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第11話「案ずるより」

「――相原智美に関する情報を買いたい?」


 目元に少しクマがある先生が不思議そうに聞いて来た。

 日頃から弱っている所というか、疲れていたりすることを悟らせないようにしている先生にしては珍しい。


「はい、忙しいところすみません。けど、先生が情報をまとめてくれている間にちょっと動きたいことがあって」

「んー……いや、仁君の頼みだ。もちろん構わないんだけどもね。ディアパピーズで雇っていたんだろう? 僕が持っている情報以上のことを知っているんじゃないのかい?」


 そう言われると弱い。

 形だけの面接しかしてないし、何ならその場ですらどっちが面接官だったのやらみたいな状態になってしまっていたしなぁ……。


 ただ、それでも。


「ロジータは裏社会と繋がりを持っていて、それなり以上に深い関係を築いています」

「だから、代表取締役の彼女を改めて洗いたいんだね?」


 すっと先生の目が細められた。

 そりゃあ知ってるよなって話だけど、自分で知ってますよねと確認することは大事だと思う。

 戦っているわけじゃないけれど、例え先生相手であっても持ち札、パズルのピースを知る必要はある。


「通っている学園の概要なんかは大丈夫です。鳴から聞けばいいだけの話ですし」

「……この場は情報のすり合わせって考えても良いのかな?」


 曖昧にそこは笑っておく。

 露骨にも程があるけれど、何でもかんでも善意か悪意に付け込んで教えてとひな鳥のエサ待ちのように乞うのは止めたんだ。


 先生を信用している。それでも改めて今俺の目の前にいる稀人はタカミという情報屋でもある。

 ならばせめて利用され、従えられるだけではなく、肩を並べるに足る存在だと認めさせなくちゃならない。


「……はぁ」

「え? 先生?」


 なんてことを考えていたら、先生は思いっきり肩を落とした後に。


「ちょっとお腹が疼いてしまうよ。仁君は少し成長が早すぎる」

「え、えぇと」

「好ましいとは言えないけれども。その成長に見合う経験をしたということなんだろうね。わかった、少し休憩しようかと思っていたところだし、相原智美に関する情報を売ろう。今回はしっかりお代を頂くけれど?」

「も、もちろん用意してきました」


 大金を持ち歩くのはめちゃくちゃ怖かったけどね。




 休憩を交えてってことで場所を変えたわけだけども。


「さて、それで相原智美に関してだったね」

「……いやそれ、あちきの前でする話にゃしか?」


 いや本当にそれだよ。

 もしかしなくとも先生ってデリカシーという言葉をご存じでない? あぁいやデリカシーって言葉とは少なくとも無縁だったわ。


「概要的な情報は知っているけどもね。パーソナル、つまりどういうものが好きだとかそう言った話はキミのほうが詳しいだろうからね。いわば保険であり提供する情報の深度を高めるためにだよ。そう、仁君が何を求めてもいいように。なんなら真紀奈君と一緒に僕の身体であっても提供するけど?」


 さっきまでの疲れていただろう雰囲気は何処に行ったのやら。急にイキイキしだしてまぁ先生ってばさ。


「……仁?」

「ほんっとーに申し訳ない」


 謝る他にねぇわ。

 巻かれている包帯の数は減ってきているけど、半分ミイラな真紀奈のジト目が痛い。


「はぁ……わかった、わかったにゃしよ。でも、どうして今更と言うか改めて聞きたいにゃしか?」


 そして当然の疑問だろうこれは。俺としては義理を果たす、筋を通すという意味で答えなくちゃならない。

 あるいは、こうなることを先生が望んだということでもあるんだろうな。渡り合おうと思えばこんな手を打ってくるあたり、やっぱり先生じゃないタカミは厳しいよ。


「今追っておるクスリの件、ロジータという企業と相原さん個人が深く関わっている可能性が出てきたからだ」

「っ!?」

「……続けたまえ」


 驚き身を乗り出す真紀奈を制した先生が続きを促してきた。


 現状手にしている彼女の情報が少なすぎる。

 状況証拠的な部分だけで見て判断するのなら、相原さんは雨宮の協力者というポジションにいることになるのだろうが。


「夜、彼女が新大久保にあるロジータの貸倉庫から出てくる所を見ました。その時手に持っていたのは恐らく人間を辞めるクスリです」

「それは、確かなのかい?」

「直接目で確認したわけではありません。ですが、そのクスリからはサンプルで渡されたモノと同じ香りがしました。少なくとも、同種のクスリである可能性は高いでしょう」


 そこまで言えば先生は顎下に指を添えて考え込み始めた。

 真紀奈と言えば今も驚きから抜けられないみたいで、目に見えて信じられないって顔をしている。


「また、倉庫から出てきて車に乗り込んだ彼女を俺は追跡しました。そしてついたのは五反田にあるロジータの貸倉庫。そこで、売人と思わしき相手とやり取りをしています」

「とも、ちゃん……」


 重ねて真紀奈には悪いと思う。

 思うけれど、同時に一つ気づけたことがある。


「真紀奈は、そういう相原さんの姿を見た事なかったか」

「そんなの、しらなかったにゃしよ……知って、たら」


 危ないことはするなって直接的には無理でも、間接的に止めていた、か。


 ならほぼ確定だ、相原さんが裏社会に踏み入れ始めたのはつい最近になってから。

 ロジータがどれくらい前から裏とかかわりを持っていたのかは不明にしても、相原さん個人がかかわりはじめたのは本当に最近ということだろう。


「……ロジータは外系企業だ。今ある情報から考えても日本市場に参入するためには結構な苦労をしていたと見れる」

「なら、市場参入? するために日本の有力者か組織の手引きを受けた可能性を考えてもいいですか」

「そうだね。表、裏問わず力を借りた可能性はむしろ考えるべきことだろうさ。実際、僕はそう思っている」


 若干飛躍的な考えだが、それこそ向田組の力でもあれば参入どころか急激な発展をしてもおかしくはない。

 その上で向田組が今回のクスリに関わっていることは事実に近い位置で固まっている。


「相原智美が正式にロジータの代表取締役になったのは約一年前だ。実務的な引継ぎ……いや、裏との折衝までを含めて考えれば今になって本格的にすべてを継いだと考えてもいいかも知れないね」

「なるほど。会社と言うか、社会人的なアレコレっていうのは俺に判断できませんが……少なくとも相原さんが自分で動き出すに不自然な時期ではないと」


 代表取締役って地位に就いたのは一年前にしても、裏社会での働きかけを始めたのは最近。

 ならそれはつまり。


「まだ、戻れる、にゃし」


 そう、そういうことだ。

 俺は自ら望んで踏み入った世界だけど、もしも彼女が望んだことじゃないのなら。


「あぁ。俺もそう思う、そう願っている。相原さんはディアパピーズで目を回して働いているのがよく似合ってるよ」

「仁……ふふ、ありがとうにゃ。けど、おじょーさまを雇うには、時給にケタが足りにゃいにゃしよ」


 そりゃまた失礼、生憎と経営者ってガラじゃないんで。


「それなら適正価格ってやつをなおさら教えてもらわないとな」

「代表取締役の時間をそんなことで奪っちゃダメにゃし」

「どうしろって言うんだよ」


 まったく、わかってたことだが真紀奈は相原さんのことが好きすぎる。


「仁君」

「わかってます。ただ、向田組は少なくとも稀人にとっては敵ですし、今のところ掴める数少ない尻尾の一つですから。この機会を逃すわけにもいきませんよ、そう言う風に動かされているって感覚があっても」


 雨宮のことは口にしていない。

 多分ここで先生を頼ってか甘えてかあの時に得た情報を全て話すべきなんだろうってのはあるけれど。

 いい加減、自分で考えられるようになろうと決めたんだ。まずは話すべき相手を考えることから。


「そうか、いやそうだね。なら相原智美に関することは仁君に任せよう。概要的な情報はすぐにまとめて渡せるようにするから、少し真紀奈君の話し相手になって待ってくれたまえよ」

「ええ、喜んで」


 いつもに比べて少し硬質な先生の声だった。

 甘えられると思っていたか、それとも……いや、疑心暗鬼を生みに来たわけじゃない。

 俺は俺の目的のために、だ。


「はー……それにしても、仁?」

「うん? なんだ?」


 何と言うか熱っぽい吐息混じりの声に真紀奈を見れば。


「なんでそんなに格好よくにゃったにゃし? まきにゃちゃん、ドキドキが止まらにゃいにゃし」

「……えぇ?」


 そこにはなんだかもじもじしながら頬を染めている真紀奈がいて。


「何も変わったつもりは、ないんだけど」

「うぅ~……」


 いや、唸られてもさ。


「別に媚び? 売らなくていいんだぞ。相原さんのことは真紀奈との守りたい約束の一つだし、彼女にはまだまだディアパピーズで働いてもらいたいと思ってる。極めて自己中心的な考えなんだから」

「そっ、そういう、つもりはまったくにゃいにゃしよ!? あぁ、もう! うにゃぁぁぁっ!!」


 怪我人が暴れるんじゃあないっての。

 まぁまぁと真紀奈を宥めながら? ひとまず先生がまとめてくれるらしい情報を待つことにしよう。


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