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第6話 一通の手紙

「……」


 閉じたまぶたをノックするような眩しさに、俺は思わず目を開く。

 俺は三日月広場にあるバス停のイスに寝転がって、そのまま寝てしまっていた。その状況を理解するまで数秒かかったのか、しっかり寝ていたせいで頭がぼうっとしていたからだろう。


 陽の光を浴びて、ようやく頭が仕事を始めたところでようやくこの状況を理解する。


 昨日、このバス停に来て、いつの間にか寝てしまっていた。

 ということは、昨夜起こったあれやこれは全て夢だったというのか?


 魔女云々もそうだけど、双葉閑のお風呂シーンも夢だと? それにしてはえらく鮮明だったな。俺は彼女の裸なんて見たことないのに、その割にはしっかりとイメージ出来ていたような。俺の想像力が底しれなくて恐ろしい。


「忘れてないな」


 なんか、魔女の魔法でここで起きたこと全て忘れます的なことをこれでもかというくらいに格好つけながら言っていたけれど、俺は鮮明に覚えている。いや、あれが全部夢だったとしたらその発言も夢だから忘れる魔法なんてそもそも存在しないのか。


 むう、と唸っているとそんなことよりも重要な問題があることに気づく。


「今何時だ?」


 呟きながら、恐る恐るスマホで時間を確認する。

 時刻は七時四十二分。急げばまだ間に合うだろうか。とにかくここでゆっくりとしている暇はないくらいには、遅刻ギリギリの時間だった。


 俺は慌てて家に帰り、制服に着替えて学校へと向かった。

 全力疾走の努力も虚しく、五分の遅刻をしてしまったわけだが。


 おかげで教室に入ったのは朝のホームルームが終わったときだった。俺の遅刻が珍しかったのか、五十嵐がにやにやしながら俺の席へとやってくる。


「上村が遅刻とは珍しいな。昨夜は一体、なにをシコシコしていたんだ?」


「朝っぱらから下ネタかよ」


「誰もそんなことは言ってないだろう」


「うどんの話か下ネタのときしかその表現使わないんだよ」


 くくっと笑いながら、五十嵐は空いていた前の席に腰を下ろす。


「それで? 遅刻の理由は?」


 昨日聞いた都市伝説を確認しようと深夜のバス停に言ったらそのまま寝落ちして朝寝坊した、というのはいささか間抜けな話に聞こえないだろうか。何か一つでも収穫があればともかく、今のところ何も得てないしな。


「ちょっと遅くまでゲームしてたんだよ」


「お前の部屋はテレビがないだろう」


「スマホゲームだ」


「熱中するほど面白いスマホゲームがあるのなら教えて欲しいものだ」


「教えてやらねえ」


 だって、そんなものないんだから。


 今のところ熱中しているスマホゲームはないので、何かおすすめがあれば俺の方が教えて欲しいくらいだ。

 そんな話をしていると一時間目が始めるチャイムが鳴る。五十嵐は満足げな顔で立ち上がり、自分の席へと戻っていった。ただ話したかっただけなのかと思うと、雑談程度に昨日の話をしてやっても良かったかなとか思ってしまう。言ったら言ったで笑われそうだから、やっぱり言ってやらないけど。


 一時間目は英語の授業だった。

 教卓で英語の教師が教科書を読んでいるのを右から左に受け流しながら、俺は教室の前の方に座っている双葉閑の方を見た。後ろの席なので彼女の後ろ姿しか見えないが。いつもと変わらずサラサラの黒髪ロング。先生に当てられれば淡々とした声色とポーカーフェイスで難なく答える。


 昨日、夢の中で会った彼女とは、やっぱりイメージが重ならない。

 あれは俺が描き出した理想の双葉閑だったのだろうか。だとしたらもうちょっと愛想良くてもよかったんじゃないか? もっと俺のことが好きだったり。あと、俺は魔女っ子属性は持ち合わせていない。次はメイドかナースでお願いしたいところだ。


 そんなことを考えていると一時間目は終わっていた。

 メイドとナースの妄想で気づけば時間が経っていた。絶対こんなこと誰にも言えないよ、というタイミングに限って、よりによって女子が話しかけてくる。白石玲奈だ。こういうときは五十嵐であれよ。


「なんかぼーっとしてる。考え事?」


 俺の顔を覗き込むようにして、玲奈が話しかけてくる。

 俺は改めて彼女の方を向いて、かぶりを振った。


「いや、大したことじゃないんだ」


「見てたのって、双葉さん?」


 見てたのバレてるし。


「まあ、ちょっとな。黒髪ロングの女子に似合うコスプレはメイドかナースのどちらだろうかって悩んでいたんだ」


 俺が冗談っぽく言うと、玲奈はうへぇとドン引きしたみたいなリアクションを見せた。良かったぁ、冗談っぽく言っておいて。


「冗談だぞ?」


「う、うん」


「ほんとだって」


「分かってるよ。男の子はみんな好きだもんね、そういうの」


「理解ある感じのセリフとは裏腹に表情が一向に改善されてないんだけど!」


 俺がツッコんだところでようやく玲奈はくすくすと笑ってくれる。冗談だったらしい。ならもうちょっと分かりやすいリアクションをしてほしいもんだ。マジで引かれたと思って焦っちまったよ。


「なあ、玲奈」


「うん?」


 俺は一瞬、考える間を作ってから視線を双葉の方に向けながら尋ねてみる。


「昨日話してた都市伝説あるだろ」


「うん」


「その話だと魔女が出てくるって話だったじゃないか」


「そうだね」


「その魔女がさ、双葉だったって言ったらどう思う?」


 玲奈はうーんと顎に手を当て考える。

 そんな話をしてると、双葉が一瞬こちらを向いた。俺と目が合ったからか、彼女はすぐに目を逸らした。そんな気がしただけで、本当は全然違うところを見ていただけの可能性も捨てきれないが。


「もしも、双葉さんが魔女だったら……」


「ああ」


「すごく似合いそうだね」


 玲奈が言った瞬間、俺の脳裏には昨日の彼女の姿が蘇る。もちろん湯浴みシーンではなく、そのあとの魔女っ子モードの双葉閑の姿だ。


「ああ、それは俺も本当に思うわ」


 そう言ったところで二時間目が始まるチャイムが校内に鳴り響く。

 じゃあねー、と手を振って玲奈は自分の席に戻っていった。女子って気軽に手を振ってくるけどあれやめてくれないかな。恥ずかしいから手を振り返すのは躊躇うし、振り返さなかったそれはそれでなんか罪悪感残るし。


 そんなことを考えていると二時間目が始まった。

 別にこれまでと何も変わらない一日が過ぎていった。つまらない授業を受けて、五十嵐や玲奈と駄弁り、また授業を受け、クラスメイトとたわいない話をする。


 まるで昨日のことなんてなかったように。


 いや、まあ、あれは夢で何もなかったも同然なんだけど。


 そう思っていた。


 五時間目の体育の授業を終えて教室に戻り、机の中に手を入れたその瞬間までは。


「どうした?」


 俺の動きが一瞬止まったからか、五十嵐が不思議そうに訊いてきた。俺はそれに「いや、なんでもない。机の中に虫がいたような気がしたけど気のせいだった」とかぶりを振る。

 五十嵐は「そうか。ならいいが」と言って自分の席に戻っていった。


 六時間目。

 現代国語の授業中、俺は机の中にあったものを手にとって確認する。手紙だった。女子が持っていそうな可愛らしいデザインのものだ。もちろん俺のものではなく、誰かが入れたものである。


 これってもしかして、ラブレターか?

 全然あり得るよな。むしろこの感じでラブレターじゃないことの方がおかしいよな?


「……」


 ドキドキしながら開封する。

 中の手紙を広げて内容を確認したところ。



『あなたに話したいことがあるの。放課後、屋上で待っています』



 差出人は不明、だけど。

 これはもうラブレター確定でしょ。


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