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第10話「横並び」

「うぐ、う、うぅ……ひ、ひどい目にあったわ」


 車の中で稀人に押さえつけられていたカイルたちが急に手を跳ねのけて暴れだした。

 何が起こったのかわからないままに、運転手がハンドルを操作できなくなって、壁にぶつかった。


「むち打ちにでもなったらどうしてくれ――っ!?」


 横転した車から何とか抜け出して、期待通りの姿に向かって文句の一つでもと口を開こうとした、けど。


「そう言ってくれるなよ、出雲鳴。無事で何よりだ」

「う、ぁ……」


 あれは、本当に長野仁なのか。

 思わず目をこすった後に二度見してしまう。


「く、くそっ!」

「てめぇ! 稀人なのにオレらの邪魔すんのかよっ!」


 雰囲気が、全く違う。

 傍で命令を待つように侍るカイルたちを率いて、誘拐犯たちと相対する長野仁から漂っている空気は、普段の穏やかな彼からは想像もつかないほど、鋭い。


「稀人なのに? なんだ、俺たち稀人は知らない間に犯罪許可証でも発行されてたって?」

「て、てめ――」

「んなわけねぇよな? まぁ……仮にそんなものができたとしても、同じことだけど」


 あぁ、いや、うん。

 わかって、いたし、わかっているし、わかった。


「同じことだぁ!? はっ! てめぇにゃあわからねぇんだろうよ! 人間サマに拾われて尻尾フってりゃおまんまにありつけるだろうてめぇにはよ! なんの苦労もしてねぇ駄犬がイキってんじゃねぇ!!」

「否定はしない。俺は確かに傍から見りゃ世間知らずで人間に尻尾振ってるだけのガキだろうからな」


 彼は稀人、狼の稀人で、わたしはただの人間だ。そもそも種というもの自体に壁がある。

 それでも無理やりにでもこう・・したのなら助けてくれる、なんて甘えていたんだと実感した。

 そして今更こんなことになってようやく、彼に甘えたいと思っている自分を受け入れることが出来てしまった。


「ならっ!!」

「人間と対等、横並びになりたい、あるいは上に立ちたいって気持ちはわかる。俺だって思ってる。けど、悪人や犯罪者として肩を並べてぇなんざ思っちゃいねぇし、理解できねぇんだよ」


 どうしてこう、いちいちわたしの心を擽ってくるのか。

 長野仁と同じように鋭い目つきをしたカイルたちを従えるように立ち、ようやく立ち上がった誘拐犯たちを睨みつける。


 くそぅ、本当に腹が立つ。

 なんであんなに、格好いいのよ……!


「くっそ、だらぁあああっ!!」

「お、おいっ!?」


 何を怒っているのか、突っ込んでいったのは猪稀人、かしら?

 すごい勢いね、まるでトラックかダンプカーだ。わたしにまで力強さが伝わってくる。


「って! 仁っ!?」


 そんな相手に長野仁は何をするわけでもなく、ただその場に突っ立っているだけで。


「ふ――」

「え、えぇ?」


 ぶつかった、なんて思った瞬間、猪稀人が地面に倒されていた。


 な、何が起こったの?


「いつつ、やっぱ先生ほど上手くはできないか。けど、三段まであと一歩だな」


 少しだけ顔を顰めながら手をぷらぷらと。

 倒された猪稀人はうめき声をあげるだけで立ち上がれなさそう。

 というか、ただコケさせたってわけじゃ、ないのかしら? お腹も押さえているけど。


「て、めぇ……」

「どうする? 大人しく捕まってくれるなら痛い思いをしないで済むと思うけど?」


 こういうことに詳しくないわたしでも、わかる。今、目の前で格付けみたいなものが終わった。

 じりじりともう一人の……何の、稀人だろう? 獣の耳も尻尾もない外見からは想像がつかない。

 それでも逃げ腰になっているのは十分にわかった。バレないようにするのも無理なのか、視線がきょろきょろと逃げ道を探している。


「一つ言っておくけど、俺は見ての通り狼稀人だ。あんたの匂いは覚えたし、何ならこうして追跡されて追いつかれたってことからもわかるだろうけど……逃げるのは、悪手だぞ」

「ち、ぃ!」


 追い詰められた、というよりは腹を決めた、かしら。

 改めて長野仁を睨みつけて、腰を落としたもう一人の稀人が戦闘態勢をとった。


「……へ、へへ」

「なるほど? 考えがあるようで」

「そりゃ、こんだけ見せてくれたなら、なぁ?」


 見せてくれたら? どういう……あぁ、そうか。

 外見から何の稀人かわからないということは、一つの武器なのね。

 確かに、長野仁は何の稀人か見ればわかるし、何ならどういう制圧の仕方をするのかだって見せてしまった。


っ!!」

「お? フルネームで呼ぶのは終わりか?」

「んなっ!? ば、バカ言ってないで大丈夫なの!?」

「さぁ?」


 さぁ、って!


「そう心配するな。どういう手段があろうと、コイツに残ったピースはあと二つだけ。そしてどちらを選ばれても、問題ないよ」


 うぐっ……呼び捨てにされて心臓が跳ねた。こんな時、なのに……!

 あぁもうっ! なんか嬉しそうに微笑んでくれちゃって!! 腹立つ! はーらーたーつー!!


「ほ――」

「ほ?」

「――ほざけぇっ!」

「……え?」


 間抜けな顔をしていただろうわたしに向かって、男が突っ込んできた。


 なんで? なんて思ったけど、当たり前だ。

 この場で誰よりも弱いけれど、誰よりも都合よく扱えるのはわたしだもの。

 そりゃあ、人質にって考えるのも、当たり前だ。


「いや――って、えぇ?」


 身が強張って、勝手に悲鳴が口から洩れそうになった瞬間に。


「ガウッ!!」

「な――い、いってぇぇええっ!?」


 いつの間にか、じゃあない。

 仁の傍で待機していたカイルたちが、一瞬で男に噛みつき、組み伏せた。


「そう、問題ない。アンタが何の稀人であろうと残ったピースは破れかぶれで俺に突っ込んでくるか、鳴を人質に取るかの二つだけ。俺に来るなら猪のおっさんと同じ結末だったし、鳴に行こうとすればこうなるわけだ」

「うぐ、ぁ」


 ……あれだけ、距離があったのに。どういう、こと?

 カイルたちに何が起こっているの? よく見ればいつもと少し目つきが違うような気もする。

 まるで、誰かに操られているかのような。


「さぁ、改めて、どうする? これで狩りの時間は終わりにしてもいいが、それはアンタ次第だ」


 狩りの、時間。

 もしかして……うぅん、そうとしか考えられない。


「わか、った。大人しく、する」

「いい判断だ。よし、みんなお疲れ様、もう終わりだ」

「ワンッ!」


 仁の言葉に従って、男から離れていくカイルたちの姿を見て確信した。


「……ねぇ」

「うん? ちょっと待ってくれ。連絡しなきゃいけないから」

「一言だけ言わせなさい」

「お、おう」


 仁がカイルたちを統率したんだ、その結果あんな動きをしたんだ。

 狼は群れで狩りをするから、群れで狩りをすることで最高のパフォーマンスを発揮するから。


「カイルは、わたしの飼いだってこと、忘れないでよね」

「ったく。あぁ、悪かったよ、鳴」


 八つ当たりなのか誤魔化しなのか。

 わたしの一言を聞いた仁は、わたしが甘えた時に見せてくれる困り笑いをしてくれた。




「……ねぇ」

「うん?」


 何処かに仁が電話をしてすぐ。

 それこそ5分と経たない内に黒服に身を包んだ稀人らしき人がやってきて、誘拐犯たちを引き取っていった。


「なんでこうなってるのよ」

「そりゃ鳴が足を怪我してたからだろう」


 そこで気が抜けたのか、ずっと訴えていたんだろう足の痛みに力が抜けたわたしは今、仁の背中で居心地の悪さに耐えている。


「別に、歩けるんだけど」

「無理するなっての。歩けるかもしれないけど、傷が開いたらダメだろう?」

「周りの目が気になるって言ってんのよ!」

「痛みを我慢出来て周りの目を我慢できない理由がわからないな」


 心の痛みのほうがつらいでしょって話なのよ!

 あーもうっ! 本当に腹が立つ!


「痛い痛い痛い、耳を引っ張るな耳を。というか暴れるな、落としちまうって」

「ふんっ!!」

「響くからでかい声も出すな。というか余計に目立つぞ」

「うぐっ」


 周りを見ればどことなく微笑ましそうな……ってわけでもないか。

 そうだ、仁は、稀人だから。わたしが何かされたんじゃないかとか、そういう意味で心配そうな、怪訝そうな目を向けられている。


「ディアパピーズまでもう少しだから。それまで悪いな、戻ったらちゃんと手当てもするからな」

「……ん」


 こんなに、優しい声を持っているのに、大事にしてくれるのに。

 ええ、そうよ。居心地の悪さは周りのせいだ。仁の背中ここは、とても温かくて居心地がいい。


「ねぇ」

「今度はなんだよ」


 それでもつい喋りかけてしまう、甘えてしまう。


「アイツら稀人、だったけど。えと、その」

「なんだ?」

「容赦、ないのね?」


 こんなこと、今聞くようなことじゃない。

 それどころか、もしかしなくても仁だけじゃなくて、稀人にとっての地雷だって可能性は高いのに。


「容赦ない、か。じゃあ鳴はあの誘拐犯が人間だったのなら見逃すとか、そういう手心を加えていたか?」

「そんなことしない、けど」

「それと同じだよ、同じであるべきだと俺は思うんだ。確かに俺たち稀人はイヤな特別扱いを受けていて、悪事に手を染めるとか、不道徳を日常として甘んじて受け入れているけど。だからこそ、な」


 こうして正面から、わたしの言ってほしいこと、夢描いたことに形を作ってくれるから。


「そ、っか」

「そうだよ。自分で舞台から降りたくせに、誰々が悪いと自分以外のせいにしようとするなんて、滑稽だし格好悪いだろう?」

「……ん、そうね、そう、だよね」


 だから、コイツは格好いいんだ。


「う」

「う? どうした? 足、やっぱり痛いか?」


 か、顔が熱い……!

 まずい、本当にまずい。

 何か自覚しちゃダメなことを実感しそうになったわ、今! わたし!


「ん、わかったちょっと辛抱しろよ?」

「えぁ? ちょっ!?」


 ぐんっと引っ張られる感覚に、慌ててしがみつく力を強くすれば、原っぱみたいな匂いが広がって。


「は、速い速い速いっ!?」

「悪いっ! すぐに着くからな!」

「ひゃあああああっ!?」


 堪能する暇もなく、ディアパピーズへとたどり着いてしまった。


 堪能? し、したいなんて思ってないんだからね!?

 で、でも、そうね、とりあえず。


「――ふっ」

「……ぶ、無事に帰ってこられたことを嬉しく思いたいのですが。な、なんでしょうか鳴様? その、勝ち誇ったかのようなお顔は」


 うん、ちょっとくらい、すっきりしても、いいわよね。

 ごめんは言わないわよ、智美、さん。

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