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第26話 図書館

 海に行った二日後のこと。


 先日、学校の図書室に行き、山神に関する本を探したけれど、大きな手がかりを見つけることはなかった。俺が見つけた『三日月山のしろきつね』という本も、無駄と切り捨てるほどではなかったけれど、信憑性に欠けるというか、どこか創作染みていて決定打には至らなかった。


 そんなわけで、俺達は学校の図書室よりもさらに多くの種類の本が揃っているらしい町の図書館へと足を運ぶことにした。


 学校とは違う方向、商店街を抜けてさらに進んでいくと見えてくる建物が図書館らしい。


 待ち合わせは図書館の中ということで俺は一人、商店街の中を歩く。


 ここで働く大人たちに夏休みなんてものはなく、いつもと変わらない活気のある声が飛び交っていた。スーパーやショッピングモールが主流の都会ではあまり見ない光景だ。


 この町ならではの景色に心温まりながら歩いていると、電柱に貼ってある貼り紙に思わず足を止める。


「これか」


 先日、海で玲奈に誘われた三日月祭りのことが書かれていた。

 今週末に行われるお祭りで、どうやら二日目には花火が上がるらしい。結構大掛かりなお祭りなんだな。


「兄ちゃん、見ない顔だね」


 立ち止まって貼り紙を見ていると声をかけられた。

 振り返ると、頭にハチマキを巻いた四十くらいのおじさんが陽気に笑っていた。


「えっと、ちょっと前にこっちに引っ越してきて」


 これくらいの町だと町民全員が顔見知りだったりするのだろうか。

 小さな町といっても、それなりの数がいるのでそれはないと思うけど、そう言い切れない雰囲気がある。まあ、そんなのどっちでもいいな。


「そうなのか。その祭り、今週末にあるから来なよ。結構賑やかなもんでな、楽しめると思うぜ」


「そうなんですね。ぜひ、行かせてもらいます」


 おじさんにお辞儀をして俺はその場を去った。

 あのお祭りには玲奈と二人で行くことになっている。あんな誘われ方をしたら、いやでも意識してしまう。


 あのときのことを思い出すと、今でも心臓の動きが速くなる。

 俺は玲奈のことをどう思っているのだろう。


 感謝はしている。それは間違いない。今、こうして楽しい毎日を過ごせるのは玲奈のおかげだから。


 でも。


 それが恋心なのかと言われると、そうとは言い切れなくて。

 玲奈は可愛くて、優しくて、一緒にいると楽しい。彼女になったらきっと毎日が笑顔で溢れることだろう。そんな未来を思い描いた時、文句の一つも出てこない。


 なのに。

 どうして、俺はそのことを考えるのを躊躇ってしまうのだろう。


「ぶつかるぞ」


 肩をポンと叩かれる。

 俯き、考え込んでいた俺は咄嗟に顔を上げて足を止める。


 目の前には電柱があって、あと一歩踏み込んでいたら確実にぶつかっていた。高校生にもなって電柱にぶつかるなんてギャグ展開は勘弁なので助かった。


「随分と真剣に考え込んでいたな?」


「ああ、まあちょっとな」


 俺を助けてくれたのは五十嵐だった。

 制服姿のイメージが強い五十嵐だが、私服はなぜかアロハシャツ。

 どういうセンスしているんだ、と思うけれど、俺も人のことをどうこう言えるほどファッションに精通しているわけじゃないので口にはしない。今だって、白シャツにジーンズという個性の欠片もない普通の服装なわけだし。


「お前もこの自由研究に真摯に向き合っているというわけか」


「そだな」


 そういうことにしておこう。

 違うと否定したら、じゃあ何考えてたんだと訊かれるに決まっている。そうなったときに本当のことを話すなんて恥ずかしい。


 五十嵐と合流し、そんな話をしていると図書館に到着した。

 全体的に老朽化した外観は古さを感じさせる。どれくらい前からある建物なのだろうか。

 大きな木が建物の周りを囲うようにぐるりと生えている。入口は自動扉で、中に入るとエアコンが効いていて涼しい風が迎えてくれた。外から見た雰囲気からもしかしたらエアコンとかないかもと不安だったけど、いくら田舎といえどさすがに今の時代に順応しているようだ。


 建物は二階建てで、入ってすぐのところに上へと続く階段がある。そこを監視するように受付があって、係の人が座っていた。


 俺達はそこを横切ってそのまま中に進んでいき、本棚に囲まれた読書スペースにたどり着く。

 長い机がずらりと並んでいて、その奥には少ないけれど一人用のソファがあった。見渡して双葉を探すと彼女はすでに椅子に座って本を読んでいた。


 用事があるからと言って、俺よりも三十分ほど早く出発していたけど、果たして用事とは何だったのだろう。それとも、俺と出発をズラすための言い訳だったのかね。そんなのなくても出発時間くらいズラすのに。


「お待たせ」


 図書館ということで俺が声を潜めて言うと、双葉は顔を上げる。

 夏の暑さに負けたのかポニーテールにした彼女は、しかしメガネをかけているおかげか地味な雰囲気は取り払いきれていない。とはいえ、半袖のワンピースに身を通しており、学校で見る彼女とはまた雰囲気が違うので見る人が見れば異性としての評価が変わりそうだ。


 ここにいるのが五十嵐だから心配はないけど。


「いえ、私もさっき来たところよ」


「その本は?」


「ちょっと気になるのがあっただけ。揃ったことだし、始めましょうか?」


 双葉が言うと、五十嵐がこくりと頷く。


「では情報収集と行こうじゃないか。健闘を祈る」


 五十嵐の言葉を合図に俺達は散り散りに分かれて図書館の中を探し回る。

 それっぽい本があればとりあえずピックアップし、三十分五に集まって全員で手分けして読んでいくという流れだ。


 検索するツールなんかがあればよかったんだけど、そこは田舎町だからなのか導入されていなかった。だからこそ、五十嵐も人海戦術を選んだんだろうけど。まあ、言って三人なんだが。


 さすがは図書館といったところで、本の種類は学校の図書室を軽く凌駕していた。


 その分、探す手間も桁違いなんだけど、そこは好奇心でカバーするとしよう。黙々と本を探すこと三十分、数冊の本を手に抱えて、俺は待ち合わせ場所となっているさっきの長机へと戻った。


 周りには数人、利用者がいるけれど図書室という場所もあって静かだ。


「結構持ってきたな」


「ああ。気になったものでな」


 五十嵐がどっさりと本を机の上に積み重ねていく。

 三人の本を合計すると十五冊くらいになった。一人一冊を手にして、それっぽい情報を確認していく。


 沈黙が続いていたが、五十嵐がふと口を開く。


「ずっと気になっていたんだが」


「なんだよ?」


 双葉も五十嵐の言葉に顔を上げる。言葉は発さないが、彼女も五十嵐の方を見ていた。


「随分と夏を満喫しているようだな」


「それは私もずっと思っていたわ」


 先日の海でしっかりと日焼けした俺を二人は呆れたように見てくる。そんな目で見ないでくれ。はしゃぎすぎたとは自分でも思ってるんだ。


「……お前ら、作業に集中しろ?」


 こういうときは、さっさと話題を終わらせるに限る。

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