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第12話「信頼関係」

 マレビトムラにやってきて、子供に手を引かれて一室へと案内されれば。


「おー、いらっしゃいにゃしよ、仁」

「無事で何より、って言える姿だったならよかったんだけどな」


 ベッドの上で包帯ぐるぐる巻きにされた真紀奈がいた。

 なんかこう、不謹慎と思うけどここまで見事なミイラっぷりを見せられると逆に安心してしまうな。


「ちゃんと無事にゃしよ。ちょぉっとしばらく身動きは取れにゃいけど」

「そっか」


 ひとまずベッドの隣に置いてあったイスに座って、近くのテーブルに買ってきたリンゴを置いておく。

 人間より遥かに優れた治癒能力を持つ俺たち稀人でしばらく動けないって話なら、一般的に言えば相当な重症だったんだと思っていいだろう。


「ごめん、な。それに、ありがとう」

「にゃ?」

「いや、あの時真紀奈が来てくれて良かったって、思ったんだ。結果的にだし、虫のいい話だとも思うけど、助かったよ」


 冷静になってから、考えた。

 真紀奈が居なかったのなら、間違いなく俺は翼の男へと戦いを挑んでいただろう。

 その勝敗は別としても、カイル君や鳴たちはそのまま連れ去られて今頃どうなっていたかを考えればぞっとする。


「……まったく、仁はちょっと優しすぎるにゃ」

「優しい? 俺が?」

「そうにゃしよ。これでもあちき、仁に怒鳴られる覚悟をしていたにゃ。どうして邪魔したんだって。だからちょっと拍子抜けにゃしよ」


 流石にそんなことしないと言いたいけれど。


「わかってるにゃ、怒鳴り散らかしたい気持ちがあるくらい。でも、そうしにゃい。理性的であろうって、あちきを慮ろうとしてくれている。それが、優しいって言ってるにゃ」


 お見通し、か。

 やっぱり真紀奈は俺に比べたのなら圧倒的に大人、というよりは裏社会を多く渡ってきた先輩なんだと実感した。

 多分、俺がここで怒鳴り散らかしていたとしても、同じく笑ってごめんとだけ言って終わらせてくれていたんだと思う。


「にゃから……そんにゃ仁にご褒美をあげるにゃしよ」

「ご褒美?」

「あちきの秘密、教えてあげるにゃ」

「秘密って――ちょっ!?」


 着ていたカーディガンをするりと脱いで、真紀奈は羞恥の欠片もなく身体中に巻かれた包帯を解いて――


「ちゃんと、見るにゃし」

「いや見るとか見ないとか!」

「仁は怪我人に欲情するやべーやつにゃ?」

「うぐ」


 信頼と言えるのだろうかそれは。

 ともあれそこまで言われたのならと背けていた顔を前に戻せば。


「――え」

「どう、にゃし?」


 恐らく、あの時の俺と同じように羽が突き刺さったんだろう小さい裂孔が。


「なん、で」


 全然治癒が進んでいない状態で無数にあった。

 俺で一日もあれば動くのにほぼ支障がない程度には回復したんだ、稀人によってある程度の差があるんだとしても、これは……あんまりにも、遅すぎる。


「仁、落ち着いて聞くにゃしよ? ……あちきは、稀人じゃあにゃい」


 ドクンと、心臓が大きく跳ねた。

 もしかしたら、少しだけ頭に過っていた答えだったのかも知れない。


「は、い?」

「猫。あちきはただの猫にゃ。どうしてこんにゃヒトか猫かわからない姿をしているのかわからにゃいけれど。猫にゃしよ」


 背中を見せたまま、顔だけを俺に向けて、悲しそうに。


「どう、いう」

「猫だった時の視線の高さを覚えている、母猫の温かさを覚えているにゃ。そして、飼い主だった人の優しい顔も、確かに記憶してるにゃ。この記憶がウソじゃにゃいにゃら、あちきは確かに猫だったにゃしよ」

「……」


 嘘を言っている雰囲気でも匂いでもない。まさしく……いや、少なくとも真紀奈にとっては自分が猫だったことは真実なのだろう。けど、何で今そんな話を俺に?


「信じられないって顔してるにゃしね」

「……ごめん」

「気持ちはわかるにゃ。けど信じてもらうもらえにゃいは、いっちゃ悪いにゃしがどうでもいいにゃしよ」


 言葉通りわかっていると少し笑って、真紀奈はまたカーディガンを着た。


 少し、落ち着こう。

 あり得ないという考えは思考停止でしかない。

 真紀奈が事実を述べているとして、何でそれを俺に打ち明けたのかこそが重要だ。


「まったく、ほんと仁は優秀だにゃ。もうちょっと真紀奈ちゃんの柔肌に感動するべきじゃにゃいのかにゃ?」

「色んな意味でドキドキはしてるってことで、許してくれ」

「ふふ。そのにゃかの一割でも、あちきが望んだドキドキがあるにゃら許すにゃしよ」


 ポイントは、そう。

 ただの猫がこうして稀人に、あるいは人間に近しい存在になった原因があるということ。

 そして、ここに来るまでに初音さんから聞いた、人為的に人間へと稀人の能力を付与する手段があるかもしれないということだ。


 この二つが無関係であるわけがない。

 いや、そうだと決めるのは早計だって気もするけれど。


「……もしかして、だけど。だから・・・誘拐事件の調査を?」

「そこまで正義の味方みたいにゃのをするつもりはにゃいけどにゃ。でも、半分はそういうことにゃしよ。もしも動物を誘拐していた理由が、あちきみたいな存在を作ろうとしているからにゃら。そう思ったら、にゃあ?」


 言う通り半分は、正義感と言うか真紀奈の善性みたいなものなんだろう。


 なら、もう半分は?


「相原智美。あの子はあちきのご主人様だにゃ」

「ま、じか」


 驚きと腑に落ちたって気持ちを両方味わうことになるとは思わなかったよ、まったく。


 半分、どころかほぼ全ての理由は彼女にあったと思っていいだろう。

 相原さんが居たから、あの場にいて、俺を手助けしたということだ。

 もっと言えば、相原さんがディアパピーズに顔を出すようになったから、俺の手助けをすると決めたのかも知れない。


「仁ならわかってくれるって信じたあちきに乾杯にゃ。あと、言うまでもないかも知れにゃいけれど」

「同情するなって?」

「よくできました、にゃ」


 無茶なこと言う。

 けれど、そうだな。可哀そうなモノを見る目ってのは、結構辛いもんだから。


「……あちきの生きる目的は、猫に戻ってご主人様のところに戻ることにゃ」

「そりゃそう、だよな」

「バイバイも言えにゃいままに、こうして猫なのかにゃんにゃのかわからにゃいあちきににゃった。もう一度飼い猫に戻れるかにゃんて関係にゃい。あちきは、もう一度正真正銘ただの猫として、ご主人様に会いたいのにゃ」


 重ねて、だからなんだろう。

 真紀奈がこうして裏社会に身を置いているのは。

 どういう手段であろうとも、ただの猫を稀人みたいにするなんて非合法も良いところの話だ。

 なら、手がかりでもなんでも、あるとすれば裏社会にしかないのだろうから。


「改めて、にゃしが。仁の邪魔をしちゃって悪かったにゃし。あちきが相対したのは白い翼の男だったにゃしが、間違いなく仁が追っている男に繋がる……うんにゃ、そのものだったのかもしれにゃかった。けど、あちきはともちゃんの日常を守るって言う自分の優先したいことを仁にやらせたにゃ。それは、事実にゃしよ」


 ぺこりと頭を下げてきた真紀奈を前に、大きく深呼吸をした。

 息を吐いてみれば整理したと思っていた胸の中にあった複雑な感情が消えてくれたような気がする。


「いや。結局良い落としどころに辿り着いたんだと思う。完全に不意を打たれたし、あそこからどうのって言うのは難しいじゃ済まなかった。何より、目の前にあった天秤を完全に傾けてくれたのは真紀奈だから。やっぱり、ありがとうだよ」

「……そう言ってもらえると救われるにゃ」


 ほっとしたように少しだけ笑ってくれるけれど。

 お互いにすっきりしましょうだけのためにこの場を設けたわけじゃないだろう。


「真紀奈」

「……にゃふふ。そう、あちきがこの話をして一番期待していたのはそれにゃしよ」


 手伝う、なんて言うのは烏滸がましいってもんだろう。

 それにあの男は誘拐をバックアップするかのように俺たちの前へと現れた。

 何かしら関与があるということだ、状況証拠に過ぎないがこの動物誘拐事件はもっと大きな何かに繋がっていて、大きな何かには黒い翼の男の影がある。


 だから、あえて言うのであれば。


「ん。真紀奈ちゃんが動けない間、ともちゃんのことは頼んだにゃしよ」

「任された」

「なら、動けるようになってから。黒い翼の男について、あちきも調べるにゃ」

「あぁ、頼んだよ」


 取引と言うべきだろう。

 信頼できる、信用できるは関係ない。

 今この場で俺と真紀奈は一種の同士、協力関係を結ぶことが出来た。


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