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第3話 深夜のバス停

 北高には小さいが学生寮がある。


 わけありな学生のために用意されたもので、俺もそこにお世話になっている生徒の一人だ。

 部屋は1K、トイレと風呂は別。エアコンと冷蔵庫は用意されていて突然住むことになってもとりあえずは生活ができるような施設になっていた。


 俺は別にミニマリストというわけではないが部屋の中にはほとんど家具がない。布団とテーブル、あとは座布団。テレビさえもない。最近はタブレット一つで様々な娯楽が楽しめるので、あればいいけどなくても構わない。つまりわざわざ買うほどではない。

生活感のない殺風景な部屋だ。物を置いてないので広く感じる。あと掃除がしやすいのは助かっている。


「……魔女、ね」


 五十嵐や玲奈と三日月広場に行った日の夜。

 シャワーを浴びて汗を流した俺はパンツにシャツの姿で布団にダイブし、天井を見上げながら呟いた。


 三日月の魔女。

 五十嵐はそう言っていたっけ。

 深夜一時にあのバス停にいると洋館へと導くバスが現れる。それに乗り込むと魔女のもとへ案内され、その魔女が願いを叶えてくれるんだとか。何ともまあ、ふわっとした話だ。ここまでならばただの都合の良い話だけど、この話にはバスは洋館行きしか用意されていないから洋館へ行った人は二度と帰ることができない、という都市伝説らしいオチがついている。


 どう考えても作り話だ。

 けれど、どうしてか俺はそれがただの作り話には思えなかった。理由はない。ただ、何となくそんな気がするだけ。もしかしたら、そっちの方が面白いと思っているだけなのかもしれない。


 ベッドに寝転がっていた俺はいつの間にか眠っていしまっていて、目を覚ましたときには日が変わっていた。変に寝てしまったせいでどうにも目が冴えてしまい、もう一度眠りにつくには時間が必要な気がした。


「……」


 スマホで時間を確認した俺はゆっくりと体を起こし服を着替えた。

 深夜一時まではあと三十分ほどある。あんな話を聞かされれば確認しに行きたくなるのが人の性というものではないだろうか。それにバス停の時刻表に書かれていた深夜一時の表記も気になるところだ。


 人と言うのは怖いものに興味を惹かれる傾向にある。全員が全員そうではないのだろうけど、お化け屋敷や心霊スポットに自ら足を運ぶ人たちがそれを証明している。それに似た感覚として未知なるものにも好奇心を唆られるのだ。


 UMAだUFOといった未確認物体の特集番組をついつい観てしまうのも、つまりはそういうことではないだろうか。

 俺とてそれは例外ではない。

 ということで、俺は家を出て三日月広場へと向かうことにした。


 夏を間近に控えているにも関わらず、夜は少し肌寒さを覚えた。そもそもここら辺は夏になっても都会に比べれば涼しい。それが理由で、俺も子供の頃は祖母が住んでいたこの場所に足を運んでいた。

 半袖と短パンだとちょっと冷えるけど着替えに戻るのは億劫だったので、そのままの格好で向かうことにした。きっと歩いていれば体が温まってくれるだろう。


 学生寮は学校から徒歩五分くらいの場所にあるので、学校から徒歩五分十分の場所にある三日月広場まではそう時間がかからない。急がずに向かっても俺の歩くスピードだと十五分もかからなかった。

 当然ながら夜の広場に人影はない。

 夕方にも来たはずだけど、夜の光景をこうして見ると別の場所のように感じた。


 肌を撫でる風は少し冷たく、人はおらず物音一つない、明かりは数本立っている照明のみで調子が悪いのかバチバチと点滅しているのも不気味だ。鳥肌が立っているのは肌寒さのせいだと思いたい。

 空を見上げると雲から月が顔を出していた。

 偶然だろうけど、その月は三日月の形をしていた。月明かりに照らされた広場を進んで、俺は噂のバス停に向かう。バス停の周りには明かりがなく、広場の中でもひときわ不気味さを漂わせていた。


 スマホで時間を確認すると〇時四十八分だった。

 都市伝説では深夜一時にここにいる必要があるのでもう少し待たなければならないが、特にすることもないので俺はバス停のベンチに座り、ぼーっと考え事をすることにした。


 よくよく考えてみると、目の前に突然バスが現れるっていうところはがもうファンタジーなんだよな。都市伝説なんてそういうもんだろと言ってしまえばそれまでなんだけど。

 それに願いを叶えてくれるっていうのも非常にアバウトだ。願いなら何でもいいのか? だとしたら欲望にまみれた人間が世の中を腐った世界に変えてしまうのではないだろうか。


 たかが都市伝説にこんなことを考えていること自体が間違いなんだろうけど、変に考え込んでしまうのは癖みたいなものだな。どうでもいいことに思考を割いて暇を潰すのが特技なのだ。


 しかし、とふと思う。

 子供の頃から、こうして駅の椅子に座ってぼうっと考え事をすることはよくあった。最初は誰も気にもしなかった。当然だ、知らない人が椅子に座って考え事をしていようがどうだっていいのだから。俺だって、よっぽど変顔だったりしない限りは見向きもしないだろう。


 けれど、いつからか注目を集めるようになった。幸か不幸か、俺の名前が世間に知られ始めたからだ。時にはカメラを向けられることもあって、親からは目立ったことをするなと怒られた。その頃からだったかな、俺が普通の生活というものに憧れを抱き始めたのは。


 などと、どうでもいいことを考えていた俺は気づけば意識を失っていた。


「しまったッ」


 意識を取り戻す。

 一体、いつから寝ていた? そんなに眠たくはなかったはずなのに、どうしてか突然睡魔に襲われた。いや、ちょっと違うか。なんというか、ふっと意識が遠のいたような。結局寝落ちしたってことになるな。


 そんなことより時間は!?

 俺は慌てて時間を確認する。そこには「1:02」と表示されていた。寝ていたのはほんの数分だけだったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろしながら顔を上げる。

 都市伝説の実態を暴きに来たというのに寝てしまったでは笑い話にしかならないからな。


「……へ」


 俺は初めて自分の目を疑った。

 ぐしぐしと目をこすり、深呼吸をしてからもう一度ゆっくりと目を開いて前を見る。


 けど、やっぱりそれはあった。

 そんなはずはない、と言いたいところだけれど、目の前に広がっている光景が全てなのだ。


 そこには一台のバスが停まっていた。

 さっきまではなかったのに。どこからこんなバスがやってきたというのだろうか。次々と頭の中に思い浮かぶ疑問をとりあえず放っておいて、俺は立ち上がって恐る恐るバスに近づいた。


 バスの前を見る。


「……月光洋館、行き」


 上にある表示には確かにそう書かれていた。

 五十嵐の話でもそうだったな。このバスに乗ると月光洋館へと行くことができる。そこで魔女と会って、願いを叶えてもらえる。ただし、行ったが最後、二度と戻ってくることはできない。


 そんなことあるはずないと思っていた。

 けど、実際にこうして目の前にバスが現れたとなると、どこまでを信じていいのか分からない。最悪の場合、これに乗れば本当に戻ってこれなくなる? いや、帰りのバスがないだけで、歩いて戻ってくればいいだけの話だろう。


 ともあれ。


 今、ここで何を考えても答えに辿り着くことはない。


 その答えがもしもどこかにあるのだとすれば、それはこのバスに乗ってみた先だろう。


「二度と、戻ってこれない……か」


 心の中では信じてなんかいなかった。

 ぶっちゃけ言うと、眠たくなるまでの暇つぶし、深夜の散歩くらいの気持ちで家を出たのだ。

 もちろん好奇心がゼロだったわけではない。でも、まさか本当にこんな展開になるなんて思ってもいなかった。


 当然、この場所に戻ってこれなくなる覚悟なんてしていない。

 このままこのバスに乗らなければそれで終わりだ。このバスを見たというだけで十分すぎる成果だろ。これを五十嵐に言えばあいつは飛んで喜ぶに違いない。昼飯奢りくらいの報酬はあってもおかしくない。


 いや、ちょっと待て。


 俺はバスの周りをぐるりと回りながら考える。


 あの五十嵐がこの程度の検証をしていないはずがない。

 あいつが謎大好きなミステリーマニアだ。この世界のあらゆる謎を追求したいと目を輝かせて言っている。そんな男が情報を得ているだけのはずがない。きっとこの都市伝説を聞いあその日に、今の俺と同じようにこの場所へとやってきたはずだ。


 そして、目の前にこうしてバスが現れたとして、あいつが乗らないはずがない。

 けれどあいつはここにいる。戻ってきている。つまり戻ってこれないという部分はデマという可能性がある。あるいは、遭遇するのには何かしらの条件が必要ってパターンもある。だとしたらこの機会を逃すともうチャンスはないかもしれない。


「……」


 ごくり、と生唾を飲み込む。

 一周回った俺はバスの入口の前に戻ってきていた。


 考えている時間はあとどれくらいあるのだろう。俺が乗らないと感じた、次の瞬間には扉が閉まって行ってしまうかもしれない。


 だったら、俺は……。



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