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第15話 看病

「……別に付きっきりじゃなくても大丈夫よ。心配しすぎ」


 この家には俺の部屋と双葉の部屋以外にも空き部屋はある。


 俺が双葉の部屋に入るわけにはいかず、双葉が俺のベッドを使うわけにもいかない。別に俺としては使われることに対する抵抗はないけど、使うかと提案してボロクソに拒否されたらメンタルやられるからそもそも提案をしていない。


 その結果、空き部屋に布団を敷いて看病をすることになった。

 空き部屋といっても客間的な場所で布団などは用意されていた。この家にお客様が泊まるようなことがあるのかは謎だが。


「そう言うなよ。部屋ですることもないし、いちいち呼ばれるのも面倒だろ」


 双葉の看病をしない、という選択肢はなかった。

 同じ屋根の下で暮らしている義理などではない。普通に、知り合いが風邪で倒れりゃ心配だろう。それを放っておいて自室でユーチューブを見ていられるほど冷たい性格ではないつもりだ。


「別に呼んだりもしないわ。これまでも一人でなんとでもしてきたんだし」


 一晩寝たからか、双葉は喋れるくらいには回復していた。

 昨日は中々にしんどそうだったし、飯を食べるのも一苦労だった様子。しかし、今日は朝からお粥を食べていたし、今はこうしていつもの調子で話せている。


「強がるなよ。寂しいって言えば俺はいつでも添い寝してやるぞ」


「天地がひっくり返ってもごめんよ」


 ふい、と体ごと顔をそむける双葉。調子は良さそうに見えるけど、その顔はまだ少し赤かった。あんまり無理はさせるべきじゃないな。


「体、弱いのか?」


 あのままの調子で話していると双葉に負担をかけるだろうから、俺は話題を変える。


「どういう意味?」


 双葉は顔はそむけたまま視線だけをこちらに戻す。


「さっき、これまでも一人でって言ってたから。体調崩すのは良くあったのかなって」


 抱いた違和感を口にする。

 数秒、沈黙を作った双葉はゆっくりと口を開く。


「まあ、そうね。体が弱いとは思っていないけれど、体調を崩すことはたまにあったわ」


「原因は?」


「さあね。母もこういうことがあったらしいから、これも魔女の呪いの一環なのかもしれないわ」


「またそれか」


 魔女の呪い。

 人からの謝儀を受け続けなければいけない、というもの。

 それを受け続けなければ最悪の場合、死に至るとも言っていた。らしい、という言葉をつけていたので双葉自身、まだそこについて確証は持っていないようだったけど。


 もしも。


 その死に至る初期段階として、体調不不良が起こっているのだとしたら、あくまでも仮定の話だけど、そうなのだとしたら何も手を打たないわけにはいかないだろう。


「双葉は毎週末、ボランティア活動をしてたのか?」


「町に出るは出るけど、必ずしも活動をしていたわけではないわ。困っている人がいなければそもそも助けになりようがないのだし」


「だよな」


 双葉は謝儀を受け続ける活動として二つの行動を実行している。

 一つは休日に町に出て困っている人を助けるボランティア活動的なもの。もう一つは、都市伝説の元ネタになっている活動だ。もともとはそっちをメインに動いていたけど、数が減ったって言ってたな。その結果、ボランティア活動を始めたのかも。


「てことは、やっぱり受ける謝儀が減ったっていうのが関係あるのかもしれないな」


「……そうね」


 双葉もその考えには至っていたのか、返ってきた言葉は随分と弱々しかった。

 布団を口元まで被り、再び視線だけを俺に向けた。


「以前、話していた部活のこと」


「ん? ああ」


 双葉が謝儀を受けやすくなる環境をどうにかして作れないかと考えた末に俺が思いついた案のことだ。ボランティア部、みたいなものがあればこちらから探しに行かずとも困ってくる人がやってくるという算段だ。


「あのときは突き放すような言い方をしてしまったけれど」


「……」


「本当にできるかしら」


 弱々しい声色は、体調不良のせいだけだろうか。

 常に気を張っている彼女の外側が少しだけ剥がれたような気がした。


「やってみないと分からないけど。お前がそれを望むんなら、俺はできる限りのことをしようと思うぞ」


「……どうしてそこまで?」


 俺を見つめる瞳は潤んでいた。

 その瞳は、どんな言葉を求めているのだろう。


 それを考えて、辿り着くことはきっとできる。思っていなくても言葉にすることはできる。

 けど、それを誠実とは思わない。俺は今、俺が思っていることを伝えるだけだ。


「……乗りかかった船だよ。俺は気になったことは最後まで調べ尽くすタイプなんだ」


「なにそれ」


 小さく呟いた彼女の声色が少しだけ弾んでいた。

 そして、ゆっくりと目をつむる。どうやらおやすみのタイミングらしいので、俺はここらで退散するとしよう。


 翌日も双葉は学校を休んだ。

 体調はほとんど回復していたけれど、病み上がりということもあり大事をとって休むことを選んだのだ。というか、俺がそうさせた。風邪っていうのは治りかけて油断したところが危険だからな。だから、双葉は少し不服そうだった。


 看病をしてもらったという引け目があるからか、今回は素直に従ってくれた。


「さて」


 俺は部活申請用紙を机に置く。

 今朝、生徒会に行って貰ってきたのだ。上から順に読んでいると、驚くべき事実に気づく。

 活動内容とかはある程度書けるように考えていたけど、そもそもそんなこと以前に部活動の設立には最低でも三人の部員が必要だと書いてある。現在、俺と双葉の二人しか部員がいない。


 あと一人、見つける必要がある。


「珍しいものを持っているな」


 いつものように澄ました顔でやってきた五十嵐が俺の手元を見てそんなことを言った。


「この時期に部活を作ろうと考えているのか?」


「あー、まあ」


「まさかとは思うが、超常現象研究部でも作ろうとしているのではあるまいな?」


「残念。そんなつもりはない」


「つまらん。てっきり都市伝説を教えてから、超常現象に興味を持ったのかと思ったが」


 そうは言うが、別に残念そうな顔はしていない。

 相変わらず腹の中で何を考えているのか分からない奴だ。

 まあ、五十嵐にあのバス停に連れて行かれたのが始まりだし、あれをきっかけに興味を抱いたのも事実ではあるんだけど。


「お前、ボランティアに興味ないか?」


「ないと言えば非人道的な感じに聞こえてしまうが。俺には他人を助けているだけの時間はないのだ。そんな暇があれば、この世にある謎の解明に駆け回っているさ」


「……そうだよな」


 興味がある、という言葉が返ってくるとは思っていなかったけど。


「なんだ、ボランティアに目覚めたのか?」


「そんなとこ」


「俺の知るところの上村紘という男からはボランティア精神なるものは感じなかったが?」


 ボランティア精神を持っているかと言われれば、そんなことはない。

 多分、この行動を突き詰めていけば酷く利己的な理由があらわになってしまうだろう。


「まあな。もちろん下心ありきだよ。ボランティアってのは名目上の言葉だ」


「下心、か。女にモテたい、とでも思っているのか?」


「……モテたいってわけじゃないけど」


 俺は一拍置いてから、視線を五十嵐の目に向ける。

 相変わらず何を考えているのか分からない目だ。


「手助けしたい女子がいるんだよ。これはその大義名分を得るための行動ってやつかな」


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