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第22話 ラジオ体操

 双葉閑は魔女である。


 最初はそんなことを話されても信じることは出来なかった俺だけれど、さすがに一緒の時間を過ごしていくと全てが嘘だとは思えなくて、今となってはその話を信じ、彼女が抱える問題を解決しようとしている。


 双葉が抱える問題というのは、魔女の呪いだ。


 三日月山の神様が双葉の先祖にかけた呪いが代々受け継がれ、今は彼女を苦しめていた。

 謝儀という、簡単に言えば感謝される気持ちを受け続けなければ体調を崩し、最悪の場合、死に至る。それが双葉が受けている呪いの正体だ。


 感謝され続ける必要がある、それはつまり誰かのために働き続けなければならないと言い換えることもできる。それはまさしく、過去の罪を償うための贖罪と言える。


 これまでずっと、双葉も、双葉の親も謝儀を受け続けていた。にも関わらず、その呪いが終わりを迎えることはなかった。それは贖罪の手段であって、呪いを解く方法ではないのかもしれない。


 そうだと仮定して。

 だとすると、双葉閑を救うにはその呪いを解く方法を見つけ出す必要がある。


 何の手がかりもない、暗闇の中を明かりなしに進むような作業になるかもしれない。それでも、何かヒントになるようなことがあればと思い、俺は五十嵐の山神の都市伝説を調べる自由研究に付き合うことにした。


 三日月山の神様。

 山神の都市伝説。

 そして、魔女の呪い。


 それらが無関係には思えなかった。


 それから。

 そもそも俺と双葉が繋がったきっかけでもあるけれど、彼女が使う魔女の魔法……記憶操作の魔法が俺に通用しなかった理由。俺はそれを知ろうと彼女の同居の提案を受け入れたのだ。それも忘れてはいけない。


 考えなければならないことはまだまだある。

 それでも、俺は自分の好奇心に従い、この問題と向き合おうと思う。


「紘くん?」


 肩をぽんと叩かれ、俺は我に返る。

 俺は三日月広場の今は使われていないバス停に座っていた。


 自然に囲まれ、都会ほどの暑さはないとしても、それでも日差しを浴び続ければ普通に暑い。

 なので、屋根の下に避難するように俺はここに座ったのだ。


「おう、おはよう」


「早いね? 気合い十分って感じ?」


 玲奈は白シャツにハーフパンツ、髪は団子にして纏めていた。ランニングにでも行くような格好だ。かくいう俺も、似たような格好なんだけど。


 そして今は朝の七時前。

 夏休みに突入したにも関わらず、俺と玲奈がどうしてこんな朝早くに三日月広場で落ち合っているのかというと、もちろん部活動である。


「ちゃんと起きれてえらいねー?」


「俺ばかにされてない?」


 玲奈はにこにこと笑いながら俺の頭に手を伸ばしてきたので俺は咄嗟にそれを躱す。

 この歳になって同年代の女子に頭撫でられるとか変な扉が開いてしまう。


「早朝から随分ご機嫌ね。鼻の下が伸びてるわよ」


 声がしたのでそちらを振り返る。

 誰なのかはもう確認するまでもないんだけど、なんか声が不機嫌そうだったのでそれだけは見ておかなければ。


 双葉閑もまた、シャツにジャージとラフな格好で髪はポニーテールにしている。

 表情はやはりどこかご機嫌ナナメっぽい。


 鼻の下が伸びていると指摘されたので俺は思わず自分の口元を手で隠した。


「おはよう、双葉さん」


「おはよう、白石さん」


 玲奈にはにこやかに応じる双葉。

 俺への態度とは百八十度も違うじゃないか。これが男子と女子の差かね。


 あとはまあ、玲奈のコミュ力あっての距離の縮まり方なのかもしれない。双葉がこれまでと違って、他の人と関わり始めたのは良い傾向ではないだろうか。彼女の中で、何かが変わり始めているということなのだと、勝手に思っておこう。


「もうすぐ時間だけれど」


 双葉が腕時計を見てから言う。

 俺達はこの一週間、町内のラジオ体操の仕切りを依頼されていた。


 時間になったらラジオ体操を始め、終わったらスタンプを押す。町内会の催しだそうで、聞くところによるとラジオ体操のイベント自体は毎年行われているんだとか。


 さすがに高校生にもなると参加するようなことはないが、玲奈なんかは子供の頃によく参加していたらしい。

 七時が近づくにつれ、三日月広場には人が集まり始めていた。

 まさに老若男女と表現するに相応しい光景だった。小学生かそれに満たないような子供からおじいさんおばあさんといった年配の人まで様々。ラジオ体操なんて好き好んで参加する人いないだろうと思っていたけど、予想以上に人気のイベントで驚きだ。


 これくらい田舎の町だと他に娯楽もないのかね。

 そんな感じで広場に集まった人たちと一緒にラジオ体操を始める。


 カセットテープというのがまた懐かしいというか。今の時代にこの機械を目にすることがあるとは。この町に来てからというもの、カルチャーギャップのようなものをひしひしと感じている。都会と田舎とで文化に違いがあるとは。まあ、どちらが悪いということもないけど。


 それぞれに、それぞれの良さがある。


『最後は深呼吸ー』


 ラジオ体操はクライマックス。

 こうして実際にラジオ体操をするのは十何年振りくらいな気がするけど、意外と体が覚えているものだ。アナウンスを聞くと、自然と体が動く。そして、しっかりと体を動かすと結構疲れるんだな。


 終わった頃には少し息が切れていた。

 微かにあった眠気は、ラジオ体操が終わる頃には完全に吹っ飛んでいた。


 日中に比べると、朝は気温が少しだけ低く、風があって涼しい。眠気も覚めれば、残っているのは清々しさだけだ。気持ちの良い朝というのはこういうのを言うのか。


 ラジオ体操が終わると、それぞれが持っているスタンプカードにスタンプを押していく。どうやら指定数のスタンプを集めると最終日にご褒美があるらしい。毎日通わなければならないわけではなく、何回以上っていうのがちょっと気持ち楽だよな。


 スタンプを押し終えると、後は自由時間だ。

 せっかく外に出てきたからと公園で遊んでから帰る人もちらほらといる。


 俺はどうしようか、と双葉と玲奈の方を見た。


「二人はもう帰るのか?」


 双葉も玲奈の様子を伺った。

 もしも玲奈が帰ると言えば俺達はわざわざ時間をズラして帰る必要がなくなるのだ。


 朝の集合も双葉は俺よりもさらに早い時間に家を出て、カムフラージュとして町の方から来た感じを出していた。かくいう俺も、山から降りてくるところを見られては困るので、少し早めに家を出てバス停で休んでいたのだ。


「んー、どうしよっかな。今日って昼から五十嵐くんと会うんだよね?」


「そうだな」


 都市伝説について調べるのはいいんだけど、夏休みにまで五十嵐の顔を拝まなくてはいけないのがどうにもネックだ。


「せっかくだし、このまま学校行く? ちょっと早いけど」


「いやだいぶ早いだろ」


 まだ七時半とかだぞ。昼間で何時間あると思ってるんだ。

 俺がツッコむと、玲奈は残念そうに肩を落とした。そんな彼女に双葉が耳打ちする。


 すると、玲奈は視線を自分の胸元に落とし、かあっと顔を赤くした。彼女の視線を追ったところで、俺もようやく気づく。


「……いったん帰って着替えるね。またね!」


 よほど恥ずかしかったのか、玲奈はぴゅーっと駆け足で帰っていった。

 さすがはバスケ部だ……。


 しかし、玲奈がいなくなっても俺の脳裏にはさっきの景色が強く残っていた。

 白いシャツが汗で透け、玲奈の水色の下着がうっすらと姿を表していたのだ。


「……」


「本当に救いようのない変態ね」


 俺の隣を通ったタイミングで、双葉が冷たく言い放つ。

 これに関しては何も言い返せないので俺は黙って自分の顔を覆う。


「早く帰るわよ」


「……はい」


 家へ戻る道中、俺は双葉から一定の距離を置かれ続けた。

 ほんとに冷たい奴だよ。


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