「流石に犬を新選組扱いするのは違うんじゃないかしら」
「開口一番それはリアクションに困るな? ともあれ、急な話だったのにありがとうな」
ディアパピーズに帰ってきて、鳴の何とも言えない視線を気にしないようにしながらイサミたちの状態を確認する。
まだまだガリガリで健康状態が良いとは言えないが、少なくとも小奇麗になってもともとの凛々しさみたいなものがうかがえるようにはなった。
「別に、わたしこれでも助手だから」
「あぁ、そうだな。じゃあよくやってくれたってことで」
「ふん」
相原さんは先に帰ったのかな? 姿は見えない。
お礼にと買ってきたケーキはどうやら鳴が独占する形になりそうだ。
「いらないわよ」
「うん?」
「お礼だとか考えるのがお門違いって話よ。それに、そこら辺の店で売ってるケーキより、アンタが作ってくれるケーキのほうが美味しいもの。どうしてもって言うのなら落ち着いてからアンタが作って頂戴」
……さて?
「あによその目は。というかおでこに手を伸ばそうとしないで、平熱よ」
「お前は本当に出雲鳴かって思って」
「ぐっ……失礼なと言いたいところだけど自覚があるだけに……ぐぬぬ」
悔しそうな表情しながらも、臭いはどうにも嬉しそうでいまいち判断はつかないけれど。
「わかった。気に入ってもらえて何よりだよ、落ち着いたら作る。約束だ」
「最初からそう言いなさいっての。ま、楽しみにしておくわ」
それでいいのよと腕を組んで大きく頷いた鳴に苦笑いしつつ、改めてイサミたちへと目を向ける。
「乱暴はされなかったか?」
「ちょっと!? してないわよ!?」
悪い、ついなんというか大声あげる鳴が見たくなったもんで。
「だいじょうぶ、だ。むしろ、ありがたくおもっている」
「ならよかったよ。しばらく休んでくれって言いたいところなんだけど」
「わかっている。じんに、したがおう」
話を聞いていたのか、他のメンバーたちも立ち上がって大きく頷いてくれる。
本当は今日くらいゆっくりしてもらいたかったんだけれども、やる気になってくれているんだ自分の能力を確かめる程度になら大丈夫か。
「夜までまだ少し時間はあるか……よし、それじゃあちょっと散歩に行こうか」
「さんぽ? その、なぜかこころときめくことばだが、だいじょうぶ、なのか?」
何故か心がときめくって言葉にむしろ涙が浮かんできそうだよ俺は。いや鳴、お前が目を潤ませるんじゃない。言葉分からないだろうに、どうやって察した。
「大丈夫だよ。というか、訓練っていうのかな? その一環でもあるんだ。帰ってきてからどんな感じだったか話して、本格的に明日から動こう」
「わかった。びりょくを、つくすぞ」
頼もしい返事に思わず笑顔になってしまう、けれど。
「カイル君は鳴を守ってくれな?」
「オ任セアレ、ダ!」
カイル君、そんな自分は自分は? みたいな顔しないでくれ。
キミは鳴の飼い犬だってば。やっぱり飼い主に似るものなのかね、どうも。
翌日、改めて五反田へと新選組を連れてやってきた。
すでに皆へは目星をつけた場所へと行ってもらっている。
「今日で見つかる、と思うのは調子良すぎなんだろうけど」
考える限り、出来る限りの準備はしたつもりだ。
初音さんに頼んだ小型のボイスレコーダーを皆の前足につけて、目星の場所付近に潜んでもらう。
取引される時間は23時から0時の間と決まっているんだ、終わってから再集合して回収、録音した内容は帰ってから精査すればいい。
「うん、今のところは特に問題ないな」
感覚拡大、あるいは共有、だろうか?
こうして高めのマンションの屋上で意識してみれば、潜んでもらったイサミたちの感覚が伝わってくる。
鳴たちを陰から見守っていた時に考えた感覚を広げようとするというのは間違っていなかったと言えるだろう。
誘拐犯をカイル君たちと協力して取り押さえたときの感覚と、広げる感覚を混ぜ合わせた感じになるか。
流石に見たもの、聞いたものまで掴み取れはしないけれど、感情とでもいうのかその時の状態くらいなら十分に。
同時に、こうして能力を発揮している間はイサミたちも普通の犬よりも強くなる。
「リスクは低い、と思うけど」
悲しいかな、俺たち稀人が多くの意味を含んだ敬遠対象であるのなら、野良犬や野良猫は襲われそうになりでもしなければそもそも意識に入らない存在だ。最初から怪しむ対象にはなりえない。
盲点を突いたと言えば聞こえは良いかもしれないが、なんとも。
「妙に、思い入れか肩入れみたいになってるんだよな」
こんな能力に目覚めたんだ、この五反田中にいるだろう野良犬と感覚を繋げればいいのかもしれないが。
でも、それはできなかった。うまく言語化できないけれど、どうにも繋げられるという感覚がわいてこなかった。
「……狼は家族を大切にする、か」
不意にそんな考えが過ぎる。
身内だ、仲間だと認識し合えた相手とだけ繋げられるなんてものなのかもしれない。
「答えを教えてくれる人なんてどこにもいないだろうけど」
稀人ならではの不思議な感覚であっても、同じ能力を持つ存在がいるとは限らないわけで。
自分がそうだと思ったものを信じる以外に確信を深める方法はない。
「なら、だ」
犬と繋がれたんだ、もしかしたら人間とも、なんて思う。
まぁ、人間にこんな能力で繋がったところでどうするんだという話だが、少しロマンみたいな何かを感じなくもない。
「何にしても、まずはこの薬に関してか」
マンションの屋上から皆の感覚へと心を澄ませる。
少し緊張している様子なのはトシゾウか、逆に平静が過ぎるのはハジメあたり。
イサミに関しては適度な緊張感をもってあたってくれている様子だが、さて。
「……ん?」
感覚の起伏に乏しかったハジメが急に緊張し始めた。
余計な緊張を与えないように詳細は伝えなかったにも関わらず、となると。
「行くべきだな」
フェンスへと足をかける。
警戒したということは当たり前に警戒するべき何かに遭遇したということだ。
二重尾行の形で済めばいいんだけど、無駄に危害を加えられるのは見過ごせない。
急ごう。
「っ……」
成長したな、なんて間の抜けた考えが頭に過ぎった。
だってそうだ、ゴミ捨て場近くで身を横たえているハジメの姿を確認できたと同時に。
「――今日はどうだ?」
「へぇ。まぁ、新しいヤクっすから。繁盛とはいいやせんが、気にかけてるヤツらはいるもんで」
黒い翼の男が、売人と思わしき男と話しているところに遭遇したのだから。
咄嗟に気配を殺して物陰に潜めた自分を褒めてやりたい。
ふつふつと湧き上がってくる怒りのような感情を抑えつけられたのは奇跡かもしれないな。
「そうか。オレとしては同類が増えるのは嬉しいことだが、上はもっと早くとうるさくてな」
「そうなんで?」
「向田組だけで完結してるクスリじゃない、とだけ言っておくか」
「……さようで」
さて、どうするか。
自分の勝手に巻かれた尻尾、というか直感に従えばさっさと退くべきだ。
こうして離れて身を潜めているというのに、網というかセンサーに引っかかっているような感覚がある。
「ところでお前は試してみたのか?」
「いえ、自分は流石に人間のままでいたいんで……ってーのは失言でしたか」
「構わない。オレは確かに望んでこうなったが、稀有な例であることは理解しているし、異形の身ならではの苦悩も多少は知った。選択を強いるつもりはない」
だが、知ってか知らずか……いや、むしろ聞かせているかのような感じがする。
まだまだ裏社会に詳しいとは言えないが、薬の売人なんて末端も末端に位置する存在なはずだ。
そんな相手にペラペラと喋るってのは少し違和感がある。
つまり。
「いいん、ですかい? おれぁ、そこまで聞くつもりは」
「それを含めて構わないと言っている」
聞かせようとしているということだ。
……なぜ? 誰に?
当然そんな疑問はある。あるが、都合がいいのは事実で、情報の精査に関しては先生を頼るべきだろうし罠であろうがなんだろうが、今は情報を集めるだけ。
「知ったから処分、なんてやめて下さいや?」
「この間実験体がやらかしたのは知っているだろう? おかげで人手不足なんだ、そんなことはせんよ」
「人手不足じゃなかったら処分するって聞こえやすが」
「そうであるなら最初から言わんさ。まぁ、積極的に捌けとは言わん。周りに気を付けながらやってくれ」
そう言って黒い翼の男は去っていった。
同時に、センサーのような何かという感覚も消えていく。
「ふ、ぅ……」
緊張からの解放と同時に座り込んでしまった。
冷たいはずの地面が温かく感じられるのは、それだけ肝が冷えたってことだろう。
「じん」
「あぁ、おつかれさん。本命、かどうかはまだわからないけれど、ハジメもよく我慢してくれたよ」
座り込んでいた俺の下にハジメがやってきて、そのまま頬を労うように舐めてくれた。
「黒雨会が用意してくれたセーフハウスの場所はわかるな? ハジメは先に行って休んでおいてくれ。気をつけてな」
「わかった。待ってるぞ」
前足につけていたボイスレコーダーを回収して、頭を撫でた後に見送る。
「どういう、ことなんだろうな。素子、俺、わかんねぇや」
どうにもこうにも腑に落ちない気持ちを抱えながら。