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第12話「越境点」

 鳴に聞けば相原さんはあれからディアパピーズには来ていないし、連絡も取れず、更に学園にも仕事の都合でと登校していないらしい。


 何と言うか、むしろほっとした気持ちが強いとでも言うべきか。

 今彼女が何をしているかはまだ掴めないけれど、少なくとも俺とあの場で会ったことで生活の一部を変えないと、なんて人間らしい繊細さを感じる。


「喜ぶことじゃないんだけどな」


 切り捨てられただけとも考えられるし、むしろなんてことない顔してディアパピーズに来られる方が驚いてしまうってのもある。


 けれど、重ねて人間らしいというか、一般人らしさみたいなのを僅かであっても感じ取れて嬉しく思ってしまう。


 それだけに。


「イサミ、また働いてもらって良いか?」

「もちろん、だ。われらはじんのなかまでしんせんぐみ。おまえに、こたえよう」


 まだ戻ることが出来る。

 そう信じる気持ちが補強された。


 加えて新選組の皆だ。

 何でも言ってくれと頼もしい瞳を俺に向けてくれる。


「ディアパピーズで見た事あるだろう、金髪巻き髪の女の子。彼女の足取りを掴みたい」

「ああ、あのからだをあらわれた……ふむ。におい、はおぼえているぞ」


 先生からもらった情報によれば学園のある新宿、そこからそう遠くない位置に彼女の家があるらしい。


「相原さんの家周りで待機する組と、新宿の街を動いて彼女の匂いを探す組で分ける。俺ももちろん足取りを掴めるように動くけれど、皆からの合図を待つためにもそこまで動けないから、頼むよ」

「こころえた。あいずは、これをかむ、でよかったか?」


 レコーダーをつけていた場所に代わりに音の鳴らない真紀奈お手製の鈴をつけてもらっている。

 これは壊せば人間には聞こえないだろう周波数の音を鳴らす鈴で、俺やイサミたちなら問題なく聞こえる。


「噛むというか噛み砕く、だな。もちろん何処かにぶつけても構わないけど、そう固くないし口に入れても問題ないからよろしく――ってうお!?」


 うるさっ!? え、何々!?


「……はじめ」

「すまない。だが、かくにんは、だいじだ」


 説明をしている途中でハジメが不意に鈴を噛み砕いた。

 思っていた以上耳に来る音がするな……いや、これだけ近いからか?


「な、何にしてもこれなら問題ないよ。それじゃあみんな、よろしくな」


 歩いていく皆を見送って……というか、結構な距離があるってのに都合よく皆を使いすぎだよな俺は。

 仕事が終わったらうんと美味いものでも作って労わないと。


 何にしてもまずは相原さんと話す。

 話して事情を聞いて、問題を解決できるなら力になろう、そして。


「能力を消すクスリ……何処にあるのか、それとも持っているのか。何にしても手に入れないとな」




 そんなわけで新宿にやって来たが、まだイサミたちは着いていないみたいで。


「流石、お嬢様ってか」


 先にとりあえず相原さんの家を確認しておこうと来てみれば、まぁ豪邸が建っていた。

 流石にロジータ代表取締役の邸宅ってことかね、もしかしなくとも使用人さんとかいるだろうこれ。


「相原さんは……やっぱりいないか。鳴の時みたいにできれば中に入って手がかりを探したいところだけど」


 流石に不審者が過ぎるだろう。

 先生を頼ればもしかすると実現できていたかもしれないが、これも自分の選択だ。甘えは抜きで行こう。


「けど、やっぱり中で確かめたいな。イサミたちにやってもらうわけにもいかないし……そもそも音信不通になったからと言って急に行方まで掴めなくなるのはおかしいんだよな」


 如何にロジータが裏社会と繋がり深かろうが、だ。

 鳴の時然り、人が一人急に存在感を消すなんてことが起これば必ず何かしらの影響が現れる。


 ましてや相原さんはロジータの代表取締役だ。

 社会的にも地位を有している人間が急にいなくなればロジータって会社はもちろん、関連する企業だって騒ぐし、仕事にだって影響が現れる、と思う。


「潜入、するか」


 偉い人が一人いなくなっただけで傾く会社なんぞない、とは誰の言葉だったか。

 何にしても相原さんを見つけること、そのためになら不法侵入上等ってなもんか。


「素子、ごめん。本格的に俺、悪い子になります……」


 頭の中にいる素子が烈火の如く怒っている気がする、はぁ。

 いや切り替えよう、まずは入り込みやすい場所はっと。


「玄関口とは別に、使用人がいるなら勝手口とかあってもおかしくないよな。上手く、できないかね」


 玄関門から離れて家の周りを歩いてみる。

 近くで見て全貌が見えないほどには豪邸だ、流石に一キロ歩くなんてことはないけれど。


「ん?」


 不意に、見知らぬ匂いが集まっている場所があった。

 何の変哲もない石壁、ではあるが。よくよく見れば一部石っぽく偽装している場所がある。


 ……いやこれ、流石に気づかないって。

 なんだよ、どっかのなんちゃって謎解きホラーゲームかよ。


「とは言えカギっぽいものを持ってるわけでもなし、流石に使う人をどうにかしてカギを奪うなんてことはできないよな」


 手が込んでるのは金持ちの道楽か、それとも別の理由があるのか。


 超えられない壁じゃない。

 けどまだ日が高いうちからやることじゃないな。


「いったんハケるしかないか。イサミたちに張り込んでもらってる間に……そうだな、鳴と相原さんが通ってる学園の様子を見てくるか」




 相原さんの家とは打って変わって、ではあるが。


「学園の警備員って、ザルなんだよなぁ……」


 ぱっと見はお嬢様学園だけあって立派なセキュリティをしているんだけど、稀人的に見ればかいくぐることは容易い。

 容易いとか思ってしまうあたり、裏に染まりすぎやしないかねと頭を抱えてしまいたくなるが、それでも簡単は簡単だった。


「まぁ、外より中ってことなのかもしれないけどな」


 実際、中に入ってみれば警戒の匂いとでも言うのか、注意深く見れば監視カメラだなんだと言うものの設置数は増えていたし、入り口の詰め所で待機していた警備員以上の人間が巡回をしている。


 けどまぁ、警戒の仕方、考え方はやっぱり人間という部分を抜けきらない。

 稀人が持つ能力への対策なんてものは考え始めればキリがないかもしれないから、仕方のない事なのかもしれないけれど。


「次は……こっちか」


 鼻と耳が良い俺としては、人の気配がない所を探して身を潜めることに苦労はない。

 授業が行われている時間に動いて、終われば身を潜める。それだけで十分だった。


 とりあえず今目標としているのは相原さんの匂いを辿りつつ、相原さんがいないことが学園でどう噂になっているのか、それとも噂にすらなっていないのかを探ること。


「今いないから当たり前、かもしれないけれど。相原さんって、そんなに学園にいる時間はないんだな」


 最近ディアパピーズに入り浸る、ってのは言葉が悪いか。

 一日のほとんどをディアパピーズで過ごしてくれている鳴以上にこの学園にある相原さんの匂いは薄い。

 そんな中で店にも来てくれていたことを思えば、もしかしなくともほとんど学園には来ていなかったのかも。


「その辺りも鳴に聞いておけば良かったか? ……いや、余計な勘繰りと心配を鳴にかけるわけにもなぁ」


 どちらにしても、この感じじゃ噂にすらなってないってセンが濃厚になりそうだ。

 さっさとハケて新宿の街で俺も調査をした方がいい――。


「ねぇ、聞かれました? あの噂」

「あの噂と言いますと……お薬のこと、ですか?」

「やはりご存じでしたか。はい、どうやら次はこちらのほうへも来られるとかなんとか」


 ……お嬢様学園でも不良はいるもんなんだな。

 そこ、別にカメラとかの死角になっているわけでもないんだが。


 いや、それよりも。


「相原様も勧めておられましたし、ここはひとつ、試してみたく思っていますの」

「まぁ。でしたらロジータが薬剤方面へも進出を狙っているというのは本当でしたのね」

「ええ、ええ。ですので、もしも、よろしければ」

「そう、ですわね。わたくしも、あなたが試すというのならご一緒に」


 なんとも、まぁ。


「……ゆっくりしている場合でも、なさそうだな」


 ネガティブな方で考えれば、だけど。

 相原さん、それは流石にライン越えってやつだぞ。


 いや。


「とっくに超えたと、思っているから、か」


 ……大丈夫だ、相原さん。

 それは勘違いって奴で、キミはまだまだちょっと裏社会ってドロがついた程度でしかないんだよ。


 あぁ、そうだな、話そう相原さん。

 そしてわかってもらいたい、もう戻れないなんてただの思い込みの勘違いだって。


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