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第15話「パートナー」

 随分と楽しそうな、っていうのも変か。

 どこか憑りつかれているというか、縛られているように思えたアイツは先の場を持って、解き放たれたかのように見えた。


 ……そんなのを嬉しいなんて思うわたしは、まぁ随分と手遅れなんだろうなとも思うけど。


「鳴様」

「あー……言わなくていい、むしろ言わないで。っていうか、もう顔で十分語ってくれちゃってるから」


 もしかしなくてもそれ以上に手遅れなのは智美だ。

 生き生きとした仁の背中を見送った後から、もう顔が全てをうるさいくらいに語ってる。


「わたくし、譲りませんわよ」

「言うなってのよ」


 ライバルにライバル認定されるというのも変な話だ、順番がおかしい。

 似たような、近いようなやり取りをした覚えはあるけれど、真剣みとでも言うのか全然違う。

 言葉の重みとか、迫力とか。びりびりと、伝わってくるものがある。


 けど、なんだろうな。このやり取りを心地よく思っている自分がいるわけで。


「まったくもって、嫌にならないのが嫌になるわ」


 絆された? 影響された? それとも、アイツに染まりつつあるのか。

 智美を通して、自分を客観視できることになるとは、思わなかったわね。


「というか、謝意は何処に行ったのよ謝意は」

「先の宣言こそが、わたくしなりの謝意ですわ」

「は、御立派。まったく、アイツじゃないけどいきなり変わり過ぎね」

「誉め言葉として、お受け取り致しますわ」


 まさしく覚悟完了ってなものよね。


 見送って少し経つと言うのに、未だアイツが出て行った扉を熱っぽく見つめる智美はきっと今、わたしと同じことを感じているはず。


「思うのよ」

「はい」

「ようやく、そう、ようやく。稀人を稀人として見られるようになったって」

「……はい」


 人間が使ってあげないと身を立てられない可哀想な存在でもなく。

 人間に危害を加えられないように排他し、社会の隅や裏に押しやらなければならない存在でもなく。


 ただただそこに、対等に在る者だと。


「だからわたくしは……全てを預けると決められました」

「そうね。そういう顔、してるわ」


 瞳を伏せて、尖ってしまった右腕を胸元で掻き抱く智美に痛々しさは見られなかった。

 仁ならこんなことになった自分の身体を元に戻してくれるとか、そういう甘えた信用じゃあない。

 どんな身体に、心になってしまっても、仁と共になら歩める、歩んでみせるという信頼と覚悟がそこにある。


「ロジータの外面は、稀人に優しい企業です」

「客層として稀人を捉えているって話?」

「稀人を積極的に雇用していることを含めて、ですわ」

「それは知ってるけど」


 有名な話というわけでもないけれど。

 わたしはこれでも稀人の雇用拡大を唱えている人間だし知っている。


「知っていますか? 稀人さんは、人間の給料の半分で、人間の倍働いて下さるのです」

「……うん」

「給料日にはこんなに貰っても良いのかと驚きながら顔を綻ばせるのです」

「……」


 それも、見て見ないフリをしていたことだから、知っている。


「とても、心が痛かったですわ」

「痛いと思えるのが、智美の良いところなんじゃない? 普通は……うぅん、世の中の大多数はラッキー程度の認識だし」

「ええ、わたくし自身もそう思っていました。まだわたくしに良心は存在していると、痛みを拠り所にすらしていました」


 稀人を雇うことで得られるお得というものが無ければ、雇用なんて生まれない。

 他ならぬあの父がそう言って、わたしも納得していることだ。

 だから稀人を何人雇えば補助金を、なんて発想が生まれてくるわけで。


「でもきっと」

「今の仁なら、声をあげる」

「はい。そう思える、そう信じられる。救われたとはこのことです。普通に、対等に考えていい、捉えていいと許された、赦して下さった……同じなんだと、示してくれた。だから」

「赦され続けるために。いや、違うわね。対等だと思われてる相手に恥じない自分であるために、か」


 あの時は、どうだったか。

 わたしがなんとなくで、視野が広がったと口にした時、智美はどういう気持ちでわたしの言葉を受け止めたのか。


 今は、そう。

 あの時のわたしのまま、同じ言葉を口にすれば、鼻で笑われてしまいそうだ。


 だから。


「まぁ、そうね」

「はい?」


 悔しいな、とは思わない。

 だって、わたしも。だから、わたしも。


「譲らないから」

「……うふふ」


 隣に並んで立つ、立ってみせると思っちゃってるから。


 今の気持ちが恋とかそういうものなのかはわからない。

 きっと、智美も同じことを言うだろうと思うし、それでいいとも思う。


 そう言うことを考えるのは。

 ちゃんと、そう在った時からでいい。


「ま。そういうバチバチはいずれにしましょう」

「ええ、その通りですわね。これから、忙しくなるでしょうし」


 アイツは場を整えるって言っていたけれど、考えるもなく黒雨会との場のことよね。

 交渉……になるのかな? 少なくとも智美自身が言っていたように個人で組織を完全に掌握するなんて無理な話だし、黒雨会の支配的影響下にロジータが置かれるのは間違いない。


「仁さ――んが」

「別に仁様でもいいんじゃないの? わたしはごめんだけど」

「うぐぐ……こほん。仁さんが黒雨会とどういった関りを持っているのか、あるいは黒雨会でどのようなポジションにおられるのかがわかりかねるのでなんとも言えませんが」

「……改めて、そんなのによく全てを懸けるなんて言ったわよね、智美」


 浅慮と言うべきなのか、思い切りが良いと言うべきなのか。

 無粋だっていうのはわかってるからそのジト目は止めなさいって。


「どういう場であるにせよ。ロジータの取り扱いと言うより、わたくしの取り扱いが焦点になることに違いはないでしょう」

「そうね。黒雨会がロジータをフロント企業として扱うにせよ、都合の良い隠れ蓑的な会社として扱うにせよ。智美の同意、あるいは協力……従属が必要だもんね」


 仁はどう考えているのか。

 俺たち三人でと言ったんだし、何より相原智美という個を受け止めた仁だ。

 黒雨会とロジータの間に挟まるポジションの確約はいわば最低限のスタートラインになる。


「かといって。ロジータ一つ仁さんが掌握したところで黒雨会や向田組と張り合えるほどの力とは言えません。もちろんそれでもいわば独立勢力として旗揚げすると言うのならば全力でお支え致しますが」

「覚悟決まりすぎだっての。まぁでもロジータは大きな会社だけど、大企業と言えるほどじゃないし」

「言ってくださりますわね?」


 自分の会社をけなされて、半目になりながらも口元をにやけさせる取締役がここに。


「事実でしょ。そこそこ程度に大きな会社だけど、身内経営色が強いって見られてるから辛うじて認められてるだけであって。普通、こんなわたしと変わらない年頃の女の子を代表取締役になんて、トチ狂ってるとしか言えないわよ。もちろん、世間から見ればの話よ?」


 元々日本国外にあった会社が日本市場に参入して、親会社から独立したのが今のロジータだ。

 繋がり自体が途切れたわけじゃないだろうけど、外国にある親会社との再連携なんて難しい話だろう。


 アイツは、言うまでもなくわたしと智美よりも社会に詳しくない。

 明るいことがあるとすれば、それは稀人ならではの視点から得られる情報量くらいのもの。


「それでも、わたくしは。仁さんに全て従います」

「思考放棄にも見えるけど?」

「嫌ですわ。そのように笑いながら仰られるのは」


 やれやれ、ちくちく言葉もなんのその、か。


「ごめんって、アイツも言ってたけど。これから、なんだと思うわ」

「ええ、その通りかと」


 あぁもう、だからその微笑みはやめなさいって。


 でも、うん。


「わたしも、見たい」

「はい」

「多分わたしは、何処かで諦めていたから。理想の二歩、三歩手前でこんなところまで出来たら十分だって、一人で進めていたら諦めていたから」


 元から社会的な地位を利用して自分の存在をアピールしていただけに過ぎない。

 二歩、三歩どころか、一歩近寄っただけでもどうだって胸を張っていたかもしれないわね。


 でも今は、アイツと一緒にたどり着く景色を見たいから。


「鳴様」

「うん?」


 智美の声にいつのまにか伏せていた頭を持ち上げればそこには。


「共に、頑張りましょう。仁さんを支える、パートナーとして」

「……ったく。どことなく言葉の響きがいやらしいわ。このスケベお嬢様め」

「すけっ!?」


 なんとも茶化さずにはいられない、キレイなパートナーがいた。


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