それから三人で手分けして持ってきた本の内容をひたすらに確認していく。
胡散臭い内容があれば、それっぽい内容もあって、とにかくそれっぽい情報すべて抽出し最終的に情報としての可否を話し合うという流れで進めていくことになった。
二冊目を確認し終え、俺は近くにあった三冊目を手に取る。
表紙は乱雑な感じで描かれた一人の少女が真ん中にぽつりと立っているだけ。タイトルは『私と魔女』と書かれている。どうやら小説らしい。魔女、というワードがついているからとりあえず持ってきたのだろうか。
山神の都市伝説は、簡単に言えば三日月山に祀られている神様に願い事をすれば叶えてくれる、というものだったはずだ。そこに魔女というワードは出てこない。俺は双葉からいろいろと聞かされているから結びついたけど、そうでないならこの本は普通持ってこない。
双葉が持ってきたものかな。あるいは、五十嵐ならばそれくらいの情報に行き着いていても不思議じゃないが。
まあいいか、とりあえず軽く読んでみよう。
俺は表紙を開き、一ページ目から目を通していく。
私は◯☓大学に通う平凡な女子大生。
人よりもちょっとだけ好奇心は旺盛かもしれない。自分ではそんなつもりはないんだけど、周りの人からそう言われることが多々あった。一度や二度ならばともかく、さすがにそれ以上言われると自分でもそうなのかなと思えてくる。
私がオカルト研究サークルに入ったのは、大学で新しくできた友達が興味を持ち、その子に誘われたからだ。いざ足を踏み入れてみると、私の好奇心をくすぐるものがそこには広がっていて、すぐに自らいろんなことを調べるようになった。
三日月の魔女伝説、という都市伝説を知ったのは夏休みに入るちょっと前。
そういう類の話が好きだった私はその夏、三日月の魔女伝説についてを調べに行くことを決めた。
都心部から電車に揺られ、たどり着いた場所は三日月町。
セミの鳴き声がどこからともなく聞こえてくる、自然に囲まれた、穏やかな町並みが広がる田舎町だった。
本当に普通の小説って感じだな。
しかし、三日月町という土地名もそうだし、三日月山って名前も使われているところから考えると、もしかしたら実際に何かを経験した人がこの本を書いている可能性がある。読み進めていく価値はあるな。
「何かいい本があった?」
そんなことを考えていると、双葉が俺の顔を覗き込んでくる。
メガネの奥からこちらを見上げる上目遣いが俺の心臓を叩く。
「まあ、そんなところだけど。なんで?」
「そんな顔してたから」
澄ました表情でそんなことを言う双葉。五十嵐は俺達を見て、腕を組みながらふむと唸る。
「なんだよ?」
「いや、随分と距離が近いと思ってな」
「そんなことないだろ」
確かに俺の隣に双葉が座っているので、五十嵐と比べると距離は近いけれど、こいつが言いたいのはそういうことじゃないだろうってことくらいは分かる。そして、俺はそれを否定するしかない。
「隠しているつもりならば、もう少し気にしたほうがいいぞ。俺はお前らの恋愛沙汰にはまるで興味がないからどうでもいいが、気づく人は気づく」
「……参考までに訊くけど、どういうところが?」
多分、というか絶対にどう否定してもこいつはこちらの言い分を聞き入れない。
五十嵐が信じるのは常に真実と自分の直感だけだからだ。あるいは、他人からの信憑性のある情報ならば聞く耳を持つかもしれない。
なので、今後のことを考えると参考までに開き直って確認したほうがいいと考えた。
「明らかにこれまでと距離感が違う。いくら同じ活動をしていると言っても、部活動が同じなのだとしても、あまりにも違いすぎる。もっと言うと、何の接点もなかったお前らが部活動を始めたことも違和感を抱くには十分だったな」
「……そんなもんか」
「深くは踏み込まんがな。そんな情報を仕入れる時間があるならば、俺にはもっと調べるべきものがある。ということで、そろそろ作業を再開するぞ」
五十嵐が視線を本に戻す。
俺と双葉は視線を合わせた。
「俺達も再開するか」
「そうね」
双葉も作業を再開したところで、俺も小説を再び開く。
私が三日月町に来た翌日。
さっそく三日月の魔女伝説という都市伝説についての聞き込みを開始した。ほとんどの人が知らないと首を振る中、女子中学生二人がこんな話をしてくれた。
『その話は知らないけど、この町には別の都市伝説があるよ』
私はその都市伝説について聞くことにした。
『ここをまっすぐ進んだところに広場があるの。三日月広場って言うんだけど、深夜にそこにあるバス停に行くと、月光洋館行きのバスが迎えに来てくれるんだって。月光洋館にはね、なんでも願いを叶えてくれる魔女がいるそうだよ。もしかしたら、そのことなのかな?』
確かに魔女は登場していた。
けれど、それは私が聞いた話とは違っていて、けれど無関係とも思えなくて。
気になった私はさっそく、彼女の言っていた三日月広場という場所に向かった。随分と古いバス停だった。そもそもなんでこんな広場の奥にバス停があるんだという話なんだけれど、とりあえずそれは置いておいて私はイスに座る。
時間は深夜の一時。待てども待てども、月光洋館とやらへ連れて行ってくれるバスは現れなかった。
今日はもう無理かもしれない、そう思い宿に戻ろうとしたそのときだった。
一瞬、視界がぐらつく。ちかちかとまるでフラッシュを目の前で焚かれたような感覚に陥り、思わず目をつむる。そして、ゆっくりとまぶたを開いた次の瞬間、私の眼前にはさっきまでなかったバスが停車していた。
小説を閉じ、ふうと息を吐く。
読み進めていくと感じる圧倒的なまでのデジャヴ。
詳細に書かれた内容から一つ言えることは、この作者は実際に月光洋館を訪れ魔女と対面しているということだ。ここまでのことを経験もせずに執筆できるとは思えない。
そして、だとすると気がかりなことが一つある。
双葉は確か、月光洋館で魔女と対面し会話したことは忘れると言っていたはずだ。
だから、この人がその出来事を覚えているのはおかしい。
「……」
いや、それを言えば俺も同じなのだ。
もしかしたら、この物語を読み進めていけば、俺が魔女の魔法の影響を受けなかった理由が分かるかもしれない。
「ここの本って借りて持って帰れるのか?」
「ええ。手続きをすれば大丈夫よ。どうして?」
「この本、読み進めるのに時間がかかりそうだから持って帰れたらなって思ったんだ」
俺は手に持っていた小説を双葉に見せる。
彼女は神妙な顔つきをし、顎に手を当てて小説を見つめる。
そのタイトルに何かを察したのだろうか。
「何か興味深い内容があったのか?」
「まあ、そうだな。読んでみないと分からないけど」
そんなわけで俺は別の本を手に取る。
残りの時間は、残りの本を確認することに費やした。
その間もずっと、俺の心臓がバクバクと音を立てていた。その原因が何なのかは分からなかった。俺が追い求めていた理由が分かることへの興奮か。それとも、得体の知れないものに触れる前の恐怖か。
その正体は、図書館の閉館時間になっても分かることはなかった。