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第11話 ボランティア?

 居候という立場になる俺が何もせずにただ自堕落な生活を送ることは申し訳なく、住まわせてもらっている以上は何かすると言ったところ、館内の掃除を任されることになった。


 そもそもは双葉が俺を監視下に置くために同居を指示してきたわけだけど、結果として俺は家賃を免除してもらっているし生活費や食費も折半。つまり金銭面において非常に助かっているわけだ。


 となると、やはり何かで返したいと思うのが人情というやつだろう。違うか?


 エントランスや浴場の掃除をぱぱっと済ましていく。もともと掃除は嫌いではないので苦には感じず、定期的な掃除を心掛けていたのかあんまり汚れていないことにやり甲斐を感じきれなかったまである。


 さすがにこの広さだ。一日ですべてというわけにはいかず、昼過ぎに一息つこうとしたタイミングでエントランスを歩く双葉を見かける。


「どっか行くのか?」


 俺は彼女へ近づきながら声を掛ける。


「ちょっとね」


 昨日もそうだったけど、出かける双葉を見て俺はまたしても驚く。

 教室で見かける双葉閑の第一印象は、悪い言い方になるかもしれないけど『地味』だった。


 よくよく見ると美人とか胸大きいとか脚きれいとかいろいろあるけど。いやこれ全部気持ち悪いですね。とにかく雰囲気も相まって俺はそんな印象を抱いた。


 顔はいつも俯きがちで、見えても大きな黒縁メガネと切り揃えられた前髪で隠れている。


 しかし。

 休日に出かけようとする彼女の姿はそれとはまるで別人だった。


 露出は多めの白のワンピース。袖はあるけど短めで、スカート丈は膝の上。いつもの黒縁メガネは細長い形をした赤縁メガネに変わっている。髪も三つ編みにアレンジされていて、ぶっちゃけ町中で見かけても双葉閑だと認識するのは困難なまである。


「昨日もどっか行ってたよな」


 昨日、二人でそうめんをつついたあとも、彼女は今のような美少女モードで出掛けていた。

 そのときもどこへ行くのか尋ねてみたけど適当に誤魔化された。


「ええ。まあ」


「随分おめかしして、彼氏とデートとか?」


 思ってもいないことを口にする。


「どうかしらね」


 しかし、それでも双葉は軽く流すだけだった。

 こうも頑なに誤魔化されるとさすがに気になってしまうのが人間の性というものよ。ここはこの名探偵が尾行して謎を明かしてやろうじゃないか。


「それじゃあ行くわ」


「ああ。いってらっしゃーい」


 笑顔で見送った後、俺はダッシュで自室に戻り服を着替える。ここまでおよそ三〇秒。家を出るのに一分とかからなかった。


 こんな山奥の家にわざわざ空き巣にやってくるもの好きはいないだろうけど、一応渡された合鍵で施錠する。

 駆け足であとを追いかけていくと、山を降りて三日月広場に出た辺りのところで双葉に追いついた。よし、あとはバレないようにストーキングをするだけだ。


 三日月広場で遊んでいた子ども三人に歩み寄っていく双葉。

 知らない人が近づいてきたら警戒して逃げていきそうなものだけど、その子どもたちはまるで親戚の人がやってきたくらいのウェルカム度合いで双葉を迎えた。その光景が俺を困惑させる。


「……知り合い、なのか?」


 学校での姿とプライベートの姿をしっかりと分けるタイプなのかな。

 教室では必要最低限の会話しかしないことから、あんまり人と話すのが得意ではないのかと勝手に思っていたけど、いろいろあって関わるようになった彼女は普通に俺とも話す。冗談とかも言って、わりと楽しげに見えるくらいだ。


 だから、意図的に学校では会話を避けているってことか。そういえば、双葉自身もそんなことを言っていたな。なんか、魔女の使命がどうこう言っていたけど、それは今考えても仕方ない。


 双葉は笑顔を浮かべて子どもたちにお菓子を配っていた。


 お礼を言われた彼女はにこにこと笑いながら手を振って、三日月公園をあとにした。


 俺は慌ててその後を追う。

 三日月広場から北校の方へと歩いていき、そのままさらに進んで町の方へ歩いていく。あんまりこっちへ来ることがないので、歩くのは少し新鮮だ。飯は学生寮の食堂で出たし、物欲があまりないから買い物にも行かないから町に出る理由がなかったのだ。転校してきた頃に玲奈に案内してもらった以来か。


 都会であれば大きなショッピングモール一つで全てが完結しているが、この町にはそんなものはない。その役割を果たしているのが学校から十分程度歩いたところにある商店街だ。


 食材や服、インテリアといったあらゆるものはここで揃う。

 なにかを買いに来たのだろうか、と思ったけど商店街でどこかに寄ることはなく通り過ぎてさらに歩いていく。


 今のところは、誰とも会っていない。やっぱり彼氏ではないのか。

 商店街を超えてさらに進むと海が見える。もう少し夏が近づけば、ここも海開きをするらしい。そんなことをクラスメイトが言っていたような気がする。


 今はまだ入れないので海は静かに風に揺れているだけ。そんな場所に人が集まるはずもなく、砂浜も静かだった。けど、誰もいないというわけではなかった。数人の老人が袋を持ってゴミ拾いをしていた。


 海開きに向けて海辺の掃除をしているのだろうか。

 双葉はフレンドリーに麦わら帽子を被った腰を曲げた老人に声をかけた。距離があるので何を話しているのかまでは聞こえないけど、雰囲気からして非常に和やかである。そして、双葉は老人から袋を受け取った。


 そのまま海辺のゴミ拾いに参加する双葉を見て、俺はさらに眉をひそめる。


「……ボランティア?」


 いや、それに関してはすごく感心するべき行動なんだけど。

 思っていたものではなさすぎて、さすがにこれには疑問を抱かざるを得ない。子どもと遊んで、ゴミ拾いをして。そういえば商店街を歩いているときもお店の人にちょいちょい声をかけられていたな。


 その一連の行動を見ただけで、彼女のこれまでの行いは想像できた。

 ここで爽やかに登場し、ゴミ拾いを手伝いたいところだけど、そうすると尾行していたことが双葉にバレてしまう。もしかしたらそのせいで怒られるかもしれないので、今日のところはこのまま黙って帰ることにした。


 食事の準備は任されていないけど、今日はなにか美味しいものを作ってあげよう。

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