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劇場版フランチェスカ
阿部狐
恋愛スクールラブ
2024年09月19日
公開日
111,488文字
完結
――私の名前は、フランチェスカ。
学校の余り物同士で結成された文劇部。部室だけが居場所の彼ら彼女ら四人は、ある日、部室に置かれた謎の台本から、ヴォリエラと呼ばれる空島にワープする。そこで出会った少女――フランチェスカから、三つの悩みを解決するようにお願いされる。解決した暁には、「四人の望むもの」が手に入るとのことだった。
独自の生きづらさを抱える四人は、望むものを手にして、学校での居場所を増やすことができるのか?
自分だけにできる何かを見つける、青春学園ファンタジー。

登場、文劇部

 文劇部に春は訪れない。

「今年の新入部員も、ゼロ。また俺たちだけかあ」

 鏡花が呟いた。その声色に落胆はない。それどころか、喜んでいるようにも感じられる。私に至っては安心すらあった。

 四月の下旬を迎えた。北海道の札幌といえども、既に桜が散っている。八畳の部室には、落書きが目立つ木の机と、それを囲う四つの椅子。

 私と鏡花は、隣同士の椅子に座っている。恋人ではない。部員名簿に名前を書くためだ。

「で、俺は引き続き部長なのかね」

 私が頷くと、彼は苦笑しながら「神崎鏡花」と署名した。汗の混じった男子の匂いが、彼の袖から漂ってくる。よく誤解されるのだが、鏡花は男子だ。

「さて。俺が部長なら、今年も副部長は――」

「はいはい、分かってます」

 奪うように、鏡花から鉛筆を受け取る。ほのかな温かみを感じた。それが彼の体温だと気付いた途端に、ぽろりと鉛筆を落としてしまった。

「落ち着け。ゆっくりでいいから」

 笑いながら額の汗を拭う鏡花。それから学ランを椅子にかけて、すっと立ち上がる。中学三年生になった彼の身長は、もはや私の背伸びでは届かない。瞬きする間に、時間は私を置き去りにしてしまったのだ。

 鏡花が窓を開けた。カーテンはなびかない。涼しくも暑くもならない。春風の吹かない文劇部こそが、今の私には心地良かった。

 鉛筆を拾い上げた私は、髪を左耳にかけながら、名簿に「桜井宇野」と書き記した。

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