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「高尾 高美」②

 一つ、誤算だったとするのなら。


「……仁君は、人間が好きすぎる」


 これも素子君の教育の賜物と思うべきなんだろうか。

 あるいは、歪んだ環境で少年期を過ごさなければ僕や他の稀人たちも、仁君と同じような心境に至っていたのだろうか。


「結局、一番と二番の差は、埋められないし越えられないくらいに大きかったということなのかもしれないね」


 仁君のことなら素子君の次に理解しているという自負はある。

 あったが、今の仁君を見て素子君ならどう思うのだろうね。そこばかりは、予想がつかない。


「軌道修正が、必要だ」


 裏社会において雨宮悠・・・に並び立つほど大きな力を付けてもらうという算段は叶うだろう。

 しかし、それはあくまでも個の力としてだった。

 群れとして、組織として力を付けようとしているのは看過できない。


 どう動く、べきか。


「――タカミ」

「ん……やぁ、悠君。急にどうしたんだい? こうして会うのは控えるという話だったのに」


 仁君の獲物だったはずの雨宮がとても上機嫌に現れた。

 冷徹というか、感情の動きを見せない彼にしては珍しいどころじゃあない。


「礼を言おうと思ってな」

「……礼?」


 キミに多くの情報を売ったのは仕事でしかなかったはずだけど?


「なに、貴様は良く働いてくれた。確かに、間違いなく。オレはやつを食らえば最強へと至るだろう」

「相変わらず自信過剰だね。キミが食べられる可能性だって十分にあるというのに」


 気持ちは、わからなくはないけれどね。

 薬を利用して力を得るきっかけを手にしたキミと、あくまでも元から有していた可能性を磨き上げた仁君。

 どちらのほうが強いのか、強きに至るのかは僕としても非常に興味があるところだ。


「だからこそ、だろう? 容易くとは言わないし思われたくもないが、これでも困難はあった。打ち破るために命を懸けたつもりだ。そんな力を、紛い物ではないと証明できる機会は喜びをもって迎えるべきだ」

「違いない、か」


 あぁそうとも、理解できる。

 僕が理解できないのは自分の事だけだ。


 どうして、僕は――


「安心しろ。オレは貴様を殺してやる。アイツが勝った場合には、約束できないがな」

「心配いらないさ。どちらが勝とうが、残ろうが、僕は罰される。それだけは揺るぎない」


 自分を誰かに罰して欲しいと、望むのか。

 本当に、美しさは罪だ。誰よりも何よりも美しい僕は、世界で一番の重罪人だ。


 もうこれ以上に、何かの罪を重ねてもなんとも思わないほどに。


「それで? ヤツはどう動いている」

「黒雨会と取り引きをしたみたいだね。彼は個として強くなるのではなく、群として強くなることを目指したようだ」


 最大の誤算といえばやはりコレなんだろう。

 素子君を助ける為だけに強くなると確信していたのに、まさか手を広げる形に進むとは思わなかった。


 素子君の優先度を下げた、とは思わない、思えるわけがない。

 それでも、他の優先度を素子君と同じ高さにまで持ち上げた。


「……そうか」

「そこは面白くないと思うべきなんじゃないかな?」


 個として強くなることを期待していたはずだろうキミは。


「対峙して理解した。ヤツは個としても強く、群を率いるものとしても強くなるだろう。どのような強さであれ力には違いない。そして、どのような強さであってもそれを上回り、その力を手にするのはオレだ」


 やれやれ、面白くないと思っているのは僕だけみたいだね、どうも。

 敵も味方も、僕でさえも。

 関わり取り巻く存在を、思わぬほうへと変えていく。


「こうして会うのはこれで最後になるだろう」

「そうだね、そうしたいものだね」


 不意に、雰囲気を変えて言われた。

 似合わないにもほどがあるほど、真摯で真剣な目だ。


「高尾高美、キサマに感謝を。力以外に何も持たないオレだと思っていたが、キサマという輩が在った事、死ぬまでの誇りとしておく。有終の美を飾れる事、期待しておけ」


 輩、か。

 亡骸に輩を。僕という亡者に残っている物はもう素子君と仁君だけだと思っていたというのに。


「あぁ、それは何よりだ。キミか、仁君か。いずれにせよ僕の終わりは満足のいくものになると確信したよ」


 早くも向けられた背に向かって、小さく零す。


「力、か」


 見つめた手のひらはいつも通りすべすべだ。

 こんなにも滑りがいいから、きっと握っていたものすらも零れ落ちて行ってしまったのだろう、気づかぬうちに。


「叶うことなら、僕の夢だけは零れ落ちてくれるなよ」


 回り始めた歯車は、予想もつかなかった歯車へと働き始めた。

 ここから先は僕も戦いの舞台へと足を踏み入れなければならないのだろう。




 歯車の力を実感したから、だろうか。


タカミ・・・

「……やれやれ、本当に。僕としては優秀な耳と目を手放したくはないのだけれど?」


 部屋へと訪れた迷い猫の行き先が決まったらしい。


「契約は、ここまでにゃしよ」

「少しは話をしてくれてもいいんじゃないかな? ほら、恩だなんだを感じてくれているのなら」


 真っ直ぐな目だった。

 あるいは、覚悟が定まったとでも言うべきなのか。


「……感謝は、もちろんしているにゃ。行き倒れになりそうだったあちきを、ここで保護してくれて仕事までくれたにゃしから」

「それでも、仁君と共に行くと」


 こちらから求めておいた過程をすっ飛ばして聞いてみれば、縦割れの瞳がきゅっと絞られた。


「あちきの最大目標はともちゃんの安全であり幸せにゃ。より確実だと思えるほうの近くに寄るのは当然の話にゃしよ」

「そうだね、違いない」


 相原智美に関しては、安全かどうかは別としてすべてを仁君が握ったと言っていいだろう。

 ならば、そうだと判断できるに至った真紀奈君の情報こそが、最後の務めで餞別とでも言えるもの。


「でも」

「でも?」

「あちきにとってタカミは、恩人だにゃんだはあるにゃしが。救われて欲しいヒトの一人にゃしよ」

「……ほむ」


 少し、意外な言葉だった。

 利害の一致による協力関係でしかないはずの縁だと思っていたのに。


ボス・・。アンタは、やっぱり呪われてるにゃしよ」

「美しさに? 否定は――」

「違うにゃ。素子さんに、にゃしよ」

「……」


 あぁ、なんというか。


「まさか。相原嬢に呪われているキミに、そんなことを言われるとはね」

「否定はしないにゃ。けど、アンタと同じ人に呪われた仁は……解き放たれたにゃしから」


 そう、そうだね。

 もしも僕という存在が、あるいは仁君が、稀人の常識から外れるきっかけを得たというのなら、それはきっと彼女のせいだろう。


 その上で、仁君は素子君の呪縛から解き放たれた。


「だからあちきは。一番、皆にとって明るい未来へと向かうために、行くにゃ」

「そう……かい」


 背を向けた真紀奈君の足取りは力強い。

 なんとも、羨ましいと思ってしまう。きっとそれは。


「真紀奈君」

「にゃんにゃ?」


 僕では手にしようがない、美しさだから。


「行くと言っても、どうするんだい? 相原嬢にすべてを打ち明けるのかい? それとも――」

「わかんにゃいにゃしよ」


 わからない?


「あちきは多分、仁に委ねることで解き放たれるのだと思うにゃ。仁が打ち明けろと言えば打ち明けるにゃ。秘密であれって言うにゃらその通りに。まだ、あちきは、飼い主であろうとも人間がよくわからにゃいから」


 それだけ言って、呆気なく。


「キミの行く先に、幸福のあらん事を願っているよ」

「それは、あちきのセリフにゃしよ」


 地下の扉から出て行った。


「……参った、なぁ」


 こういう日が来ることはわかっていた。

 でも、こういう別れ方をするとは思っていなかった。


「タカミとあろうものが、ね」


 久しぶりに心がしくしくと沁みるように痛い。


 なるほど。

 あぁ、なるほどだ。


 裏社会すべてを見ればちっぽけに過ぎない仁君だが、中心点に大きさは関係がないものだった。

 彼を中心に動き出したというのならば、まさに今こそというべきなんだろう。


 ならば。


「そうだね。最高の舞台で、彼とぶつかることで、僕は解き放たれるのかも、知れないね」


 仁君か、悠君か。

 結果は僕をしてもわからない、わからないけれど。


「まったく……なんて顔をしているんだい? 僕は」


 鏡に映った僕は、泣きそうな顔をしていても、やっぱり美しかった。


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