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第7話「新生活」

 改めて、だが。

 相変わらず客が来ない店内で、沖田総司の三段突きについて調べているんだけど。


「三段突きと言っても、色々あるんだなぁ」


 こういったものではないか、という推論だったりを元に達人が再現を試みているみたいな動画はかなりあった。

 たとえば解釈の一つとして、突いて引いて突く。実際に突きとして数えているのは二回だが、この一連の動作を三段突きとして扱っているものであったり、狙う個所を変えた三連続の突きであったり。


「どれを見てもめちゃくちゃ速いってのは共通してるんだけど」


 それこそ稀人の能力であっても確かな技術が身についていなければ不可能だろう。

 まさに達人だからこそ、と言ったところか。稀人ならできるだろうなんて甘い考えだったな。


「とはいえ、だ」


 同時にこれだって感覚があったりする。

 本能的な直感とでも言うのか、できる、あるいはやりたいなんて気持ちが心の中にあった。


 前にも思ったけど、今から剣術のいろはを覚えるなんて現実的じゃあない。

 ならば今俺ができることの何かを発展させて、三段突きのような何かを再現できるようにならないと。


「ナイフってのもまた違うか。先生に教えてもらったのは体術だし、間合いがちょっとなぁ」


 包丁程度の長さであっても拳や脚との間合いの違いは大きな違和感になるだろう。

 そうなってくると刀剣術としてではなく体術としての三段突きになるわけだが。


「……爪、とか?」


 人間に比べて鋭く硬く伸びることは知っているし、一日二日放っておくだけで凶器と呼んで差し支えないものに伸びてしまう。

 だからこそ素子を間違っても傷つけないように毎日手入れをしてきたつもりだが。


「狼らしい、と言えばそうなんだろうけど。体術ってよりは爪術、か。マイナーにも程がある」


 三段突きと混ぜて考えるには資料が足りないだろう。

 かぎ爪っていうのにロマンみたいな何かを感じないこともないけれど、そこは問題じゃない。

 ただ、刀や剣と違って両手を使えるということはアドバンテージの一つにはなり得るはずだ。


「いくつか型を考えておかないとな」


 これもまた少し懐かしい感覚だ。

 先生からどうしたら一本取れるかって試行錯誤していた時と似たような感じがする。


 ……なんて。


「楽しんでる場合じゃ、ねぇよな」


 誰かを傷つけるための技術に楽しみを覚えるのは不健全だ。

 先生から言われたことだ。同時に良いとも悪いとも言えず、ただただ不健全なのだと理解しなさいと。


 中々に、難しい。

 黒い翼の男をどうしたいのかと聞かれたのなら、八つ裂きにしてやりたいと即答できる。

 不健全だろうがなんだろうが、俺の復讐にその願いの成就は確かにあるんだ。


「――仁ドノ」

「ん……あぁ、ごめんなカイル君。折角の散歩前にこんな顔してちゃ、だめだよな」


 リードを咥えながらも尻尾を巻いてしまっているカイル君に申し訳ないと思いつつ、感謝を。

 先ばかりを考えて、焦って、勝手に濁っているなんて贅沢でしかない。


「よっし! 切り替えた! 折角だしまた出雲鳴に嫌な顔されに行くか!」

「ソレハ名案、ダナ!」


 まずはそうできる自分になろう。




「げっ」

「相変わらずのご挨拶だな?」


 学園の正門から離れたところで出雲鳴を待っていれば、友人らしき人たちと一緒に出てくるところを見つけた。


「ご、ごきげんっ、うるわしゅうっ、ございますわ!」

「うん? あ、あぁ。相原さん、ご機嫌麗しゅうございます。ごめん、上等な言葉はよく知らなくて」

「とんでもございませんわっ! お会いできてうれしいです!」


 わたわたと出雲鳴の後ろから出てきたこの前店に来てくれた金髪ドリルの女の子は、相原智美あいはらともみというらしい。

 いやそうな顔した出雲鳴と、ニコニコな相原さんが近寄ってきてくれる中、他にいた女の子たちは俺を警戒するように距離をとっている。


 ふむ、これが正解かどうかはわからないが。


「ほら、みんなご挨拶」

「ワンッ!!」


 カイル君に合図を出せば一鳴きした後にお座りをして頭を下げた。


「わ、わぁっ!」

「か、かわいい!」


 そんなカイル君に続くようにほかの皆が頭を下げればお嬢様方は黄色い声を上げてくれて。


「あ、あの? こちらのワンちゃんたちを、その」

「ええ、嚙みついたりしませんし、皆もそうして欲しいと思ってくれていますよ」

「で、ではっ!」


 見るからにうずうずしている女の子たちにそう言えば、安心したように頭を撫でたりなんだりと楽しそうな空間の出来上がり。出張版ディアパピーズだな。


「……これでアンタにムカついたのは何度目になるかしら」

「そう言うなよ出雲鳴。それより、知り合いの前だぞ? その顔はいいのか?」

「そこが腹立つって言ってんのよ……はぁ」


 何を複雑に思うことがあるのやら、露骨なため息に苦笑いが浮かんでしまう。

 ただ、そんな出雲鳴から漂ってくる匂いはそう悪いものでもないんだよな、本音の部分は何想ってんだろ。


「あ、あの、長野様?」

「うん? 相原さん、どうしました?」


 ほかの子に交じって犬を撫でていた相原さんが、遠慮がちにおずおずと。


「もし、よろしければ、散歩にご一緒しても、その」


 犬の散歩がしたいって?

 家ではペットなんかは飼ってないのかな、いやお嬢様が犬を飼うって決まってるわけでもないだろうけど。

 どうにも出雲鳴がお嬢様の基準になってる部分があるな……いかんいかん。


「あぁもちろん、かまいま――」

「でしたら店長、わたしがこのままお店までの散歩を引き継ぎます。調べ物があると仰っていたでしょう? この時間を活用しては?」


 俺を遮って出雲鳴が相原さんに……え、いや、確かに沖田総司に関して調べてはいるけれども、急ぎってわけじゃないんだが?


「むぅ、いけず、ですわ」

「店長の負担を軽減するのは店員の役目ですから」


 なんだか怖いです。

 そんなに散歩したかったのか? いやいや、竜虎相打つみたいな雰囲気出すなよ。


 う、うーん、どうするかな?

 散歩に関しては俺が一緒なら構わないと思う、ペット誘拐事件なんてのがある以上じゃあよろしくと放置は危険だろう。


「ねぇ、店長? わたしの言っていること、間違っていますか? わたしは店員としてまだまだ信用なりませんか?」

「うぐ」


 こ、こいつ……! 目に涙を溜めてウルウルと、素子と似たようなおねだりの仕方を……!

 ったく、泣く子と女には勝てないってのは誰に言われた言葉だっけかな。こんな場面で実感することになるとは思わなかったよ。


「はぁ……わかった、わかったよ。それじゃあ帰り道を頼む。あと信用はしているけど、心配もしているってことは忘れないでくれよ?」

「む……はい、もちろん承知しています」


 相原さんの残念そうなため息が聞こえたけど、放置はしないから許してくれってことで一つ。


 そう、流石に妙な事件が起こってるらしいし放置はしないし、できない。

 尾行というか、先回りして危険がないかどうかを確認して帰り道の安全確保するあたりが無難だろう。

 掴めそうな尻尾なら捕まえるとも先生には言ったし、気に掛けるというか意識はしておくべきだろう。


 というか、もしもディアパピーズの皆に被害を及ぼそうというものなら。


「ぶっ飛ばす」

「うん? 何か言いましたか、店長?」


 ……あれ?

 あぁ、うん、まぁなんだ。


「いや、何でもないよ。じゃあ頼んだからな」

「ええ、お任せあれ、よ」


 自然と物騒な言葉が出てくるくらいには、やっぱり今の生活を気に入っているらしい。

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