

 フレンドリーではあるんだけど、家族と話すときはいつもとはまた少し雰囲気の異なるくだけた感じがあるな。それも新鮮だ。


「そちらが例の?」


 玲奈母が俺を見る。


「あ、はじめまして。上村紘といいます。玲奈さんのクラスメイトで」


「あら、ご丁寧にどうも、私は玲奈の母、早苗です。こちらは祖母の百合恵」


 挨拶をされ、俺は会釈をする。


「デートの邪魔しちゃ悪いし、私達は行くわね。楽しんでね」


 うふふ、と笑いながら言う玲奈母に玲奈が「もう、ママ!」と顔を赤くして言う。

 そんな玲奈から逃げるように玲奈母と玲奈祖母は行ってしまった。


「仲、いいんだな?」


「……うん、まあ、悪くはないんだけど」


 バツが悪そうに唇を尖らせる玲奈。

 クラスメイトに家族を見られるっていうのは恥ずかしいもんなんだよな。俺はあんまり経験はないんだけど。


 俺は歩いて行ってしまった玲奈母の姿を追うように、消えた方を見る。けれど、そこにはもう玲奈母の姿はなかった。俺は一つ、気になったことを訊いてみる。


「玲奈の母さんもおばあさんも、髪が白かったな?」


「あ、うん」


 おばあさんは分かるけど、玲奈母のほうは白髪というにはまだ若い。

 髪を染めたか、あるいは地毛かのどちらかだろうけど。


 もし後者であるならば、玲奈の髪色に違和感を覚える。


「玲奈は白くないんだな?」


 玲奈の髪は亜麻色だ。


「わたしは髪を染めたの」


「染める前は?」


「ママやおばあちゃんと同じで白色だったよ」


 俺は玲奈の言葉に「へえ」と小さく相槌を打った。

 彼女の表情が少しだけ陰ったように見えて、どうしてという言葉が出てこなかった。


 屋台の道をさらに進み、海の方へと向かう。

 一時的になんだろうけど、神社から離れたことで辺りが静けさに包まれた。


 その中を俺達は無言で歩いていたんだけど、玲奈が沈黙を破った。


「みんな、地毛って黒色だよね」


 俺は動揺して一瞬言葉を詰まらせ頷いた。


「けど、わたしは白色だった。そのことを誰からに笑われたとかじゃないんだけど、みんなと違うのがいやで髪を染めたんだ」


「……そう、なのか。でも、黒には染めなかったんだな」


「真っ黒にするのは抵抗があったの。みんなと違うから染めたとして、じゃあ家族とも違っちゃうから。だから、この色にしたんだよね。今思うと、自分でもよく分からない理由だと思う」


 玲奈はそう言って自嘲気味に笑った。

 亜麻色は薄茶色みたいな色をしている。茶色ではなく、もちろん黒色でもない。かといって白でもなく、言われてみると少しだけ白を思わせるような名残はあるように感じる。


 しかし、よく分からないけど日本人で地毛が白色っていうのは珍しい。というか、俺はこれまで多くの人を見てきたけど、地毛が白の人はいなかった。


「玲奈ってハーフとかだったり?」


「まさか」


 はは、と彼女は笑った。


「わたしも気になって訊いたことがあるの。どうしてわたしの髪は白いのって」


「そしたら?」


 玲奈は一拍置いて、こっちを見た。

 その表情は少し寂しげで。


「教えてくれなかったんだ。写真とかで分かったのは、髪が白くなったのはおばあちゃんのときかららしくて」


「それまでは違ったんだ?」


「うん。ひいおばあちゃんは途中で白くなったらしいんだけど。不思議だよね」


「そうだな」


 これ以上はこの話を続けることもないだろう。

 玲奈もあまり良く思っていない話題だろうし、続けたところで有益な答えが見つかるわけでもない。


 そんな話をしながら歩いていると、花火の会場らしい場所が見えてくる。

 明確にここという表記はないけれど、人が集まっているから間違いないだろう。


「花火、もうすぐ始まるっぽいな。急ごうぜ、いい場所取られちまう」


「……うん、そうだね。もう取られてるかもだけど!」


 俺の調子に合わせて、玲奈も笑った。

 花火の会場に到着したちょうどそのタイミング、一発目の花火が打ち上がった。


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