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第8話 再び、月光洋館へ

 学校を出た俺と双葉は三日月広場の方へと向かっていた。

 夕方でも太陽はまだまだ空で仕事をしていて暑さは一向にマシにならない。

 頬を伝う汗を手の甲で拭う俺とは違い、双葉はちゃんとハンカチを使っていた。


「とりあえず訊いていいか?」


「どうぞ」


 数歩前を歩く双葉がこちらを振り返りもせずに答える。

 隣に追いつこうとしたけど、そうするとスピードを上げて避けてくる。隣に並ばれたくないのだろうか。汗かいたせいで俺がにおうとかか? ゼロとは言えないのでこれ以降はこの距離をキープしようと思います。


「まず最初に確認だけど、お前はあの都市伝説に出てくる魔女ってことでいいんだよな?」


「ええ、そうよ。昨日話したとおりね」


 都市伝説に出てくる魔女という、願いを叶えてくれる存在。それが双葉閑。

 俺は明らかになったことを忘れないように心の中で復唱していく。


「それで、お前はあそこで人の願いを叶えていると?」


「そんな感じね」


 都市伝説はほとんど真実だってことか?

 オチである二度とこちらの世界には帰ってこれない的な部分は嘘だったわけだが。それに関しては俺がこうしてここにいることが何よりの証明となっている。


「それで、魔女の魔法っていうのは?」


「……記憶の操作よ」


 一瞬躊躇いを見せた双葉だったけど、迷いながらもそう答えてくれた。

 しかし、記憶の操作とはこれまた魔法らしくないというか。もっと空を飛べるとか食べ物を出現させるとか、火を起こすとか、そういう感じファンタジーな感じじゃないんだなと肩を落とす。


「記憶の操作の一環で人に夢を見させているのよ」


「結構なんでもありなんだな」


 詳しくは知らないけど、夢というのは記憶の整理だなんて言われていたりもする。記憶とは大きな関係を持っているところを考えると、まあ一環の範疇で出来てしまうのも納得できるか。いやできないけど、しないと先に進めない。


「つまり、俺はあのバス停で眠ってしまって夢を見ていたってことか」


「そういうこと」


 目を覚ましたときに目の前にバスが停まっていたあの部分からが、俺が見ていた夢。

 だとしても、よくよく考えてみると疑問は浮かんでくる。


「だとして、どうして俺の夢の中の双葉が魔女のことを知っていたんだ? 俺はそんなこと一ミリを知らなかったってのに」


「あれも魔法の一環よ。私の記憶をあなたの記憶とリンクさせたの」


「つまり?」


 よく分からなかったので訊き直す。


「簡単に言うと、あなたの夢に登場した私は本人だったってこと」


「つまりあの裸も」


 言おうとしたけどギロリと睨まれたので口を閉じる。そろそろいい加減にしないと怒られそうだな。このネタ。


「なんでもない。そこまで行くと、本当になんでもありな気がするけど」


「私だって詳しく説明できるわけじゃないの。そういうものだと思ってとりあえず納得してくれないと話は進まないわよ」


 そんな話をしていると三日月広場に到着した。

 時間が時間なので子どもたちが遊んでいた主婦さんが井戸端会議していた。昨晩見た真夜中の光景とは別物過ぎて同じ場所とは思えないな。


 もちろんそこに参加するわけもなく、横切るようにさらに置くへ行き、バス停の前へと到着した。バス停には誰もいなくて、夕方だというのにどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


「こっちよ」


「あ、目的地はここじゃないのか」


 ここでなにかするのかと思っていたけど、双葉はそのまま三日月山の方へ歩いていく。俺はただついていくしかない。昨日、バスが通っていった車道とは違う、徒歩の人間用の階段を上っていく。

 ここにこういう階段があることも俺は知らなかった。にも関わらず、昨日の夢では鮮明に描かれていた。それも双葉の言うところの魔法のおかげということだろうか。正直、彼女の言葉がなにもかもぶっ飛んでいて、とてもじゃないけど信じられない。


 けど、嘘を言っているようにも見えないんだよな。

 もしもこれが全て作り話だとしたら凄い。小説家か、あるいは中二病の才能がある。


 彼女の言葉が本当かどうかを知るためにも、今はついていくしかない。


「どこに向かうんだ?」


「決まってるでしょ。月光洋館よ」


「……ですよねぇ」


 薄々、というかこんな道を通って向かう場所なんてそこしかないと思いながらも一応訊いてみただけなので、俺は彼女の答えを聞いて苦笑いをする。

 夢の中ではバスに乗ってこの山を登った。結構な距離を走っていたような気がするけど、果たしてどれほどの距離を歩かされるのだろう。


 山の周りをぐるぐると回るように上っていたバスと同じように、ぐるぐると続く階段を上っていく。階段は木で出来たもので、少々古さを感じる。つまり結構怖い。高いところは別に大丈夫だけど、とはいえさすがに落下の恐れがあるところは普通に怖いよ。


 しばらく上っていくと道があった。しかし、双葉はそちらへは向かわず、さらに階段を進む。


「あそこじゃないのか」


「ええ」


「けど、道があるってことは何かあるんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、数歩先を歩く双葉がこちらを振り返る。


「この山の神様がいるわ」


「ああ、祠的な?」


「そんなところね。今度、挨拶に行くといいわ。あなた、今無断で山に入っているからバチが当たる」


「え、これ無断扱いなの?」


 その道からさらに五分ほど進む。

 山を登り始めて十分は経過したところで、ようやく目の前に月光洋館が現れた。

 これはもうプチ登山と言っていいと思う。体力にはそこそこ自信があったけど、普通に疲れた。荒くなった息を整える俺と違い、双葉は平然としている。俺の前だからカッコつけている、というわけではあるまい。


 足取りからして登り慣れているのだろう。


 どうして?


「入りましょ」


 躊躇いなく洋館の扉に手をかける双葉。


「勝手に入っていいのかよ?」


 俺は彼女の答えを何となく予想しながらも、そう言ってみた。


「心配ないわ。この洋館の主は、私だもの」


 返ってきたのは、予想通りの答えだった。


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