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第13話「勘違い」

 結局、新選組に協力してもらって情報収集しようとしたのは無駄なことだったのかもしれない。

 コトを動かすと言うのなら、やっぱり最終的には自分が動かなくちゃいけないわけで、動くだろう場所を掴めたのならそこで待っているだけでよかった。


 ただ、それでも別の角度から見た情報は手に入った。

 これが活かせるかどうかは、俺次第な面が強い。


 だから。


「――こんばんは、話をするにはいい夜だな」

「……そう、ですわね長野様。薄々、と言いますよりはあの時あの場所でお会いしてから、こうなるかもとは思っておりました」


 夜の学園なんて、ドラマチックでロマンティックな舞台で相原さんと向かい合う。

 こんな時間だと言うのに、学園の制服を着ているあたりどう考えるべきなんだろうね。


 あの時あの場所はいつを指しているのか。

 ディアパピーズで初めて会った時か、それとも貸倉庫で会ったときか。


「だったら、何を言われるのかも想像がつくんじゃないのか?」

「さて、生憎浅学寡聞の身にて検討もつきませんが……。もし、もしも止めろという話でしたら、聞く耳を持っていませんとお答えする他ありませんわね」


 どうにも貸倉庫の時を指しているらしい。

 つまりは、彼女にとってあれが転機の時であったということだ。


「別に、止めようとしに来たわけじゃないよ」

「え……」

「俺がここに来たのはキミを阻止しにってわけじゃない。そんな権利はないし、多分そもそもキミ自身がこうする他にないと、悩みに悩んで出した結論なのだろうから」

「っ……」


 そしてアレが戻れなくなったと考えるきっかけになったというのなら、方向修正を出来るのはあの場にいた俺か雨宮の二人以外にいない。


 権利はなくとも約束はある。

 真紀奈の大事なご主人様を、こんなところで一気に染めさせてなんかやらない。


「だから、俺がこうして会いに来たのは……勧誘するためだ」

「かん、ゆう?」


 そうとも勧誘だ。

 彼女自身は別にして、ロジータはやっぱり大きな会社であり裏社会とも繋がりがそれなり以上にある組織で。


「裏社会に生きる長野仁として、ロジータ代表取締役であり裏社会の一翼を担う相原智美に言おう。向田組と手を切って、黒雨会と手を組まないか」

「ん、な……!?」


 黒雨会としても喉から手が出るほどに欲しい存在だということだ。

 しかも、今回のクスリに関する情報を多く持っているなんていう。


「正気、ですの? わたくしは、人間、ですわよ」

「あぁその言葉を聞いてますます来て欲しくなったよ。そうともキミは人間だ、どうなろうとも人間であるという自認を手放さない立派な人間だ。だからこそ、人間として稀人の暗部を担う組織に身を寄せて欲しい」


 利害の一致はある。

 そして、相原さんを人間に留めさせるという覚悟もある。


「ふ、ふふ……あは、あははははっ」

「……」


 目を丸めていた相原さんが、急に笑みを浮かべて、何かを吹っ切るかのように笑いだす。


「冗談はおよしになってくださいませ。わたくしが取り扱おうとしているモノはご存じなのでしょう?」

「もちろん、知ってるよ」

「そうっ! コレは人間でありながら稀人を凌駕し得る力を手に入れられる薬! あなた方稀人を否定するためのものですわ! ただでさえ稀人の存在価値を貶めるために動くわたくしに! 何を仰っているのですか!」


 ポケットから取り出されたビンに入っている薬を高々と掲げながら。

 吹っ切っているようで、何処か縋りたいと思ってるかのように。


「それが、どうした」

「は、はぁっ!? どうしたもこうしたも御座いませんわっ! 稀人を守護せんと存在している黒雨会の敵なのですよわたくしは!!」

「だから、それがどうした」

「っ!! は、話になりませんわねっ! 長野様! あなたは何を考えているのですか!?」


 いや、本当にそれがどうしたでしかないんだよ。


「毒を作れるなら薬も作れる。キミは勘違いをしているよ。毒を作ったのか、作ることに加担したのか、それとも広めるために力を貸したのか。それはわからないがなんでもそうだ、表と裏は文字通り表裏一体で、キミにとってそのクスリが裏だというのなら、黒雨会に表の力を貸してくれと言っているんだ」


 絶句する相原さんに胸を張って。胸を張れる生き方をしようと手を伸ばす。

 口で簡単に言えるけど、想像以上の困難があるんだろう。でも。


「一人じゃない、一人になんてしてやらない。俺がいる、鳴がいる、黒雨会だっている。全員で、キミを、キミを取り巻く全ての力になろう。約束する」


 あぁ、なんて薄っぺらい言葉なのか。

 重みなんてまだまだ真に理解はできていないだろうに。


 それでも。

 それでも。


「ふ、ふふ……」


 俺は新しい日常を守りたい。

 かつてあった日常を取り戻したい。

 その中にはキミだっているんだ。慣れない手つきであっても、イサミたちが受け入れてくれるような優しいキミが。


「重ねて、申し上げますわ、長野様」

「うん」


 ……あぁ、もちろん。


「お話に、なりませんわねっ!!」


 そういう覚悟も、あるよ。


「はぐっ!!」


 クスリの入ったビンの蓋を開けて、相原さんの喉をクスリが通っていく。


「わたくしは――ワタクシ、はァッ!!」


 過剰摂取、だろうか。

 用法用量を正しく守ろうねと言いたいが、こうすることがキミの納得に繋がると言うのなら。


「おいで、相原さん。大丈夫だ、預けていいって、教えてあげるから」

「あ――ぁ……アアアアアアアァァァァァッ!!」




 稀人との戦いはパズルのようなもの。


「ガァッ!!」

「っ、とぉ」


 果たして相原さんはあの薬でどんな能力を身に着けたのか。

 ただ今、相原さんの指先から何かが飛ばされ、地面を抉った。


「……爪、か? って、うぉっ!?」

「アァアアァァッ!!」


 更にそれが連続でいくつも飛ばされてくる。

 こんな急速に爪が生えて、しかも飛ばせるなんて動物はいただろうか?

 それとも、爪が生える、飛ばすと二つの能力を手にしているのか。


「スバシッコイッ!! デスワネェッ!!」

「は、やっ――ちぃっ!!」


 それなりに、少なくとも俺じゃあ一足飛びは難しいかなって距離が一瞬で詰められた。

 脚力が強化されている? あぁ、でも。


「グ、ゥッ!」


 体当たりを避けて再び相対すれば、相原さんは膝をがくんと落として地面についていた。

 よくよく見れば、ふくらはぎのあたりから出血している……自分が出力した力に身体が耐えられなかったか。


 この力を使わせ続けるのは、ダメだな。


「どうしたい?」

「グ、グウウゥウッ!」


 キミは、その薬を飲んで何がしたかった?

 その薬か力の素晴らしさを誇示したかった? それとも邪魔者だと認識した俺を排除したかった?


 わからない。

 俺には、縋れるものが無くなった結果、自暴自棄に近い形で飲んだように見えてしまったから。


「ほら、俺はここだよ、相原さん」

「ッ!!」


 ゆっくりと近づく。

 一歩踏み出す度に相原さんの身体がびくりと震えていた。

 怯えられている、んだろうな。そりゃ自分に理解できないもの相手は怖いもんだ。


「大丈夫だ。別に何もしない、近寄っているだけだ」

「ハ、ハ、ハ――」


 そうとも怖いもんだ。

 だからわかってもらうしかない、怖くないよって、俺はキミを害さないよって。


「ハアアッァアアッ!」

「ぐ、ぅ……あぁ、もう、何でもアリだなまったく」


 手を伸ばせば届く距離。

 そんな位置にまでやってきた時、相原さんの髪が伸びて俺に巻き付いてきた。


 あぁ、ふっつーの髪の強度じゃないや。ちぎれもしなけりゃ、動けない。

 完全に拘束されちまった。


「シ、シ――」

「し?」


 わかってる、言わせてごめんな。


「まぁでも。本当にこれまでにケリをつけると、つけたいと思っているのなら。それしかないと思うよ」

「シネェエエエェエエエエッ!!」


 振り上げられた拳の形が変わっている。

 そうだな、それなら、その鋭さなら俺の身体くらいなら貫けるよ、きっと。


 でも、うん。


「――」

「まったく、さ」


 キミは、弱いから。

 俺も大概まだまだ弱いけれど、それ以上に、裏社会入門初心者な俺よりも弱いから。


「悪ぶりたいお年頃ってことで、納得しておくけど?」

「う、うぁ……うあぁああああああぁっ!!」


 身体は貫かれることなく、胸元に飛び込まれる衝撃だけがあった。

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