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第7話 忘れていないのはどうして

 そんなわけで放課後、俺はるんるん気分で屋上へと向かおうとした。


「えらくご機嫌だな。さすがに気持ち悪いぞ」


 険しい顔で五十嵐がそんなことを言ってくる。もちろん、『これから告白されるかもしれないんだ、これを喜ばずにいられるかよ!』なんて言いはしない。そんなことをすれば、秘密裏に俺を呼び出した相手の女子が可哀想だからな。


「ああ、悪い悪い。学校終わったのが嬉しくてさ。今日はもう帰るわじゃあな!」


「……気持ち悪いに対するツッコミがない、だと?」


「これは相当浮かれてますなあ」


 いつの間にか五十嵐の隣にいた玲奈までもそんなことを言っているが、じゃあなと言った手前これ以上雑談に応じることはできない。俺はタタっと軽快なステップで教室をあとにした。


 あと、さっきのリアクションで手紙の差出人が玲奈という線が消えた。ちょっとがっくり。

 学校の屋上といえば封鎖されていることの方が多いだろう。屋上からの飛び降りを防止したり、生徒がサボったりするのを防ぐためだったりするのかもしれない。屋上に自由に入れるのはフィクションの中だけだと思っていたけど、この学校はそれが可能だった。

 初めて聞いたときはテンション上がったけど、行けるとそれはそれで意外と行かないものだった。そういうもんだよな。ないものねだりみたいな感じなんだろう。ほんと、人間って欲深いぜ。


「さて、と」


 階段を上がり、屋上前までやってきた俺は意を決してドアノブに手をかける。

 ゆっくりと開いて屋上を覗き込んでみた。しかし、そこに人の姿はなく、少々強い風がびゅうびゅうと吹いているだけだった。


 からかわれた?

 いや、俺が張り切って早く来すぎたんだ。ちょっと待とう。


 身長の倍以上もあるフェンスに手をかけ見下ろしてみる。帰り支度を早々に終えた生徒がちらほらと校門の方へと歩いていた。屋上から見ると、人の姿はとても小さく、列を作って進む蟻のようだった。


 そんなことを考えていると、扉がガチャリと音を立てた。

 ギギ、と錆びた音を鳴らしながらゆっくり開かれた扉から現れた人影を見て俺は目を丸くした。


「おまたせ。上村君」


 透き通った声だった。

 歩いてこちらに向かってくる彼女のセーラー服が風になびいた。それを手で抑えながら、俺の前までやってくる。間近で見る彼女の顔はやっぱり整っていて、芸能人にも負けないくらいに美人だと思わされた。


「双葉……」


 手紙の差出人は双葉閑だった。

 彼女は俺の肩辺りまでの身長なので自然と俺を見る目は上目遣いになる。これだけ美人な女子に上目遣い向けられたらホモでもない限りドキドキしてしまう。罪な女だぜ、双葉閑。


「お前がラブレターの差出人か?」


「ラブレターではないけれど、手紙の差出人ではあるわ」


「え、これラブレターじゃないの!?」


 俺は驚きの声を漏らす。

 それに対して双葉はきょとんとしたリアクションを見せた。


「逆にどうしてラブレターだと思ったのよ」


「こんな書き方したら誰でもそう思うわ!」


 俺は大事に持っていた手紙を開いて双葉に見せつけた。

 彼女は顎に手を当て、ふむと唸りながら手紙の内容に改めて目を通した。


「確かに。言われてみればそう捉えることもできそうな文章ね。客観的に見れていなかったわ」


「なんかそういうリアクションされるのも違うんだけど」


 認められたらこれ以上何も言えないじゃん。まだ消化し切れていないのに。


「どういう反応を見せれば良かったのよ?」


「もういいよ。それで? 呼び出した理由はなんなんだよ。手短に頼むぞ」


「ラブレターじゃないと分かった瞬間の手のひら返しが凄いわね……」


 まあいいけど、と双葉は肩を落とす。

 しかし、こうして話してみると昨晩の夢の中で会話した彼女と変わらない。これまで会話したことはなかったんだけど、俺の想像力が凄まじすぎるな。


「それで? 突然呼び出して、要件はなんだ?」


「心当たりないかしら。あなた、私に訊きたいことない?」


「訊きたいこと?」


 俺は眉をひそめる。

 どこまでも澄ました顔で言う双葉の表情はぴくりともしない。


「答えてあげるわよ。あなたの訊きたいことに」


 ふふ、と笑う顔もまた美人。

 それでいてスタイルが良いんだよな。クラスメイトの中でもダントツのレベルだろう。基本的に一人でいて人とコミュニケーションを取らないから女子的人気はあまりないらしいけど、スタイルという一点においては度々話題に上がる。


「す、スリーサイズとか?」


「ばかなの?」


 間髪入れずに言われてしまった。

 しかもすごく蔑む視線を向けられて。


「昨日のこと」


 ぽつり、と双葉が誘導するように呟いた。

 さすがの俺も、その一言を聞けば彼女の言わんとしていることを察する。


「あれ、夢じゃなかったのか?」


 俺がバス停で見ていた夢。

 突然現れたバスに乗り、洋館に連れて行かれて、そこで双葉の入浴シーンを目撃し、そのあとに魔女だなんだという話をされた。最終的には、ここで見たこと聞いたことは全て忘れてもらう的なこと言われて、俺は意識を失ったのだ。


「夢か否かで言えば、夢と言ってもいいんでしょうけど」


 顎に手を当てながら双葉は言う。


「どういうことだ?」


 要領を得ない双葉の言葉に俺は首を傾げた。

 その俺の反応を見て、彼女はこほんと咳払いをする。


「つまり、あれは夢の中だったということよ」


「夢の中で俺はお前の入浴シーンを目撃したってことか?」


「そのことは忘れろって言ったはずよっ! ていうか、忘れているはずなのに……」


 強くツッコんだあとに、彼女は弱々しく言いながら項垂れた。

 昨日も思ったことだけれど、やっぱり教室の中で一人でいる彼女とはイメージが重ならない。

 少なくとも、こういったやり取りができるような女の子だとは思っていなかった。


「確かに言ってたな。全部忘れるとか。なんだっけ、魔女の魔法?」


「そうよ。そのはずなのに、どうして……」


 双葉は納得いかないようにぶつぶつと呟いている。

 納得がいっていないのは俺も一緒なんだけど。


「よく分からないけど、本来は全て忘れるはずのことをどういう理由か俺は忘れなかったんだよな?」


「そういうことね」


 こくり、と双葉が頷く。


「中途半端にしか聞いてなくてモヤモヤしてるんだ。そういうことなら、全部話してもらえないか? このままだと夜もちょっとしか寝れなそうだ」


「ちょっと寝れてるじゃない……」


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