必要部員が揃えば、部の発足まではトントン拍子だった。部活設立の申請用紙を生徒会に提出し、許可をもらい、部室を用意された。俺が言うのもなんだけど、活動内容はしっかりと確認したほうがいいと思う。それとも、しっかり確認した上で問題ないと判断されたのだろうか。
部室は縦長の正方形の部屋で、そこまで広くはないけど三人という人数を考えれば十分だろう。長机が一つとイスが幾つか。あとはホワイトボードがあるくらいで、他は何も無い。部屋の外での活動がメインとなるであろうこの部活としては、それでも全然問題ない。
そして。
部活設立から一週間が経過した。
「様子見に来たよ」
バスケ部との掛け持ちである玲奈は毎日顔を出すことは難しいとのことで、部活が休みの日にこうしてやってくる。無理に参加しなくても、名前を貸してくれるだけでも有り難いことだったんだけど。そう言えば『ふぅーん、紘くんは双葉さんと二人っきりになりたいんだねそうなんだねあっそ』みたいな感じで機嫌を損ねてしまう。
なのでそこにはもう触れないことにした。
「あいかわらずな感じ?」
閑散とした部室の様子を見て玲奈は表情を引きつらせる。
その様子に俺は静かに頷き、双葉は小さく溜息をついた。
実績のない団体に依頼を持ち込んでくる人間はそうはいない。困っているならお助けしますと言ったところで、どれだけメリットを差し出したところで、疑う気持ちを晴らすことはできないのだ。
信頼は積み重ねていくしかない。
そこには地道な作業が待っているに違いないだろうけれど、それでも我慢して一歩ずつ前に進むしかないのだ。
問題はその信頼を得るための実績をどう上げるか、だ。
信頼を得るためには実績が必要で、実績を得るためには依頼者が必要だ。そして依頼者を得るためには信頼が不可欠というどうしようもないスパイラルのど真ん中に閉じ込められている状態。
「困ってる人、いないのかな?」
素朴な疑問を漏らしながら、玲奈はパイプ椅子を広げて座る。
「そうじゃないと思うけどな。人間、常々何かしらは困ってるもんだろ?」
「そう?」
「玲奈は困ってないか?」
「困ってる、かなぁ」
腕を組み、むむむと唸る。
少し考えていたが、どうやら困ってはいないらしい。
「紘くんは困ってるの?」
「困ってるな」
「なにに?」
「依頼者が来ないことに」
「そうじゃなくて」
むすっと頬を膨らませる玲奈。
もういいよ、と言いながら彼女は双葉の方を見た。
「双葉さんはなにか困ってる?」
「そうね。それなりに困ってるわ」
「なになに?」
前のめりになりながら玲奈が尋ねると、双葉はちらと視線を玲奈の方に向ける。
そして、口角をわずかに上げてにやりと笑った。
「依頼者が来ないことにね」
「んもうっ!」
さすがは玲奈というべきだろうか。
ほとんど会話をしていなかった双葉とも早々に打ち解けている。
もともと双葉もコミュニケーション能力がなかったわけではなかった。ただ、魔女の問題の手前、人と関わるべきではないと思い、自らコミュニケーションを避けていただけ。だから、いざ話してみれば普通に話せるというわけだ。
「まあ、冗談はさておき」
「冗談だったんだ……」
がーん、と玲奈は分かりやすくショックを受けたようなリアクションをした。
俺はさっきまでカタカタと触っていたノートパソコンを玲奈の方に向ける。
「ていうかそのパソコンなんなの?」
「必要だからパソコン部から拝借してきた」
ふーん、と言いながら玲奈はパソコンのディスプレイを見る。
高層ビルがなく、山や海に囲まれた自然豊かなこの町に、パソコンという電子機器はあまり似つかわしくなかった。そもそも必要としていないからか、スマホを持っている人もクラスの半分くらいなんだよな。
なんというか、この町だけ時代が進んでいないような錯覚を受ける。
とは言いながらも、持っている人はスマホなりパソコンなり、しっかりと持っているんだけど。
「これは?」
「ホームページだ」
ここ数日で完成させただけなので、まだまだ簡易的な仕上がりではあるけれど、この支援部のホームページが完成した。これにより、我々の部活の活動目的を明確に伝えることができ、さらにメールでの依頼が可能になったのだ。問題はホームページを見る人がどれだけいるかという点だな。
「学外の人へのアピールにもなればいいなと思ってさ」
「ふぅん。すごいね。これ紘くんが作ったの?」
「まあな」
「はえー」
感心したような声を漏らす玲奈。
そんな俺たちの様子を黙って見ていた双葉がここで口を開く。
「確かに意外ね。そういうの得意だったの?」
「別に得意ってほどじゃないけど。昔、こういうの得意だった人と知り合いだったんだよ」
得意だった、というかそういうのも仕事の一つだった人。プロクオリティを見せるあの人と俺のこのホームページの出来は似ても似つかない。けれど、興味本位でも教えてもらっていてよかったと思う。
「紘くんってなんでもできるよね」
「まあ、それなりにはな。器用貧乏ってやつだ。逆に、ずば抜けて得意なものもない」
子供の頃、唯一褒められていた演技というスキルは、自ら手放した。
あのときの時間を楽しかったとか思わなかったし、今でも思ってはいないけれど、あの期間で得た様々なものは今でも俺を助けてくれている。
「ここにさ、『お困りごとはなんでも解決』って書いてあるけど、本当になんでもいいの?」
ホームページを見ながら玲奈が言う。
「もちろん手伝える限度はあるけど、それを最初に提示しちゃうとさらに客層を狭めちまうだろ。とりあえずは相談って形で困りごとを訊いてみるって流れだな」
ふーん、と言いながら玲奈はパソコンの画面をじいっと眺めていた。
「まあ、焼け石に水かもしれないけど。そうなったらいよいよ町に出てアピールするしかない」
「結局、そこに行き着くのね」
「最初の地盤さえ固めてしまえばどしどしお便りが来るはずなんだよ」
新しく何かを始めるときは地盤を固めることと種まきが重要なのだ。これも人から聞いた。
「わたしも友達に話してみるね」
そんなことがあった日の二日後。
俺達、支援部にとって初めての依頼者が部室を訪れた。