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第30話 夏休み

 双葉が体調を崩した。


 最近は元気そうにしていたけれど、昨日急に熱を出し、一日経っても回復しなかった。

 俺も何度か彼女の体調不良を目の当たりにしているが、一日で回復したことはなかったので、それについては違和感を抱くこともなかった。それを見て、またか、と思うくらいには俺も彼女の呪いについてを理解し始めたんだと思う。


 魔女は謝儀を受け続けなければ、最悪の場合死に至る。

 先日、小説を読んで以来、その現実が俺の脳裏にこびりついて離れてくれない。


 今だって、もしかしてという不安が頭をよぎる。


「……もうすぐ、時間でしょ?」


 ベッドに横になる双葉に水とお粥を持っていく。

 俺の入室に気づいた彼女は体を起こしながらそんなことを言ってきた。


 双葉も部屋は意外と物がある。

 インテリアとかにこだわりというか、執着とかがなさそうなイメージを持っていたので、初めてこの部屋に入ったときには驚いたものだ、インテリアは白と黒のモノトーンカラーで統一されていて、ホテルの部屋感の残る俺の部屋とは大きく違う。こっちは本当に人の部屋って感じがする。


 モノトーンカラーの部屋だと女子っぽくはないけど、ベッドの上とかにぬいぐるみがどっさりと置かれていた。ずっとここで一人でいた彼女が、寂しさを紛らわせるために集めたのかと思うと可愛く思えるけど、真実は分からないままだ。


「ああ。まあ、そうだな」


 部屋の中にある時計に目をやる。

 時刻は午後五時二十八分。待ち合わせは六時なので、そろそろ準備を始めてもいい頃だ。


 今日は三日月神社でお祭りがある日。

 俺は玲奈に誘われ、その祭りに行くことになっている。


「ただ、お前が倒れてるのに行くわけにはいかないだろ」


 確かに玲奈と約束はした。

 けど、こうなってくるとさすがに放って行くわけにもいかない。


 しかし、双葉はそれに呆れたような溜息をつく。


「あなたね、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、それをどう説明するのよ」


 言って、熱いお粥を口に運んだ。

 言われてみるとそうだった。俺と双葉が一緒に住んでいることはもちろん誰にも知られていないし、知られるわけにはいかない。双葉が風邪を引いてるからと言ったところで、だからなんでお前が来れないんだよと思われるだけだ。家族が風邪を引いたとも言えない。俺が一人でここに来ていることはみんな知っている。


「もともと、私は一人だったの。あなたがいなくても、風邪くらいどうってことないわ」


 そう言った双葉はもぐもぐとお粥をさらに口に運んだ。

 言われてみればその通りではある。彼女はこれまで、ずっと一人で呪いと戦っていた。俺がこうして近くにいるのなんて、ほんの僅かな期間でしかない。手助けなんかなくても、問題はないのかもしれない。


「だから、あなたはお祭りに行って楽しんできなさい。この町の一大イベントだしね」


「そうなんだ?」


「ええ。町全体で盛り上がるのよ」


 せっかくの機会だし、そういうことなら行ってみるか。

 ここまで言ってくれたのに残るっていうほうが迷惑かもしれないし。それに、飯を食って薬を飲めば双葉も寝るだろう。俺がここにいて出来ることなんてほとんどないに等しい。


「じゃあ、せっかくだし行ってこようかな。なにかお土産買ってくるわ」


「いいわよ。別に」


 そうは言いながらも、なにか欲しそうな顔をする。

 すっと逸らされた視線が彼女の気持ちを物語っているように見えた。


 そんな話をしているうちに双葉は食事を終える。薬を飲んだところで再び横になった。


「それじゃあ行ってくるな」


「ええ。楽しんで」


 言い合って、部屋を出る。

 自室に戻り着替えを済ます。白のシャツにジーンズという平々凡々なものだけど、そもそも俺は服の種類を持ち合わせていない。家を出るときにとにかく適当に持ってきたものだけでここまで回している。夏が終われば何かしらを買ってもいいかもしれない。


 鏡で髪などを整えて、俺は家を出た。

 この時点で時間は午後五時四十五分を過ぎていた。


 できれば人と会う前に走りたくはない。冬ならともかく、今は夏。走れば確実に汗をかく。服や体がべたつくのはもちろん、においだって気になるので、早足で山を降りた。


 幸いだったのは、夕方だから日が沈んでいたこと。おかげで日中ほどの暑さはない。

 それに加えて、田舎特有の風や空気もあってか、涼しいとさえ感じるほどだった。


 昼間はうるさいセミの鳴き声はなく、代わりに鈴虫が音を奏でていた。セミもこれくらいっ風流な鳴き声ならいいのに、と失礼なことを考えながら歩くこと五分、山を出る。


 ここからさらに歩いていくので時間的にはギリギリだ。

 腕を振り、可能な限り足を速く動かす。


 学校を超え、そのまま商店街の方へと向かう。商店街の中を突き進む頃には時間は五十五分を指していた。ここを超えて少し歩けば神社が見えてくるらしい。


「……はぁ、はっ」


 早足でも意外と疲れるもので、これだけ歩けば息も切れる。どうせ疲れるなら走ればよかっただろうか。いや、努力の甲斐あって、びっしょりと汗をかくことは免れた。


 神社、というか祭りの様子が遠目に見えてくる。

 吊るされたぼんぼりが祭りまでの道のりを案内してくれている。向こうからは太鼓の音が聞こえてきた。


 そういえば、祭りなんて久しく来ていないな。

 いつぶりだろうか、と思い返してみたけど上手く思い出せなかった。少なくとも、ここ数年は参加していないということだな。


 そう思うと、非日常を前にすると子供のようにわくわくしてしまう。

 神社は山の上にあるらしく、階段を上る必要があるらしい。その入口までにも既に屋台が並んでいて、焼きそばやベビーカステラにいい匂いが漂っていた。金魚すくいに熱中する子供やビールを煽り騒ぐ大人を横目に、俺は神社の入口にたどり着く。


 入口には大きな鳥居があると言っていたので、ここで間違いはないはずだ。


「まだ、なのかな」


 時間は六時を少し回っていた。

 玲奈の姿を探すが、どうにも見当たらない。


 人はそれなりにいるけれど、人探しが困難というほどではない。この町にこれだけの人がいたことに驚きだけど、他県からの訪問者も中にはいるのかな。


 そんなことを思っていると、肩をぽんと叩かれる。


「おっす、玲奈」


 このタイミングで肩に触れてくるのは玲奈だけだろう、と思い俺はそう言いながら後ろを振り返る。

そして、言葉を失った。


「……」


 最初に言っておくと、ちゃんとそこにいるのは玲奈ではあった。


 ただ。


「おまたせ、しました……」


 そこにいたのは俺の知っている玲奈ではなかったというか。いや、そんなこともないんだけど、ただ俺は思わず言葉を失うくらいに驚いてしまった。


「えっと、その」


 玲奈はだんまりの俺に、そわそわしながら体をよじる。

 ちらちら、と上目遣いの瞳が言葉を催促していることは分かっていた。ようやく頭の理解が追いついたところで、俺は一度大きく息を吐いた。


「似合ってるな、浴衣」


 玲奈は浴衣を着てきていた。

 水色を基調とした花の模様で彩られた浴衣。髪は上げて纏めてあるおかげで綺麗なうなじがあらわになっている。胸元が帯で締められているからか、いつもよりも胸が強調されているように見えた。歩くと足元からカラン、という音がするのでそちらを見ると、裸足に下駄を履いていた。


 巾着を持つ手が落ち着きなくぷらぷらと揺れる。

 俺の言葉に玲奈は嬉しそうにはにかんだ。


「えへへ、ありがと。そのせいでちょっとだけ遅れちゃった。ごめんね?」


「気にしてないよ。むしろ、これだけの待ち時間で玲奈の浴衣姿が拝めたんなら釣りが来るよ」


「また、調子の良いこと言って……でも、うん、ありがと」


 玲奈は噛みしめるように言って、やっぱり笑った。

 ぼんぼりの灯りに照らされた笑みは美しく、やっぱりそこにいるのは、俺の知っている彼女ではないように思えた。


「えっと、とりあえず、上行こっか?」


「ああ、うん。そうだな」


 祭りの雰囲気のせいか、どこかぎこちないまま、俺達は鳥居をくぐり階段を上り始めた。

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