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第13話 魔女の呪い

「どういうことかしら?」


 一日の授業が終わり、五十嵐と玲奈と三人で軽く雑談を交わして時間をずらして帰宅した俺を待っていたのは、いつにかく不機嫌な様子の双葉だった。なにか怒らせるようなことをしただろうかと今日一日の自分の行動を振り返る。


「とりあえず中に入れてくれると助かるんだけど」


 まだ玄関だぜ。

 俺の指摘を受けて、双葉は仕方ないとでも言いたげに一歩下がってくれた。

 俺たちが話し合うとなれば場所はあそこしかないだろう、ということで食堂へ場所を移す。

 不機嫌でありながらお茶は用意してくれるところに彼女の器の大きさというか、優しさ的なものが垣間見える。


「それで、なんだっけ」


「今朝の発言について言及させてもらうわ」


 と言われて、俺はようやく思い出す。

 今朝、玲奈やクラスメイトに問い詰められたときにいろいろと口にしてしまった。その内容のどれかがよろしくなかったらしい。


「お前と同居しているってことは伏せて話したはずだけど。どれかまずかったか?」


「私が言いたいのは、どうしてあなたが私の休日のことを知っているのかということよ」


「んん?」


 双葉に言われて、俺は眉をひそめた。

 どういうことだという思いを込めたリアクションに、双葉はさらに言葉を続けた。


「知り合いと再会して、その家に住むことになったと誤魔化したまではいいわ。咄嗟に出た言い訳としては、まあ及第点ね」


 どうして俺が学生寮を出たのかと理由を問われたときに咄嗟に考えた言い訳だ。そのときに同居的なワードを出したことに対して怒っているのかと思ったけど。


「そうか」


「そのときにあなたが上げた同居人の特徴よ」


「ああ。あ……」


 適当に言うと、どこかで積み重ねた嘘が瓦解する恐れがあった。かといってあの瞬間にはっきりとした人物像を思い描くだけの想像力はなかった。その結果、俺はつい最近目にした双葉の姿を口にした。


 俺は双葉が出掛けている間、家にいたことになっているので彼女が出先で何をしているかなど知らないはずなのだ。にも関わらず、上げた特徴はすべて双葉のあの日の行動だった。偶然というには、あまりにも重なってしまっていた。


「えっと」


「私が町に出掛けた日、あなたは家にいた。だから、私が外で何をしているかなんて知らないはずなのに」


 うん、これは誤魔化しようがないな。

 俺はそれを感じたので黙って立ち上がり、自分にできる限りの謝罪の姿を見せる。頭を下げるのはわりかし得意なのだ。なんて悲しい特技……。


「ごめんなさい」


 こういうときにうじうじと言い訳したり、ぼそぼそと声をくぐもらせるのは返って悪印象を与えてしまう。潔く、自分の非を認めることが一番大事なのだ。


「謝った、ということは認めるのね。私を尾行したこと」


「はい。仰るとおりでごぜえます」


「ふざけない」


「はい」


 腕を組み、ふんと鼻を鳴らす双葉。


「どうして尾行なんてしたの? 人として最低だと思うんだけど」


「……なんか、双葉が随分とおしゃれをして出掛けたもんだから気になって。彼氏とかいるのかなって」


「もう包み隠さず話すのね……」


 これが俺なりの誠意である。

 双葉は呆れたように言ったあと、こめかみを抑えて大きなため息をついた。


「もういいわ。こうして一緒に住んでいれば遅かれ早かれ気づかれていただろうし」


 諦めたようにそんなことを口にして、双葉はコップに入った麦茶をごくりと飲み込む。

 こういう機会だし、せっかくだから踏み込んでみようかな。


「なんでボランティア活動なんかしてるんだ?」


 ボランティアをするのに理由があるのかは疑問だけど。

 子どもと戯れ、商店街の人らと仲良くし、ボランティアとして海のゴミ拾いを手伝う。別にそれらの行動に理由が必要だとは思わない。そうしたいからしているだけかもしれない。むしろボランティアなんてそんなものだろう。


 けど、中には理由があってそういった行動をする人もいる。


「別におかしいことではないでしょう」


 やはり、双葉の答えは予想通りのものだった。

 彼女を知れるいい機会だと思ったんだけどな、と思っていると彼女は「けど、私の場合は別に理由があるけれど」と続けた。その瞬間、俺は驚いて顔を上げる。


「私はあなたに自分は魔女だと言ったわね」


「ああ」


「人助けを魔女の使命だとも」


「言ってたな」


 あの一連の流れを人助けの一言でまとめていいものかは謎だけれど。

 バス停にやってきた人を眠らせて、夢の中でその人の願いを聞き出し、それをどうにかしてい叶えるというもの。確かにそれは人助けだと思うけれど、どうにも回りくどい。休日に行っていたボランティアの方がよっぽど人助けと言える。


「使命と言ったのは、あれは嘘。というよりは言葉の綾かしら。やらなければならないという意味では似ているかもしれないけれど」


「どういうことだよ?」


 俺は彼女の言っていることが分からなくて、首を傾げる。

 やはりというかなんというか、魔女っていう問題が関わっていた。


「私も詳しくは教えてもらえていないのだけれど。謝儀、という言葉を知ってるかしら」


「知らん」


「即答……」


 双葉は呆れたように肩を落とす。そんなこと言われても知らないものは知らないし。


「簡単にいうと、感謝の気持ちのことよ」


 ならそう言えばいいのに。

 日本人というのはどうしてか難しい言葉を使いたがる。ただでさえそうなのに、最近はそこの横文字も参入してきて、ついていけていない我々からすればもうちんぷんかんぷんだ。


「それで、その謝儀ってのが何なんだよ?」


「魔女はね、謝儀を受け続けなければいけないの」


「なんで?」


 そんなことを言われても、はいそうですかと納得できる人間はきっといないだろう。

 感謝の気持ちを受けることが大事なのは分かる。でも、受け続けなければならないというのは不可解だ。


「私も詳しく教えてもらったわけではないの。でも、そうね、言葉にするなら……呪い、かしら」


「呪い?」


 その言葉を聞いて思い浮かんだのは藁人形だった。それを使わないにしても、結局は特定の人間に対して良くないことが起こるように働きかけるものだよな。激しい思い込みによる症状がほとんどで実際に呪いにる被害を受けた人間はほとんどいない。


 というのが、俺の偏見だ。

 それに呪いということはつまり、その呪いをかけた誰かがいるということになる。


「双葉家の女は代々、謝儀を受け続けなければ死んでしまう呪いにかかっているの」


 思いもよらぬ双葉の言葉に俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

 そして、何とか喉に詰まった言葉を吐き出す。


「誰にかけられたっていうんだよ?」


 双葉はすうっと息を吸って、小さく吐いてから天井を見上げた。きっと彼女が見ているのはそこよりももっと遠い場所にあるなにかなのだろうが。


「三日月山の神様、らしいわよ」


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