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第19話 おまじない

 真鍋さんからの依頼は付き合えるように手伝ってほしい、というものだった。とはいえ、最終的な結果に関わってくる好感度という部分では俺達にサポートできることもないので、とりあえずはそこに至るまでの手助けをするという話で落ち着いた。


 何よりも、そもそも真鍋さんは大塚先輩とやらに恋人がいるのかどうかすら知らないと言っているので、そこの調査から始めなければならない。


 方向性が決まった、その翌日。


「それで、どれが大塚先輩なんだ?」


「えっとね、あの髪の長い人」


 俺は玲奈と二人で校門近くで身を潜めていた。

 校舎から出てきたグループの中に大塚先輩がいるということで確認してみると、長い髪のちょっとタレ目気味な人がどうやらそうらしい。長身で、顔もそこそこイケメンだし、それなりに女子からの人気はありそうだ。


 まあ、田舎の恋愛事情っていうものが分からないんだけど、彼氏彼女っていうのには興味は抱いているはず。けど、思い返してみるとクラスメイトのそういう話ってあんまり聞かないな。


「うちのクラスの誰かって付き合ってたりするのか?」


「え、どうして急にそんなこと?」


 ふとその疑問を口にしてみると、玲奈がきょとんとした顔をする。


「なんとなく気になって」


「まあ、いるはいるよ。からかわれたくないから、秘密にしてるみたいだけど」


 やっぱそうなのか。

 前にいた学校でもあんまり大っぴらに付き合っている奴はいなかったもんな。その秘密な感じも楽しかったりするのだろうか。


「そっか。やっぱみんな興味はあるんだな。玲奈も彼氏欲しいとか思うのか?」


「えっ! なななんでっ?」


 突然動揺する玲奈。別に変なことは訊いてないんだけど。


「いや、話の流れで訊いただけなんだけど。言いたくないなら別に答えなくてもいいよ」


「そ、そういうわけじゃないけど」


 もにょもにょと唇を尖らせながら、言葉にならない言葉を吐く玲奈は、俺の方をちらちらと見てくる。ははん、さては自分だけ言うのが恥ずかしいんだな? でもなあ、俺は別に話せるほどのネタを持っていないし。


「あ、先輩行っちゃう!」


 そのとき、視線を大塚先輩に戻した玲奈はハッとする。

 そのグループはてこてことゆっくり歩きながら校門を出ようとしていた。俺達はバレないようにその後を追う。


「なんか、こういうのドキドキするね?」


「楽しんでるな、玲奈」


 俺と玲奈がこれから行うのは、大塚先輩に恋人がいるのかの調査だ。

 もしもあの人に彼女がいるのならば、放課後にデートをしたりするかもしれないので、尾行してそれを暴いてやろうという作戦である。


 大塚先輩のいるグループは男女合わせて五人。

 男子二人と女子三人という比率で、見たところ仲は良さげだ。


「見たところ仲の良い友達って感じがするな」


 恋人と言うよりは友達に近い距離感に見えるが。


「五人でいるのにラブラブされたら嫌じゃない?」


 そんなことを呟いた俺に玲奈が尤もな言葉を返してくる。

 確かにそうだ。もし目の前でイチャイチャされたらもう一緒に帰らない可能性すらある。


 比較的みんな陽キャっぽい感じはある。男女の壁はなく、誰に対しても分け隔てなく接している感じ。女子サイドからのボディタッチもあったりして、距離は近いのは間違いない。けど、それは大塚先輩だけでなく、もう一人の坊主の先輩にも同様に見せているので特定の相手として狙っている、というわけでもなさそうだ。


 ちなみにここに双葉がいないのは別の用事があるから、というのとあまり大勢で行動してもバレるリスクを追うだけだから、という理由がある。真鍋さんは普通に部活動だ。みんな忙しいね。


「紘くんはあの女の子三人の中で誰がタイプ?」


「今、その質問する意味ある?」


「雑談だよ。黙々と尾行しててもつまんないでしょ」


 尾行ってそういうもんじゃないの? やったことないから知らんけど。

 まあ、とはいえ確かに無言でいてもつまらないし、ここはその雑談に興じるとしようか。


 そう思い、グループの中の女子三人を一人ずつ確認していく。

 一人は黒髪ショートの女の子。話す際には身振り手振りをつけているところから活発な一面が想像できる。

 二人目はブラウン髪のボブカット。周りの空気を乱さないように常に気を配りながら話しているような感じが伺える。この人は胸が小さめだ。

 三人目は黒髪ロングのナイスバディなお姉様。お淑やかな感じが、素振りから感じ取れる。


「まあ、強いて言うなら黒髪の人かな」


 あくまでも容姿と素振り、雰囲気を見ただけで判断した場合の話だ。

 すると玲奈はむうっと顔をしかめた。え、なんで?


「それはどうして? 胸が大きいから?」


「別にそんなことはない」


「黒髪だから?」


「そうでもない」


「じゃあなんで?」


 ずずっと顔を近づけてじとりと睨んでくる玲奈。

 まさかこんな展開になろうとは。軽い雑談じゃなかったの?


「えっと」


「さあ、答えて!」


「まあ、黒髪で胸が大きかったからかな」


「ほらやっぱりーっ!」


 うわーん、と玲奈が泣き真似をする。

 そんなこと言われても仕方ないだろう。関わってもいないし、この距離から見ただけで判断するとなると、どうしてもそういう部分で決めるしかないじゃないの。


「……双葉さんのことは、どう……」


 ぼそぼそと何かを口にする玲奈。

 しかし、声が小さすぎて上手く聞き取れなかった。


「なんだって?」


「なんでもない。行こ」


 吹っ切れたように溜息をついた玲奈は切り替えるように言う。

 自分で振ってきた話題なのにな、と俺は思いながらも口にはしなかった。すればまた何か言われるような気がしたから。


 そんな感じでしばらく先輩の尾行を続ける。

 ある程度の場所まで来たところでグループは解散していった。今日は特に寄り道をすることもなくまっすぐ帰宅していった。みんなと分かれたあとに改めて合流するところを目撃できれば確実だったんだけど。


 いや、そんな現場を目撃するとまずいのか。真鍋さんの依頼を完遂できなくなる。


「どうだろうね?」


「一日だけじゃなんとも言えないな」


 その後、三日間に渡って俺達の調査は続いた。

 翌日は俺と双葉、その次の日は双葉と玲奈といった感じでローテションで回し、尾行をしたけれど、やはりそれっぽいところを目撃することはできなかった。


 大塚先輩のことを好きだと言う人はいるかもしれないけれど、少なくとも現在は彼女はいなさそう。というのが俺達が最終的に下した結論だった。

さっそくそれを真鍋さんに報告する。


「そうですか。それはよかったです」


 ほっと胸を撫で下ろした彼女は、しかし表情が暗くなっている。


「どうかしたか?」


 訊くと、真鍋さんはふるふるとかぶりを振った。


「いえ、なんでも」


「真鍋さんは大塚先輩の連絡先は知っているの?」


「えっと、その、一応」


 彼女の言葉に俺達三人はぎょっと目を丸くする。

 てっきり知らないと思っていた。

 というか、連絡先を交換するような仲ならば、そもそも彼女がいるかくらいは確認できそうなものだけど。


「そうなの? てことは、お友達?」


「えっと、まあ、そうですね」


 真鍋さんの答えはどうにも歯切れが悪い。

 以前から、ハキハキと喋るタイプではないことは分かっていたけど、それにしても今日は特におどおどしている様子が顕著に見える。


 俺達としては次のステップとして連絡先の交換とかだろうか、なんて話をしていたんだけど、そのステップを超えてしまっては、ぶっちゃけできることはなくなってくる。


 どうしたものか、と考えていると真鍋さんはおもむろに立ち上がる。


「あの、あとは私の力で何とかしてみようと思います」


 そして、そんなことを言う。

 玲奈でさえぽかんとした顔をで驚いていた。なので、俺と双葉の驚きようはそれ以上だ。


「だいじょうぶ? 何かできることがあったら手伝うよ?」


「ううん。ほんとうにもう大丈夫」


 この言葉が本心かどうかは分からないけど、本人がこう言うのであれば俺達にこれ以上できることはない。何かがあって、また助けを求めてくるのを待つだけだ。


「おまじないの力が私の味方をしてくれてるみたいだから」


 そう言って、真鍋さんはくすりと笑った。

 その瞬間、俺の背中に悪寒が走る。そんなはずはないのに、一瞬だけ彼女が彼女でないように見えたのだ。


「おまじないって?」


 玲奈が尋ねる。

 すると、真鍋さんは笑みを浮かべた表情そのままに口を開く。




「山神様のおまじないだよ。みんなも知ってるでしょ? あれって本当だったんだね」




 俺はその彼女の笑みが、どうにも不気味に思えてならなかった。


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