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第7話「狼だから」

 翌日、ディアパピーズへ新選組の皆を送ったその足で先生のマレビトムラへやってきた。

 まずはと、ハジメのレコーダーに録音していた話を聞いてもらって先生は目をつむって。


「――罠、と考えるのが普通。なんだろうけどね」

「罠だと言い切れない、と」


 少し考え込んだ後、困ったように笑いながらそう言った。


「他のレコーダーを確認してからじゃないとこれこそが本命とは言えないけれどね。ただ、黒い翼の男はきっと仁君、あるいは仁君の能力下にあるハジメ君のことには気づいていただろう」

「そんな気がしてましたけど、やっぱり、ですか」

「キミも考えただろうけど、どう考えても末端の構成員相手にする話じゃないし。何よりキミが現場にたどり着いてからの声色……いや、声質というべきかな、違うからね」


 声質?

 確かに聞き取りやすいとは思ったけれど、それは俺が狼稀人だからじゃないのか?


「平たく言えば何らかの能力を使った声色に感じるということだよ」

「稀人ならではのということですか」

「うん。信じ難いけれど、黒い翼の男は性質が全く異なる能力を複数持っている可能性が高い」


 影を穿って動きを封じる能力は味わった。

 それに、先生の言うことがそのまま真実だというのならテレパシーのような能力も持っているってことか?


「それだけじゃないよ。仁君の存在を察知したこともそうだ」

「……複数能力を持つ、そんなことが可能なんですか?」

「先も言ったけど、似ているようで少し違う能力を手にすることはできる。キミが狼、いや犬を統率する力と質感を持った匂いを嗅ぎ取り感情を把握できる能力を持っているようにね」


 にもかかわらず、黒い翼の男は人を察知する能力や羽の能力、テレパシーのような能力と全く別種の能力を持っている。


「もしかして」

「そう、だね。決めつけるのは早計が過ぎるけれど、このクスリを使用している可能性がある。何にしても関りが深いことは確かだろうね」


 降って湧いたと言えばそれなりの経緯があったけれど。

 そうか、アイツが関係しているのは間違いないか。


「落ち着きなさい」

「っ……」

「今更になるがよく我慢してくれたね。それだけに、今の仁君の胸中を想えば心苦しいがまだまだ尻尾の先に触れたかも知れない程度の段階だ。逸るのはいささか早すぎるよ」


 ……ふぅ。


「すみません」

「いや、重ねて言うが心苦しく思うよ。ひとまず、他のボイスレコーダーも確認しながら情報を精査しよう。手伝ってくれるかい?」

「もちろんです」




 先生の手伝いは夕暮れまでかかったわけだけど。


「う、うーん……おとなのせかいだ……」


 頬が熱い。

 いや、深刻になりすぎないようにっていう先生の気づかいだっていうのはわかるんだけど、ソッチ系の経験がない俺相手に詳しく言わなくていいんだよって話だよ、くそう。


「でも、改めてクスリって言っても色々なものがあるんだな」


 ついつい裏で物を考えてクスリと聞けば人間辞めますかなんてフレーズが頭に過ぎるけれど、まぁなんというか先生が言っていた幅が広すぎる分野だって言うのも頷ける。


 もちろん非合法であるもののほうが多かったしそれを良しとは思わないけれど。

 誰にも相談できない問題の解決方法として存在している面もあるんだなと知れば、むしろそんなプライバシーを盗み聞きして申し訳ないと思うものだって僅かながらあった。


「ある意味、表と裏の共存。その形の一つと言ってもいいのかもしれない」


 これも一つの共存方法なのだろう。

 表の世界だけを知っていれば敬遠して然るべきものだけど、裏を知れば……いや、稀人の世界を知れば清濁を問わなくなるのはむしろ普通のことだ。


 夢だともロマンだとも思えないが、改めて思えば今の社会って名前の歯車はそれなりに上手く回っているのかもしれないな。


「だからと言って、なんだよな。現に初音さんは今を維持することに努めていても、満足はしていないんだろうし」


 生きている以上、今よりもっとを求めるのは当たり前のこと。

 そういうものだとここ最近で強く実感したし、何より俺自身が素子ともっと幸せな生活をと望んでいたこともある。


 そんな思いが集まって、現在に至るまでに培われたバランスのようなものを不安定にしているのが今とも言えるんだろう。


「なんて、な。視界が広がっている最中だって実感はあるけれど……遠くまで見渡せるわけでもなし、か」


 先生が言っていた、何事も少しできるようになり始めた頃が一番楽しいなんて言葉が頭に浮かぶ。

 あれもこれでもできそうだと欲張って何もできなくなるなんて本末転倒も良いところ。


 まず俺が考えるべきことは素子をどうにかすることであって、それ以外に現を抜かしている場合じゃない。


「ふぅっ! よし、切り替えた――って、うん?」


 ふと、嗅いだことのある匂いが鼻をついた。


「相原、さん?」


 余程ぼんやり考え込んでいてしまったのか、赤かった空はすっかり暗くなっている。

 時刻は……もうすぐ夜の世界に切り替わるじゃないか。


「なんでこんな時間に」


 そう言えば最近は夜から忙しいだなんだって鳴が言ってたか?

 いや、そうだとしてもこんな時間に忙しいだなんて……。


「気になる、な」


 鳴の友人というフィルターを外せば彼女だってお嬢様ってヤツだ。

 迂闊にも程があるが、俺は彼女のことを何も知らない。知らなければならない立場にいるというのに、だ。


「何もなければそれでよし。むしろ何もないで欲しいわけだけど……探すか」


 匂いは近いような、遠いような。

 それでも途切れていない。まるで誘っているかのような痕跡へと向かった。




「ロジータ、ね。まったく、妙な縁があるもんだ」


 相原さんの匂いはこの貸倉庫内に続いている。

 流石に、知って見ないフリ、気づかないフリはできないだろう。


 相原さんはロジータ関係者であり、なおかつ何かしらの形で裏社会に関与している人間だという可能性を。


「はぁ。鳴にどんな顔して会えばいいんだってんだよ」


 あなたの友達は裏社会と繋がりを持っているなんて。

 あるいは考えすぎで、ロジータの関係者だけど裏と何も関係ないとか? 是非そうであって欲しいと願うよ。


 でも状況証拠がその可能性を否定寄りに示している。

 せめて日中だったのなら、ってのも不自然か。流石に相原さんが夜に配達員をしているわけないだろう。


「入り口は当然閉まってるよな。あの時みたいに周りを警備している人間もいない……なら」


 警備が敷かれるような場に向かったわけじゃないということ。

 外敵を気にする必要がないということだが、今の時刻は夜で世界が切り替わった後。

 つまるところ、明るい世界で行われることを期待できない。


 無茶をする場面じゃあないだろう、中で何が行われているかなんてわからないが、彼女自身に危険が及んでいる可能性は低い。


「むしろ、ヤバいことを起こそうとしている側……ってのは決めつけか」


 先生の情報精査にはしばらくの時間が必要だろう、裏取りに動かなくちゃならないかもしれないが、少しの間は大丈夫なはず。


「……ごめんな、相原さん」


 やっぱり俺は狼だから、白黒はっきりするまで、つけさせてもらうぞ。

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