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第10話「強くなりたい」

 ぼう、っと。

 ロジータの貸倉庫をいつの間に出ていたのか、というか今俺は何処に向かっているのか。


 雨宮の話を受け止められない。

 今も尚、アイツを憎く思う気持ちに偽りはないって言うのに。


「なん、で……」


 段階とかそういうのを、すっ飛ばしすぎやしないかと。

 もっとこう、あるだろう? 色々と。


「そんな簡単に、教えるなよ……!」


 苛立ちのままに地面を蹴れば、ぐちゃりとぬかるんだ土がたくさん舞った。

 びちゃびちゃとまた地面と一体化する音でようやく。あぁ、いつの間にか、雨が降っていたんだな、なんて。


「はは……」


 顔に雨粒があたる。

 冷たい雨だ。寒い、だって言うのにカラカラだ。


 ……俺は。


「ヒーローにでも、なったつもりだったか? 長野仁」


 十分に、なんて言えない。

 それでもちょっとは知ったじゃないか、社会にとって俺はちっぽけな存在だって。

 そしてそれは俺だけじゃない。先生だって、素子だって小さな小さな存在なんだ。


 ちっぽけだって言うから、事実ちっぽけだから。

 答えを知っている大きなヤツからすれば簡単に教えられることを、でかく大袈裟に捉えていただけなんだ。


「だって、言うのに……! 俺はっ!!」


 なんで喜べなかった!? ショックを受けた!?

 簡単じゃないか! もう残すは雨宮が言ってたクスリを探すだけだ!! それだけで取り戻したかった日常は帰ってくるんだ!! 笑え! 喜べよ! 長野仁っ!!


「う、あ……あぁぁあぁ……!」


 俺が、素子を救うんだ、なんて。

 あの場で未知の力に覚醒して、雨宮を倒して、救う方法を聞き出して。


 そうすれば、俺は満足していた・・・・・・・・


「弱い……弱いんだよ! 長野仁っ!! 素子素子と口にしていればそれっぽかったか!? 悲劇の主人公に酔いしれたかったのか!? これなら……これ、ならっ!!」


 あるいは。

 あの場で取り引きを持ち掛け能力を奪われて……いや、捧げていれば?


 なんて、バカなんだろう。

 もしも、気づけなかった、見ないふりをしていた想定通りに物語が結末を迎えていたのなら。

 俺は素子に何を言っていたんだ? 俺のおかげだって何かに浸って虚しい成功に酔っていたのか?

 素子に恩でも売って、そのまま感謝をそれとなく強請りでもしていたか?


「くそっ! くそっ!! くそおおおおおおっ!!」


 雨宮に負けたことよりも、新たな可能性が見つかったことよりも、何よりも。


「強くなりたいっ!!」


 ちっぽけでいい、ちっぽけだと思っていた幸せは本当に小さい。

 そんな小さな幸せを、当たり前だと簡単に守れるくらいに、強くなりたい。


「強く、なりてええぇえええええっ!!」


 握った拳を振り下ろせば、俺を嘲笑うかのように跳ねた泥が頬を叩いた。

 目の前にあった何も映さない水溜りには、情けなくみっともない男の顔が映っているような気がした。


「う、あ……うあぁぁ……」


 多分、今、初めて。

 心の底から願う。肚の底から渇望している。

 誰かに言われたわけでもなく、そうするべきだと定められたわけでもなく。


「仁」

「……あ、あぁ?」


 いつの間に俺はこんな場所でうずくまっていたのか。

 小さな声に頭をあげれば、そこには。


「なんで、んなとこいんだよ……鳴」

「……散歩よ。カイルとイサミに連れられて、ね」


 傘を二本持って、困った顔をして笑っている鳴と、カイル君とイサミが居た。




「ま、そうね。アンタだって、人間……ううん、稀人だもんね」

「何が、言いてぇんだよ」

「アンタでも取り乱すことがあるんだって驚いたような安心したようなって言うのが一つ。それと、その乱暴な口調も悪くないわねって言うのが一つよ」

「……そっかよ」


 持っていた傘を渡されるどころか、何故か鳴は射していた傘と合わせて二つを広げてカイル君とイサミの雨よけにして。


「風邪、ひくぞ」

「鏡を見て言って頂戴」


 二人並んで雨ざらしのままベンチに座る。

 思いっきり叫んだせいか耳の奥が少しマヒしていて、喉はじんじんしていた。


「わたし、ね?」

「ん?」

「やっぱり、アンタのこと嫌いなのよ」

「……俺だって。弱ってる相手にトドメをさしてくるようなヤツは、嫌いだよ」


 何が楽しくて鳴は笑っているのか。

 中々どころか初めて聞いたよ、相手に直球で嫌いとかいうヤツ。


「でもね? アンタはそれでも……うん、今でも。わたしの憧れの人なのよ」

「いみ、わかんねぇ」


 反射的に言ってしまった。

 でもそうだろう? 嫌いな人に憧れるとか意味がわからない。


「だってそうでしょ? アンタはわたしが出来るようになりたいと思ったことが出来る人だもの」

「……出来るようになりたい?」

「簡単にわたしを助けたりさ、カイルやイサミたち新選組の心を掴んじゃったりさ。何なら普段もそうよ、余裕があるって言うか……いつだって困ったように笑いながら大丈夫だよって言っちゃうし」


 大丈夫なんて言ったっけ?

 助けるってのは誘拐犯からか? ありゃたまたまもいいところだし。

 カイル君やイサミたちと心を通わせられたのは、俺が狼稀人だからだ。


「何より、そう。誰かを愛しているなんて、臆面もなく言えちゃうところね」

「……それは」

「知らないわよ、アンタがその人を愛している理由なんて。聞きたくないっていう気持ちを否定できないから、ちょっと複雑な気分になるけれど。それでも好きなものを好きと言うなんて、わたしには難しい事よ」


 嫌いははっきり言えるくせに何言ってんだよ。


「だからね? 今からトドメをさすわ」

「もう十分ダメージ与えてる自覚を持ってくれ」

「そんな憧れの人がいつまでもわたしみたいにうじうじしてるんじゃないわよ」

「……頼むから踏みとどまってくれ」


 わたしみたいにってのに大きく反論したいところだけれども。


 俺を真っ直ぐに見据える鳴の目は、真剣そのもので。


「何があったのか、なんてわからない。とっても悔しかったり腹の立つことがあったんだろうなってくらいはわかる。でも、それでも。アンタはいつもみたいに困った顔して笑いなさい」

「……憧れの人、だからか?」

「その通りよ。憧れの人で、いつか追いつきたい人で……わたしにとってヒーローみたいな人かも知れないから。そんな人がいつまでも尻尾と背中を巻いてんじゃないわよ」


 ヒーローみたいな人、か。


「……」

「もっと言ってあげましょうか?」

「言いたいだけなんじゃねぇの?」

「耳かっぽじってよく聞きなさい、一度しか言わないからね? 絶対聞き逃すんじゃないわよ?」


 スルーかよ、問答無用じゃねぇか。


 はぁ……それで、なんでございましょ?


「わ、わたしが、いつか……そう、いつかよ? もしかしたらいつかあり得るかもしれない可能性がほんの少しあるかもしれないけれど目標の一つであって、予定は未定というかなんだけれども」

「回りくどいって」

「うー……! あ、アンタみたいに! 好きだって何でもないことのようにアンタのことを言えるように! 言いやすい、言って恥ずかしくない男になれ!!」


 ……。


「バカじゃねぇの?」

「ばっ、ばかぁ!?」


 いや、バカだよ。

 ほんとうに、バカ、だよ。


「は、ははは……なんだよそれ、いやほんと、鳴、お前マジでバカだよ」

「なっ! 何回も言うなぁ!?」

「ふ、くく……はは、はははっ! あははははははっ!!」

「笑うのはもっとやめなさい!!」


 あぁ、そうだ、忘れていたよ。


「はー……腹いてぇ」

「お、覚えておきなさいよ? わたしは絶対忘れないんだからね……月夜の晩だけじゃないからね……!」


 俺にヒーロー願望があるとかそんなのどうでも良かったよ。


「ありがとうな」

「ふ、ふんっ! お礼は行動で示すべきだと思うんだけど!?」


 素子は俺の大切な人で、愛している人だ。

 その人に恥ずかしくない俺になる。それだけは揺るぎない決意だ。


 空を見ればいつの間にか朝日が昇りつつある。


「あぁ、そうだ、そうだよな。行動で、示さないとな。まずは、腹ごしらえでもするか。パンケーキ作るよ」

「……ん。そう、それで、いいのよ。それでこそ、腹立つくらいわたしが憧れを止められない、長野仁よ」

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