「くすり?」
「ああ、そうだ。俺は今、この薬の出どころを追っているんだ」
ガツガツと用意した料理が減っていく光景はやっぱり満足感があった。
リーダー犬の彼も、分厚い肉を食べながらではあるが、真摯に俺の話へと耳を傾けてくれている。
「それを、てつだってほしい、と?」
「あぁ」
「だが、われらはただのいぬ、だ。いや、むしろけぎらい、されておわれてしまう、のら、だ。それでも、できるもの、なのか?」
少しは、というより随分と心を開いてくれたことが嬉しい。
そう言ってくれるということは、力になりたいと思ってくれている証明に他ならないから。
「なに、わらってる?」
「いや、うれしいなってな」
「?」
どうにも理解が及ばないのか、可愛らしく頭を傾げてくれるけれど……そうだな。
「イサミ」
「い、さみ?」
「あぁ、今決めたキミの名前だ。新選組って知ってるか? 昔の武士、剣客集団でな。ものすごく強いんだぞ」
「ぶ、ぶし? けんかく? ま、まぁつよい、のなら、いい、な」
仲間と言ってくれた彼だ。
だったら名前だって付けて、呼び合おうじゃあないか。
「仲間と言ってくれてありがとう。キミは、キミ達は俺の新選組だ。できるかわからないことを頼んでいる自覚はある。あるけれど、できるようにして見せる覚悟がある。だから、今日これから、俺を信じてくれないか」
そうとも、普通の野良犬たちには難しい事だってのは重々承知している。
だが、俺の指揮下とでもいうのか、俺の能力下にいてくれたのならば。
「じん」
「うん?」
「さっきいった、とおりだ。おまえは、なかまだ。なかまとは、むじょうけんに、しんじる、しんじられるあいてのことをいう。なんでもいってくれ、とりひきなんていらない。われは、われらは、おまえにこたえよう」
食べかけの肉を地面に置いて、しっかりお座りをしながら、俺の手の甲へとお手をして。
「ぷっ」
「な、なんだ、なにか、おかしかった、か?」
「いいや、嬉しいよ。そうだな、取り引きなんて要らないか。じゃあ、俺もそうしよう。俺は君達を無条件に信じる。そして力になるって約束するよ」
「あ、あぁ。ありが、とう」
何処となく照れたようにそっぽを向いた後、誤魔化すように再び肉へと噛り付くイサミはちょっと可愛い。
ちょっと鳴に似ているかも知れないと思うのはどうだろう。イサミか鳴の、どっちに失礼だと思うべきかな?
「とりあえず、皆ボロボロだ。まずは俺の店で身体の手当てをして、活力を取り戻そう」
「じんの、みせ?」
「ドッグカフェって言ってな。皆でお客さんをおもてなしする喫茶店だよ」
「……じん。われらはおまえをなかまだとみとめたが、ほかのにんげんをみとめたつもりはないぞ」
もっともだ。
むしろ認めた俺が認める人間も認めろなんて、前言を翻す行為他ならない。
しかしながら。
「確かにそこには俺以外の人間がいる。いるが、犬だっている。人間の言うことに従わなくても良い、まずは他の犬と話してみて、それでも難しいって思うなら俺がちゃんと世話するよ」
「むぅ……」
「悪い。けど、皆に動いてもらうための準備が俺にもあるんだ。後だしで悪いけど、あんまり時間もない。頼むよ」
「……まぁ、いい、だろう。おまえがみせてくれた、ちとかくごにむくいよう」
俺を信じたということは、誰かを信じたいと願っている部分が心の奥底に眠っているということだ。
今回のことをきっかけに、今までよりも少しだけいい明日を期待できるようになって、少しだけ明るい世界で生きて欲しい。
「頼んだ。場所は、教えるから」
「しょうち、した」
最後にイサミの頭を軽く撫でて笑いかければ、やっと尻尾を振ってくれた。
「うーん」
イサミ達を見送って、改めてボロボロになった自分の身体を見る。
流石にこの姿で街を歩くなんてことはできないだろう、不審者みっけ、おまわりさーんでお終いだ。
「……こういう形で、頼りたくはなかったんだけど、なぁ」
こっそりと人目を避けながらシープヘッドの前にいる俺は、血塗れであろうがなかろうが立派な不審者だよねってもので。
ここまで来たのなら腹を括って迷惑をかけてごめんなさいと素直に言うべきなんだろうけども、どうにも……なぁ。
「や、やっぱりイサミ達と一緒に戻るべきだった、かも?」
あぁだこうだと考えながら、自分の不審者っぷりにどんどん拍車かけていく、なんとも情けない俺です、どうも。
「そ、そうだ。コインランドリー、とかあるよな? せ、せめてこの服、くらい――」
「だらっしゃあああっ! いーつになったら入ってくんだよカク! てめぇはよ! 良いからさっさと入ってこいやぁっ!!」
「えぁっ!? ぎ、ギンさんってちょっとうわあああっ!?」
バンッ! と目の前の扉が開いて。
開いた先から現れたギンさんに問答無用と首根っこを掴まれズルズルと。
「え、えぇ……?」
「稀人……? え、なんであんな血塗れのボロボロ?」
「やぁん、でもちょーイケてない?」
「お、おう。イケメンじゃん」
やだ、もうお婿さんに行けない。
ごめん素子、やっぱりくらぶって怖いところだ。肉食獣がいっぱいいるし、こんな恥かいちゃったよぅ。
「ったくテメェはよ! 監視カメラってのをしらねぇのか! んなかっこで店の前、カメラに映ってウロウロしてやがんな!」
「す、すみません」
「つーか遠慮してんじゃねぇよ! そっちのが気分ワリィってんだ! オレ様とテメェの仲だろうが! 何があったかしんねーが! 困ったときくらいはしっかりばっちり頼って来やがれ!!」
「……は、い」
あれ? ヤバい、泣きそうだ。
「……ワリィ、イテェよな? んな相手にきちぃこと言ってる場合じゃなかった」
「い、え……いえ、全然、痛くないです。むしろ、すげぇ、あったかくて、気持ちいいです」
俺、この人に何かしたっけ?
なんで、こんなに優しいんだ? 俺だぞ? 稀人だぞ?
しかも、一方的に妙な親近感覚えて慕ってる、気持ち悪い稀人だぞ?
だって、言うのに。
「はぁ……気持ちいいってなんだよ、キメェ野郎だ」
「へ、へへ……ごめん、なさい」
呆れたように言いながら、乱暴な手つきでスタッフルームのイスに座らせてきたギンさんが笑った。
「まぁ、なんだ。あン時も言ったがよ、オレ様は稀人のフツーってやつはわかんねぇ。わかんねぇが、テメェはキンの客で、他のヤツとはちょっとちげぇ客だ。そしてオレ様にとっちゃ、ダチのダチっつーか……あぁもう、とにかく! 困ったときは頼れ!」
「はい。ありがとう、ございます」
慣れない手つきで救急箱から消毒液を取り出して。
「い、つつ」
「ガマンしろや、つくモンついてんだろ」
「は、い」
言葉通りってそう言う意味じゃないよと思わず突っ込んでしまいそうな、遠慮ない消毒液のぶっかけ具合に苦笑いが浮かぶ。
それでも、やっぱり温かい。
この人が何か困ったときには、絶対に力になろう、なってみせると心に刻んだ。
「――やぁっぱ、ブカブカだな。ワリィ」
「いえ、ありがたいです」
着ていた服はボロボロになってしまったからと、ギンさんの服を貸してくれた。
体格差があるから、何かを間違ったか勘違いしたかなラッパー風味の風貌になってしまったけれど、悪くない。
「んで? 見たとこ、野犬にでも襲われたか」
「襲われたというか、襲われに行ったというか」
「……はぁ。やぁっぱ、オレ様に稀人ってヤツは理解不能だわ」
言葉にしてみればバカらしい話で、呆れられてしまうものだが、ギンさんは苦笑い一つで終わらせてくれた。
「まぁイイ。とりあえず、熱とかには気をつけんだぞ? 野良はやっぱ汚ねぇのには違いねぇからよ」
「はい。ご心配かけてすみません――って、うわわ」
その上、頭まで撫でてくれた。うん、ヤバイ。ちょっと惚れちゃいそうだ。静まれ、俺の狼さん!
「んじゃ、気をつけて帰れよ」
そう言ってニカリと笑って店へと戻ろうとするギンさん、だけど。
そうだ、もしかしたら。
「あ、あのっ!」
「あん?」
クラブってところは未だによくわからない。
それでも、ちょっとワルいことが起こるような場所っていう印象はある。
「五反田で……その、アブナイくすりとかがどうのって、何か知ってませんか?」
「……テメェ」
「お、俺が使いたいわけじゃないですよ!?」
「……はぁ。ンなこと疑ってねぇよ。見りゃわかる」
……素子、この人と結婚しない? 俺、この人オヤジって呼びたいカモ。
「知って、どうしたい」
「……追わなきゃ、ならないんです」
仕事だ、とは言えない。
もしかしなくても勘づかれてしまうかもしれないけれど、この人とはこの距離感が良いから。
「結論からいやぁ、まぁ知ってる。聞いた程度、だがな」
「教えて、貰っても?」
「カク。ヤクってのはやべぇ界隈だ。んなとこ突っ込むのは、野良犬に噛まれる程度じゃ、済まねぇんだぞ?」
「承知の、上です」
じっと、ギンさんの目を見据えて言う。
ギンさんとの関係を変えたくはない、ダメな奴とも思われたくない。
それでも、それ以上に俺はこの仕事を進めて、もっともっと闇深い世界に足を踏み入れなければならないから。
「……23時、日が変わる一時間前。おピンクな店の裏一帯はそういうヤクのやり取りが交わされるってナシだ」
「ありがとう、ございます」
「カク。面と向かって言うのは恥ずいがよ、オレ様はテメェともっと仲良くなりてぇと思ってる。だから、ちゃんとオレ様と会えるままのテメェで居ろよ?」
「……はいっ!!」
あぁ、やっぱりこの人、大好きだ。
大丈夫、その言葉だけで、俺はこの陽だまりに踏みとどまれます。
「じゃ、気をつけてな」
「いってきます!」