目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第23話 三日月山のしろきつね

 ラジオ体操のあった日の昼。


 早めの昼食を終えた俺は出掛ける準備をしていた。

 学校に集まるということで制服を着る。ルールとして、夏休み中であれば別に制服でないといけないルールはないそうなんだけど、あんまり服のレパートリーもないし制服で行くかという結論に至った。


 部屋を出て一階へ降りると、ちょうど出掛けようとしていた双葉と遭遇した。


 俺の制服と違い、彼女は私服だ。白のワンピースに麦わら帽子、それと赤縁のメガネ。清楚というイメージを押し付けてくるような清楚っぷりを見せる格好には見覚えがある。あの格好は双葉が魔女の活動……町に出てボランティアをするときの服装だ。正体が不明なわりに良い人で美少女だから噂になっている。


「もう出掛けるのか?」


「ええ。あなたも出るんでしょう?」


 俺が声を掛けると双葉が振り返る。

 夏休みの自由研究として山神の都市伝説を調べることになった俺、五十嵐、双葉、玲奈の四人。今日はその集まりが昼からあるんだけど、双葉は不参加となっている。その理由は見ての通りだ。


 どうやら個人的にも活動をして余裕を持っておきたいらしい。


『勘違いしないでね。あなたの活動を信用していないわけじゃないの。ただ、何があってもおかしくないから』


 以前、彼女は申し訳無さそうにそう言ってきた。

 俺に気を遣ったようだけど、俺としては彼女の案には大賛成だ。何事も余裕があるに越したことはないからな。


「悪いわね、都市伝説の方を任せてしまって。私が一番関係してるのに……」


 顔を伏せるように双葉が言う。


「気にするなよ。俺も好きでやってるんだし」


 もともと自分の好奇心に従って始めたことだ。

 今では、双葉を助けられればという気持ちもあるんだけど。


「ありがとう。上村君」


 そんな会話をして、俺達は二人で家を出た。

 外に出るとセミの鳴き声が耳を劈く。毎夏、この鳴き声を耳にしているけれど一向に慣れることはなく、反射的に耳を塞いでしまう。田舎の夏は都会以上に生き物の鳴き声が響いているのだ。


「それ、毎回してるわね」


「慣れないんだよ」


 じとり、と呆れたような半眼を向けてくる双葉に俺はそう返す。

 並んで山を降りていく。山の中は日陰になっていて幾分か涼しいのは助かるけど、一時的にそうなおかげで山を出た時の暑さが際立つのがネックだ。じわりとインナーシャツが汗で湿る。


 三日月広場を出たところで双葉とは別れることにある。

 進む方向で言えばもう少し一緒なんだけど、俺と双葉が一緒にいるところを見られるわけにはいかないので、それに対する配慮だ。まして、今の双葉はボランティアモードなので言い訳がさらに面倒くさい。


「それじゃあ」


「ああ」


 学校までの道を歩く。

 虫取り網を持った子供数人が楽しそうに走って三日月広場の方へ向かっていた。これから虫取りでもするのだろうか。俺も子供の頃に蝉取りくらいはしたことあったかな。田舎だとカブトムシとか取れるんだろうか。


 子供の頃の記憶は曖昧だ。

 その頃から母の言うことに従って、芸能活動をしていた。だから、仕事が忙しくて普通の子供が過ごすような夏を過ごした記憶はない。けど、ああやって元気に走り回る子供を見ると不思議と懐かしい気持ちになる。


 忘れているだけで、もしかしたら俺にもあんな夏があったのだろうか。

 なんて。


「おはよ、紘くん!」


 校門を通り、校内に入ったところで肩を後ろからポンと叩かれる。

 叩いた本人は俺の前に回ってきて、にこと笑いながら元気な挨拶を見せた。


「おっす、玲奈」


 朝、ちょっと気まずい別れ方をしたのでどうしたものかと少し悩んでいたけど、この調子の彼女を見るに大丈夫そうだな。


 そう思ったけど、ちょっとだけ顔が赤い。どうやら無理をしているようだ。

 このまま触れないでおこう。


「なんで制服なの? 別に制服じゃなくてもいいんだよ?」


 俺の服装を見て玲奈はこてんと首を傾げる。

 そういう彼女はノースリーブのシャツにミニスカートと若干肌の露出が高めの服装だ。いくら制服じゃなくてもいいといっても、そこまでなのはどうなのだろうか。いや、可愛いんだけどね。


「服を選ぶのが面倒だったんだ。深い意味はない」


「ふぅん。そうなんだぁー?」


 言いながら、玲奈はくるりくるりと体を動かす。

 まるで自分の体をアピールしているようだ。


 そして、ちらちらとこっちを見てくるところから、何となくその意図を察する。


「似合ってるな、それ。可愛いと思う」


「えへへ、ありがと」


 素直に褒めると、玲奈は嬉しそうに笑った。

 そこまで喜ばれると、それはそれでこっちが恥ずかしい。俺は照れ隠しに頭を掻きながら視線を逸らす。すると、そこに五十嵐がいて思わず声を上げてしまう。


「うおわッ!?」


 我ながら間抜けなリアクションだった。


「仲が良いな、ご両人」


 爽やかな笑顔を浮かべる五十嵐は、この田舎町に似つかわしくないアロハシャツを着ていた。

 なんなの、夏休みはそれくらいはっちゃけないといけないものなの? アロハシャツなんか持ってないんだけど。


「急に現れるな、ビックリするだろ」


 相変わらず神出鬼没だ。

 お化け屋敷のお化け役には適任だな。


「いやいや、二人があまりにも楽しそうだったので声をかけるのを躊躇ってしまったのだ」


 腕を組みながら呆れたように言う五十嵐。その言葉に、なぜか玲奈は照れて体をくねくねとしている。

 いじられる前に空気を変えよう。


「揃ったんならさっさと行こうぜ。図書室だろ?」


「そうだ。まあ、どうしてもと言うのならば俺は先に行っているが?」


 ちらと、玲奈の方を見ながら五十嵐が言うと、なぜか知らんけどぽかぽかと叩かれていた。

 あいつらはあいつらで結構仲良いよな。


 校舎内に入っても暑さは変わらない。窓は開いているけど、風がそこまで吹いていないのだ。

 しかし、図書室に入るとさすがにエアコンが効いていて、天国かと思いました。


「結構人いるんだな」


 夏休みだというのに、思っていたより人がいる。

 俺が呟くと、それに応えたのは玲奈だ。


「エアコンあって涼しいし、本読めるしで人気なんだよ」


「玲奈も来るのか?」


「……」


 来ないんだな。

 本読まないもんね、君。


「手分けして、山神についての情報を集めるとしよう。時間は有限だからな」


 図書室に到着するや否や五十嵐の指示で俺達はそれぞれの場所にバラける。

 あんまり図書室を利用することはなかったけど、いろんな本が置いてある。小説や図鑑、自己啓発本や歴史書など種類も様々だ。俺は端っこの本棚から順に確認していく。


 すると、気になる本を見つけ、俺はそれを手に取る。


「……絵本か、これ」


 他の本に比べると薄い本。その背表紙には『三日月山のしろきつね』と書かれている。

 しろきつね、というのは分からないけど三日月山というワードが目に留まったのだ。


「どれどれ」


 俺はページを開く。

 物語は三日月山に入っていく一人の少女のシーンから始まっていた。


 少女が山の奥に進んでいくと、元気のないきつねを見つけた。気になったのは、そのきつねが白色で描かれていたこと。これが恐らくタイトルのしろきつねなのだろう。

 少女はそのしろきつねを助けようと駆け寄った。怪我をしている様子はなく、お腹が空いているのだと思った少女は、持ってきていたおにぎりを渡した。すると、しろきつねはそのおにぎりを勢いよく食べ始めた。


 おにぎりを食べ終えたしろきつねは元気になった。

 しろきつねは喜びを伝えるように少女の周りをぴょんぴょんと跳ね回る。


 二人は友達になった。

 少女はそれからも足繁く三日月山に足を運んだ。

 一緒に駆け回り、楽しい時間を過ごした。少女にとっても、しろきつねにとっても、それは幸せな時間だった。


 しかしある日のこと、少女はお兄ちゃんの大切にしていたおもちゃを落として壊してしまった。

 兄にバレれば怒られる。それを恐れた少女はおもちゃを持って三日月山に逃げてきた。

 しろきつねの前で少女は涙を流した。

 それを見たしろきつねは目の前に置かれたおもちゃに触れる。


 すると、不思議なことにおもちゃは白く光り始め、みるみるうちに姿を変えていく。

 おもちゃは壊れる前の状態に戻っていた。


 少女は驚いた。

 このとき、少女は知った。

 しろきつねはただのきつねではなかったのだと。

 それからも、少女は感謝の気持ちを忘れずに、しろきつねとずっと仲良く過ごした。


「……」


 どこにでもあるような幸せな話だった。

 三日月山が出てきたので関係あるかと思って目を通してみたけど、これはどうなんだろうか。


「どうだった?」


 絵本を閉じたタイミングで玲奈が後ろから声をかけてきた。


「そっちは?」


「んーん、あんまりかな」


「俺はまあ、直接関係あるかどうかは分からないけど、これかな」


 俺が絵本を見せると、玲奈は目を丸くした。

 けど、それも一瞬ですぐにいつもの彼女に戻る。


「どうした?」


「いや、なんでも。ちょっとわたしも読んでみようかな」


「ああ、ほら」


 俺一人で判断するのもなんだしな。

 それから玲奈が絵本を読んでいる間、別の場所を探しつつ彼女の様子を見ていた。


 絵本を読む彼女の横顔はいつになく真剣なものだった。本を読むのは得意じゃないと言っていたけど、まさか絵本も一苦労なのだろうか……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?