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第12話 それって噂の

 週明けの月曜日。


 俺はこの月光洋館に住み始めてから初めての登校となる。転校初日のような緊張は一切ないけど、通学路ががらりと変わったことによる違和感はばりばり仕事している。学校行くために下山するってなんだよ。

 家を出て、二人並んで木製の階段を降りていく。まあ、並んでと言っても横にではなく縦になんだけど。俺の数歩先を彼女は歩く。


「そうだ。一つ、言っておくことがあったわ」


 ちら、と後ろを振り返りながら双葉は思い出したように言う。階段降りながらよそ見すると危ないぞ。


「重要なことよ」


「なんだよ?」


「あなたが私と一緒に住んでいることは学校では絶対に言わないこと」


「俺とお前が付き合っていると誤解されるからか?」


「違うわよ。もちろん、それも困るけれど」


 困りはするのか。

 分かってはいたし、冗談だったんだけど、そうはっきりと言葉にされるとちょっと落ち込んでしまうな。


「言ったでしょ。私、学校では一人でいたいの」


 言ってたな、と俺は以前双葉と話していたことを思い出す。


「結局、なんで一人でいたいのかは訊いてないけど?」


「別に理由なんて必要ないでしょ。人と関わるのは嫌いなの。それだけよ」


 その割には俺とは関わってるじゃん、という言葉は飲み込んだ。

 俺と関わっているのだって彼女が願ったことではない。ただ、浮かんだ疑問を晴らすためにこの選択を取っただけ。


 双葉閑は魔女で。

 魔女であることは知られては困る。


 だから記憶を消しているのに、俺の記憶はなぜか消すことができなかった。

 そのこと自体も分からないけど、そもそも俺からすれば分からないことだらけだ。結局、魔女のことだって詳しく聞かされていないし。


「教室で私に話しかけないこと、それと私と同居していることは口外しないこと。それと――」


「魔女のことは言わないこと、だろ?」


「分かっているなら結構よ」


 山を降りたところで双葉は先に行ってしまった。

 一緒に登校しているところを見られるのはまずいということなんだろうけど、だとしたら一緒に下山するのも避けた方がいいのではないだろうか。そこまで頭が回っていないのか、それともそこは許容しているのか。一応、あとで確認しておくか。


 双葉と距離を開けるために俺は三日月広場で時間を潰す。

 この時間から遊ぶ子どもはさすがにいないようで、広場には人が一人もいない。意味もなく、バス停のベンチに座り、ぼうっと前を眺めていた。夏だというのに日陰に入るとそこまで暑さを感じない。海が近いからだろうか。


 もう大丈夫だろうというタイミングで俺も広場を出る。ここから学校までは十分もかからない。スマホで時刻を確認したけど、急がなくても全然間に合うだろう。

 教室に入ると、なにやらクラスメイトがざわざわしていた。


 ちらと双葉の席を確認すると、彼女はそんなことどうでもいいとでも言うように澄ました顔でスマホを触っていた。本当に誰とも関わってないよなあ。


「あ、紘くん」


 クラスメイトの集まりの中から顔を出した玲奈が俺のところへとてとてとやってきた。

 別に珍しいことでもないのに、クラスメイトの視線はなぜかこちらに向く。いつもならお構いなしに自分たちの雑談で盛り上がっているのに。ていうか、さっきまでのざわつきも何故か収まっている。


「おはよう、玲奈」


「おはっす、紘くん」


 敬礼をするようなポーズで朝の挨拶をしてくる玲奈だったけど、すぐにその表情は神妙なものへと切り替わる。というか、戻ってしまう。


「なんかあったのか?」


 俺はすぐにその違和感を口にした。

 すると、玲奈はなにか言いづらそうに視線を泳がせる。このリアクションから察するに俺の話なのだろうか。俺達のやり取りを見守るようにクラスメイトがこっちを見ているのもそれを裏付けているように感じる。


 え、悪口?

 それはちょっと凹むなあ。先週までは仲良しなクラスメイトだったのに。俺が何したっていうんだよ、この週末で。


 などと思っていると。


「あの、ね、紘くん」


「あ、ああ」


 玲奈の緊張感が伝わり、俺までドキドキしてしまう。このまま告白されるみたいな展開が待っていればいいんだけど、もちろんそんなロマンチックなシナリオは用意されていない。


「学生寮を出ていったってほんと?」


「へ?」


 予想もしていなかった質問に俺は間抜けな声を漏らしてしまう。

 なんでバレたんだろう、と思ったけどよくよく考えれば普通に知られるか。俺以外にも学生寮を利用している生徒はいるんだし。それこそ、このクラスにも数人いたはずだ。


「あ、まあ、そうだな」


 誤魔化しようもないので、そこはとりあえず肯定する。

 まずいぞ。

 この流れでいくと、次に来る質問は確実に……。


「なんで突然? ていうか、どこに住んでるの?」


 ですよねー。

 そりゃそうだよ。突然、学生寮を出ていったクラスメイトが、じゃあ今はどうしているんだというのは友達ならば気になって当然だ。もし俺と玲奈の立場が逆だったとしたら、間違いなく同じ質問を彼女に投げかけているだろう。


「えっと」


 なんて言おう。

 親戚の家に住んでいるとでも言うか? いや、ならなんで最初から住んでいなかったんだと言われて終わる。それ以前に親戚がこっちにいないことは既に雑談で明らかにしていたはずだ。


 新しい場所に住むことにしたと言えばどうだ。学生寮は家賃が安く飯も出る。デメリットもあるけれどメリットもある。少なくとも普通の部屋に住むよりは断然いい。つまりこの言い訳もダメだ。


 余計なことをして追い出されたとかは? 百歩譲って出ていった理由としては納得してもらえるかもしれないけど、結局いまどこに住んでいるの問題は解決していない。


「なんだよ、もしかして彼女と同棲でも始めたのか?」


 俺が言い淀んでいると、クラスのお調子者である東雲大輔がからかうように言ってきた。


「えっ、彼女!?」


 玲奈が彼女というワードに反応する。


「いや、彼女じゃないって」


「同棲は否定しないんだな?」


 にや、と笑いながら東雲が攻めてくる。

 上村紘、大ピンチか。否、ピンチはチャンスだ。この流れを利用して何とか切り抜けよう。


「いや、まあ同棲とかじゃないんだけど、知り合いの人と週末に再会してさ。うちに泊まればいいじゃんって言ってくれたからお言葉に甘えたんだよ。俺もそんなに金に余裕あるわけじゃなかったし」


 俺がそう言ったとき、視界の隅っこで双葉がぴくりと反応したのが見えた。ぎろりと、周りにバレないように睨んできている。心配するな、お前のことは言わない。


「知り合いって女の人?」


 そう訊いてきたのは玲奈だ。


「ああ、まあ」


 ここで男と言っておけばきっと興味が失せて、クラスメイトはなんだつまんねえと解散したことだろう。この思考にあと二秒早く辿り着いていれば、と俺は肯定しながら後悔した。


「どんな人?」


 玲奈はなにを疑っているのか、深堀りしてくる。

 適当なことを言えばダウトと指摘されるのか? いつの間にそんなゲームが始まってたの?


「それはだな、美人で……」


「うん」


 笑みがない。ただただ真剣な眼差しが俺に向いている。

 他のクラスメイトも玲奈の迫力に驚いているのか、何も言ってこない。


「休日にはボランティアで人のお手伝いをするような人で」


「んん?」


 瞬間、玲奈の眉がぴくりと動く。

 そんな彼女よりも先に口を開いたのは東雲だった。


「その人は黒髪か?」


「え、ああ」


「白のワンピースがよく似合う?」


「まあ」


 そのとき、クラスメイトがざわざわしだす。

 あれ、俺なんか変なこと言った?


「お前、まさかそれって、時々町に現れる天使様のことじゃねえのか?」


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