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第31話 屋台

 階段を上がると境内に続く道があり、そこを照らすように屋台が並んでいた。


 多くの客が立ち寄り賑わう屋台の様子を見ると、この祭りが一大イベントであることは何となく分かる。


「すごいな」


「ね」


 思わず漏らした声に玲奈が頷く。

 三日月町は田舎町なので、賑わうといってもこれほどまでとは思っていなかった。都会で行われる祭りと大差ないのではないだろうか。俺自身に祭りの記憶がないので、比較できないのが非常に残念だ。


「なにか食べる?」


「そうだな。いいにおいがそこかしこからするから、さっきからお腹空いてたんだよ」


 俺達はゆっくりと道を歩く。

 左右に視線を巡らせながら、どこへ向かうかを決めていたんだけどついつい目移りしてしまう。


「普段見ないものも多いから悩んじまうな」


「だよね。紘くんは何が好き?」


「んー」


 顎に手をやり考える。

 好きなもの、か。ベビーカステラなんかは絶対に食べたいものの一つだけど、一番と言うのはどうなんだろう。焼きそばも美味いんだよな。いや、ぶっちゃけ味自体は大したことないんだけど、この祭りの雰囲気がそう思わせる。その効果がどれよりもあるのが焼きそばだと俺は思っている。


「ベビーカステラは好きだな」


「あ、いいよね! 美味しいもんね!」


 にぱっと笑う玲奈。

 あとで食べよーねーとご機嫌に口にする彼女を見ながら、俺は再び視線を屋台に向ける。


 イカ焼きなんてものもあるのか。焼きそばもそうだけど、基本的にソースのにおいがするものは美味しそうに感じるんだよな。これもうソースが美味しいだけなまである。つまり、ソースを使っていないベビーカステラは真に美味いと言っても過言ではない。


「あ、りんご飴だ」


「食べるか?」


「んー、そうだね。久しぶりに食べよっかな」


 カタカタ、と下駄の音を鳴らしながら屋台のほうへ行く玲奈に続く。

 りんご飴っていうのもお祭りならではの食べ物だよな。りんごをまるまる飴でコーティングしている。祭り感のある食べ物ではあるんだけど、果たしてその味はどれほどのものなのだろうか。


 ふむ、と唸っているとりんご飴を手にした玲奈が戻って来る。


「りんご飴って美味しいのか?」


「あれ、紘くん食べたことない人?」


「まあな」


 ふうん、と小さく相槌を打った玲奈は自分の手にあるりんご飴を見る。

 そして俺をちらと見てから、もう一度りんご飴に視線を戻した。どうしたんだろう。


「一口、食べてみる? わたし、まだ口つけてないし」


「え、いやでも、悪いよ。好きなんだろ、りんご飴」


「嫌いじゃないけど、特別好きってわけじゃないよ。お祭りでしか食べれないし、じゃあ食べとこうかなってくらいだし。むしろ、一人じゃちょっと多いくらい」


 少し早口になった玲奈の顔が少し赤くなっている気がした。

 気がした、というのは辺りが暗いので確証がないからだ。


「そういうことなら、もらおうかな。何事も経験だし」


「それがいいよ。じゃあ、ちょっとズレよっか」


 道のど真ん中でそんなことをするわけにもいかず、俺と玲奈は屋台の道から逸れる。

 灯りはあるし、俺達のように買ったものを食べる人がそこら辺にいた。


「じゃあ、はい」


 玲奈がりんご飴を差し出してくる。


「おう。いただきます」


 照れるな。

 俺はりんご飴に顔を近づける。その様子を玲奈が緊張した顔つきで見てくるんだけど、できればあんまりまじまじは見ないでほしい。なんというか、普通に恥ずかしい。あーん的なことをしているのもあるけど、それを抜きにしても恥ずかしい光景だ。


 かり、と一口かじる。


「……」


「どう?」


 むぐむぐ、と咀嚼する俺に玲奈が訊いてくる。

 別に食べる前にどういう味かを想像していたわけじゃないんだけど、それでも想像通りの味という表現が正しい気がする。


「飴だな」


「飴だからね」


 言いながら、玲奈もりんご飴をかじった。

 さっきよりも顔が赤くなっているのは気のせいかもしれない。


「あれ、玲奈?」


「ほんとだ、玲奈ちゃん。上村も一緒じゃん」


 そのとき、俺や玲奈の名前を呼ぶ声がした。

 聞き覚えのある声で、少し考えれば確認するまでもなくそれがクラスメイトのものであることが分かった。


「玲奈ちゃん今日用事あるって行ってなかったっけ」


「ちょ、ばか、察せよ」


 男女合わせて八人くらいいるっぽい中の三人が好き勝手に言い、それを二人が制止する。

 三人の口を塞ぎ、にこりと笑って「ごゆっくりー」とだけ言いこの場を去っていった。


「なんだったんだ?」


 一瞬の出来事すぎてなにも言えなかった。

 ていうか、あんなすぐにいなくならなくてもいいのに。


 せっかく顔を合わせたわけだし、ちょっとくらいの雑談はよくない?


「……なんだったん、だろうね?」


 すすっと視線を明後日の方に逸らしながらそう言った玲奈の顔は暗い中でも分かるくらいに真っ赤になっていた。


 彼女の表情とさっきのクラスメイトの発言。

 それらに加えて今とこれまでのことを考えると、だんだんとそれが鮮明になってくる。


 俺は恋愛経験がない。

 それは付き合ったことがない、という意味ではなく、人を好きになったことも好きになってもらったこともないということだ。


 だから、世間で言うところの脈ありサインとか、そういうのもピンとこない。友達としても距離感も、恋人同士の関わり方もよく分からない。


 鈍感なわけじゃなくて。

 ただ、判断するための基準を知らないだけ。


 だから俺は考えなかった。それよりももっと、向き合うべき問題があると思っていたからだ。


「そろそろ行くか」


「……そうだね」


 無言が続いたからか、玲奈が手にしていたりんご飴を早々に食べ終えたところで俺は移動を提案する。玲奈はゴミ箱にゴミを捨て、ぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。


 俺が向き合うべき問題はこの町の都市伝説。魔女の呪いについてだ。

 双葉のためにも、そして俺の中にある好奇心のためにも、少しでも早くそれを解明しなければと思っていた。


 でも、そうじゃなかったんだな。


「次、なに食う?」


「やっぱり、お祭りの定番である焼きそばとか?」


 ようやく調子を取り戻し始めた玲奈を見ながら思う。

 俺が今、向き合わなければいけないのはきっと。



 彼女の気持ちと、俺の気持ちだ。

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