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第2話 都市伝説

 三日月町には大きな山がある。


 三日月山という安直な名前ではあるけれど、それくらいの方が覚えやすくていいのかもしれない。まあ、三日月町の住人は「山」とか「裏山」みたいにしか呼ばないらしいんだけど。


 その山は北高の裏側にある。その二つの間には薄いフェンスがあるだけで、よじ登ろうと思えば高校生ならば可能だろうけど、校則で禁止されているので誰もそれはしない。なので実質三日月山に入る入口は一つだけだ。


「それで、なんで俺はこんな暑い中、目的地も知らされないまま歩かされてるんだ?」


「今日の放課後は俺に付き合うという約束をしたからだ。忘れたとは言わせんぞ」


「……適当に返事とかするもんじゃねえな」


 学校を出てぐるりと回るように歩いていくと道が段々と坂に変わっていく。その坂を登り切ると三日月広場という公園がある。公園にある遊具は一式揃っている他、休憩スペースなんかもあり、休日は結構な人が集まる場所だ。


 この道を歩いているということは、まあ恐らく目的地は広場なのだろう。

 目的地を尋ねれば、五十嵐は「到着してからのお楽しみだ」とうざったい笑みを浮かべながら言うものだから、もう勝手に目星をつけている。町自体がそこまで広くないので、場所を絞るのも難しくない。


「上村はこの町に伝わる都市伝説を知っているか?」


 数歩前を歩く五十嵐が顔は前に向けたままそんなことを訊いてきた。


「都市伝説?」


 もちろん知らない。

 都市伝説っていうとトイレの花子さんだとか数が増える階段とか夜中に勝手に鳴り響くピアノみたいなやつだろうか。いや、あれは学校の七不思議か。都市伝説というだけあって、その場所ならではの言い伝えとなると……なんも出てこないな。


「やはり知らんか」


 ふふん、とどこか小馬鹿にされたような気分になる嘲笑を見せてくる五十嵐に腹を立てた俺はやられたらやり返す倍返しだという気持ちで冷たく言い返す。


「誰でも知ってますよみたいな言い方されてもな。どうせお前が個人的に調べてるだけのマイナー伝説だろ?」


「白石は知っているだろう?」


 俺の隣を歩いていた玲奈に尋ねる。

 放課後、俺が五十嵐に拉致されるところにちょうど居合わせた彼女は暇だからという理由でついてきてくれたのだ。この暑い中お有り難いことだ。美少女が一人いるだけで、まあこういうのも悪くないかと思えてしまうのだから、男というのは単純である。


「まあ、そうだね」


「知ってるのか!?」


「子供のときにね、親に聞かされるんだよ。だから、この町の人は知らないって人はいないんじゃないかな」


 どやぁ、と五十嵐が口角を上げた顔を見せてくる。悔しいので視線を逸らす。


「んで、その都市伝説がなんだって言うんだよ?」


 これ以上五十嵐を図に乗らせたくないので話をさっさと進める。

 すると五十嵐はこほん、とわざとらしく咳払いをしながら再び顔を前に向けた。

 その視線を追うように、俺も少し先に視線を向けると三日月広場が見えてきた。


「こっちに来て間もない上村は知らないだろうと思ってな。教えてやろうと言っているのだ」


「いや言ってないだろ」


 あと、お前が話したいだけだろ。けど、まあ、そういう話は嫌いじゃないので聞くんだけどもうちょっと前向きに聞けるような導入はなかったのだろうか。


 などと思っていると三日月広場に到着する。

 遊具で遊ぶほど子どもではないし、わざわざ暑い中こんなところまで来ようとも思わないので俺はこの広場にはまだ一回程度しか足を運んでいなかった。遊具があって、屋根のある休憩スペースがあって、あとはフリースペースがある感じ。展望台と呼ばれている場所からは町が一望できるので夜にカップルが出現するんだとか。


「それで?」


 俺は話の続きを促す。

 五十嵐は「こっちだ」と言って広場の奥の方へと歩いていく。

 進んだ先を見ると三日月山がある。山に入る唯一の入口はこの広場にあるのだ。五十嵐はその入口前で足を止めた。まさか山に入るのだろうか、と思っていると彼は体の向きを変えてすぐ近くにあるバス停を見た。


「こんなところにバスが来るのか?」


 ここに来るまでの坂道、若者ならばともかく年配の人には少し大変だろう。バスがあると便利だろうけど、でもこんな奥にバス停を作る必要はないんじゃないか。公園の手前とかでいいだろ。


「……月光洋館?」


 言いながら、バス停を見ていると看板に『月光洋館行き』と書かれていることに気づく。

 まだこの町の全ての場所を把握しているわけではないけど、そんな場所は聞いたことがなかった。人との会話に出てくることもなかったはずだ。


「このバス停にバスは来ない」


 俺の一つ目の疑問に答えたのは五十嵐だった。

 それに玲奈が続く。


「月光洋館っていうのは、この山の中にできるはずだった温泉施設なの」


「できるはずだったっていうのは?」


 すると玲奈は少し難しい顔をしながら話を続けた。


「随分前のことなんだけどね、温泉施設を作ってこの町をもっと活性化させようって計画があったんだって。けど、結局資金不足で計画は中止になって、建設途中だった洋館もそのまま放置されたらしいの」


「なのに、なんでバス停があるんだ?」


「詳しくは知らないんだけど、先に作っちゃったんだって。取り壊すのにもお金がかかるからってことで、この広場の休憩スペース的な場所になって、それが今も続いているの」


 屋根があって、イスがあるから、確かに休憩するにはもってこいか。掃除もされているようで汚れもない。さすがに古いからところどころに老朽化している部分があるのは仕方ないな。


「それで? このバス停に幽霊でも出るってのか?」


 そもそもの話は都市伝説だ。

 バス停がどうやってできたかとか、山の中にある洋館の存在とか、知りたいのはそこではない。俺が脱線しかけた話題を戻すように尋ねると五十嵐がかぶりを振った。


「出るのは幽霊ではない」


「じゃあなに?」


 俺が訊くと、五十嵐は一拍置いてから真剣な顔をこちらに向けて答えた。


「魔女だ」


 と。

 魔女っていうと、あの魔女?

 黒い帽子を被って黒のマントに身を包んだ鼻の長い老婆? ヒヒヒと笑いながら大きな壺の中身を長い杖のようなものでグルグルとかき混ぜるあの?


 俺の想像力が乏しすぎるな。


「まあ、魔女って言っても、そう言われているだけで実際どうなのかは誰も知らないんだけどね」


 五十嵐の言葉に玲奈が続く。


「深夜にこの場所で待っていると月光洋館に続くバスが来て、それに乗ったら魔女のところに連れて行ってもらえるの。そして、魔女がなんでも願いを叶えてくれるっていうのが都市伝説の内容ね」


「いいことしか言ってなくない?」


 都市伝説ってもっとホラーテイストなイメージを勝手に抱いていたけど、そういうわけでもないんだな。俺が勝手に納得していると、五十嵐がフフッとおかしそうに笑う。


「もちろん、それでは終わらん。その話には続きがある。そのバスに乗ったが最後、帰りの便がないので二度とこちらの世界には戻ってこれないというな」


 ふうん、と俺は小さく返しながらもう一度バス停の中を見渡した。

 変なところは別にないように思う。田舎町にあるような普通のバス停だ。屋根やイスを見たあと、バス停の看板に目が行く。さっきはしっかり見ていなかったけど『月光洋館行き』と書かれた下のところには時刻表があった。


「……」


 普通は朝の六時くらいから夜の十九時くらいまでの表示に何分に到着するか書かれている。

 けれど、不思議なことにこの看板には早朝から深夜までの表記があって、九割の時刻には一切なにも書かれていない。


 しかも、どういうわけか深夜一時のところにだけ『05』と数字が書かれていた。


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