待っている時間も悪くない。
そんな風に思えるのは成長、なんだろうか。
ふと、少し前までの出雲鳴ならどう答えるだろうかなんて考えることがある。
「まぁ、何言ってんのよの一言でお終い、でしょうけど」
「はい? 何かおっしゃいましたか? 鳴様」
「んーん、何でもないわ。それより、多分そろそろ仁の言ってたわんちゃんが来ると思うから、よろしくね」
「お任せあれ、ですわ」
ふんすと袖を捲って、お風呂セットの準備を確かめる智美に笑顔が浮かぶ。
ならやっぱり、成長かどうかはわからないけれど、変化はしたんだろうと思う。
誰かにとって好ましいのか、それとも不愉快なのか、そんなことに興味はないけれど。
あぁ、いや。
「興味はない、なんて。はっきり断じられるくらいには、成長したの、かな」
かくあるべし、なんて環境が求めたことを下らないと思えるようにはなったみたい。
誰のおかげかと言えば、未だに腹が立つあんちくしょーの顔が思い浮かぶのが嫌だけれども。
まぁ、それでも。
「それも悪くない。そうよね、カイル」
「わふっ」
お母様の死、その真相を追い求めて、何かしらの決着が着いたその暁には。
きっと、ずっとずっと未来のことを眩しく思えるようにはなるんだろう。
眩しく思った未来に向かって、躊躇いなく歩を進められるようにはなるんだろう。
「っと、アレ、かな?」
店先で待っていれば……まぁ、うん。
取り繕う言葉も思いつかない程にボロボロ、汚い犬の集団がこっちに向かってくる。
「ぐるる……」
「大丈夫よ、カイル。仁が何かしらした子達だもの。ちゃんとお利巧さんよ」
見た目はまさに汚い野良犬だったけれど。
距離が近づいてくるにつれて、その目に宿っている光が澄んだものであることが伝わってくる。
「そ、その、鳴様? 本当に、大丈夫、でしょうか?」
「あんたまで何よ。大事にするんでしょ? まずは受け止めることよ」
怯んでしまったのか、まぁ仕方ないかも知れないけれどね。
「……こんにちは。ディアパピーズへようこそ。あなた達が仁の言っていたお客さんかしら?」
「……」
目の前にまでやって来た群れのリーダーらしきわんちゃんへと腰を落として目を合わせる。
伺えたのは敵意、かもしれない。それでも目を逸らさないことが我慢して歩み寄ろうとしてくれている証明だ。
「わふ」
「……ぐる」
リーダ犬が一つ小さく吠えれば、後ろにいたわんちゃんが……手紙? 口に咥えていた紙を向けて来た。
「えぇ、と?」
『お疲れさん。重ねて急な仕事を頼んで悪い。見ての通り野良犬だ、皆弱ってるからしっかり食わせて休ませてやって欲しい。名前は新選組にあやかってリーダーをイサミ、茶色の毛並みで二枚目なヤツがハジメ、小柄だけどなんとなく賢そうなヤツがトシゾウで――』
「わかるかっ!!」
「わふっ!?」
「皆汚れに汚れてて毛並みもクソもあるかっ!! ていうかアンタのフィーリングに理解を求めるなっ!!」
「きゃんっ!?」
あぁもう! さっきまでの気分が台無しよっ! ええいもうこうなったら!
「智美っ!」
「は、はいっ!?」
「お風呂! 行くわよっ! 洗いに洗って立派でかっこいい姿を取り戻すっ!!」
「ひゃわっ! は、はいぃ~!!」
わかったわよ! ちゃんとアンタの思った見た目通りに仕立てあげてやるわよっ!
ふ、ふふ、見てなさい? 資格なんて持ってないけど、趣味で培ったわたしのトリミング技術、見せつけてくれるわっ!!
「カイルッ!」
「ワンッ!」
「皆を案内するっ! ちょぉっとぐらい手荒な案内しても構わないからねっ!」
「わおぉんっ!」
「きゅ、きゅふぅ……」
「はう、あう、あぁ~……」
やってやった、やりきってやったわ。
洗いに洗って、切りに切って、できましたともご注文の通りの皆々様。
目を回してみんなと一緒に崩れ落ちてる智美は放っておくにしても、うん。我ながらいい仕事をしたわね。
「ぐる……」
「うん? えぇと、確か……イサミ、だっけ? どうしたの?」
本来の姿、というか整えてみればまぁ近藤様に倣ったという気持ちもわからないでもない。
他のわんちゃんたちが目を回している中で、この子だけが最後まで我を保って、冷静なままでいていた。
強い子で、気高い子だ。
「わんっ」
「……ふふ、良いのよ、お礼なんて。でもそうね、お礼を言ってくれるのなら、その目をもうちょっと可愛くして欲しいわね」
一鳴きして頭を下げてきた。
何と言うか人間慣れしてる、なんて言うのかな。
いい意味でも、悪い意味でも。簡単に心を許してくれるような子じゃあないんだろう。
今だってそうだ。
彼なりの義理、だろうか。
礼をすべきだと思ってはくれたんだろうけど、信頼はしないなんて、尻尾の一つも振らずにさっさと他のわんちゃんのところへ行っちゃった。
「ぐるる……」
「いいのよ、カイル。多分、あの子の仲間はあそこにいるワンちゃんたちだけで……飼い主ってわけじゃないだろうけど、あえて言うのならリーダーは仁なんだろうから」
口にして思う。
仁は、あんな誇り高い子に認められたんだなって。
一体何をどうしたんだろう。
きっと、簡単じゃなかったはずだ。それこそ、少し帰るのが難しいと言って出てから一週間ほど。
電話があったのは昨日で、まさしく昨日彼らと出会って心を許されたのなら。
「嫉妬しちゃうくらい、犬の……うぅん、誰かの心を掴むのが上手いんだから、もう」
掴まれつつあると自覚しているだけに、悔しいとも思う。
きっと、具体的にどうしたのかなんてわからないけれど、真正面から素直にぶつかったんだろう。
痛い思いも、もしかしたら怖い思いもしたはずだ。野良の世界に想像は及ばないけれど、それくらいのことは想像できる。
「カイルも、仁のこと好きだもんね」
「わうっ!」
カイルだって、仁の名前を出せば尻尾を振る勢いが増す。
智美だって、犬じゃないけど仁のことを話す時はいつもより色めき立つわけで。
「わたしも、そうだったら……うぅん、イヤなような、仕方ないような……はぁ、複雑ね」
一旦そこを考えるのは止めましょう。
何にしても、どうして急に野良犬の保護……保護? いやまぁ保護活動紛いのことをしだしたのかだ。
仁の仕事に深入りをしてはならないのはそうだけれど、想像して考えることくらいはいいだろう。
「仁は、この子たちを新選組に倣ってと言った。そして、仁は新選組に惹かれていた」
惹かれての内訳はわからない。
けれども、新選組の何かに対してそれだと言わんばかりの反応を示していた。
「それに……あの時のカイル達の様子……」
仁に率いられていたとでも言うのか、あるいは統率されていたというべきか。
多分、わたしには理解できない稀人としての力が発揮されていたんだと思う。
もし、この子たちが、あの仁の力を受けるお皿として選ばれたのなら。
「はぁ……確かに、元は浪人崩れの武士とも言えない身なりの人たちだとは言ったけど、さぁ」
徳川にでもなる気かってのよ。しかも時代的にヤられ側だってば。
「まったくやれやれね。けどまぁ……悪くない、か」
仁が何をしようとしているのかはわからない。
それでも、何故か仁の下で槍働き……いや、犬だから何働きになるんだろう? 犬働き? 字面が悪い。
何にしても、仁と一緒に格好よく戦っている姿って言うのが不思議と想像できる。
「カイル」
「わふ?」
「負けて、られないわよ!」
「??」
何に負けてられないのか、言ったわたしにもよくわかっていないけれど。
それでも、負けていられない。とりあえずは。
「ほーらっ! 目を回してばたんきゅーはその辺にして! ご飯にするわよっ!」
皆に元気、つけてもらわないとねっ!