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第1話「変わった日常」

「何度だって思うんだけど」

「俺が、っていうか稀人が料理してるのがそんなにおかしいか?」


 振り返ればそこにはジト目の出雲鳴がいて、匂いを見るまでもなくあり得ないという顔をしてた。


「稀人だって料理はするでしょうよ。そうじゃなくて、アンタ、わたしと同い年よね?」

「あぁ、そうだったはずだ。今年俺は18になったところだよ」

「同い年のアンタがなんでこんなに美味しいご飯が作れるのって話なのよ」

「料理は子供のころからやってるからな。お褒めの言葉どうも、お嬢様であるアンタの口に合ってよかったよ」


 褒めてるわけじゃないとでも言いたいのか、悔しそうな表情に変わった出雲鳴に苦笑いが浮かんでしまう。


 ドックカフェ、ディアパピーズを開店してから二週間ほど経った。

 出雲鳴は学園が休みの日は昼前から晩までカフェの店員として。

 学園がある日は下校の途中に寄っては集まった犬たちの散歩をした後に帰るといった形で働いてくれている。


「はぁ。わたしも料理、勉強するべきなのかしら」

「料理は愛情、なんて言うように。作りたいと思う相手がいるからこそ続けられるもんだぞ」

「うっさいわね。なんだかこう負けた気分でいるのが嫌なのよ」

「さいですか」


 これで出雲鳴がうちで昼食を摂るのは三回目か、いい加減複雑な顔して食べられるのは勘弁してほしいところだけども。


 ここに押しかけて来たときを考えれば、慣れてくれたと思うべきか。

 喜ぶべきなのかはわからないが、少なくとも出雲鳴というよりは飼い犬であるカイル君のおかげで犬が集まった面があるから助かっているのは事実だ。


「ねぇ」

「うん?」

「どうやって卵は半熟にするの?」

「どうやってって言われると難しいな。経験としか言いようがない」


 頬杖をついて半分ほどに減ったオムライスをスプーンでつつきながら……いやお嬢様のくせに行儀悪いな。

 まったくもって顔を合わせるたびにイメージしていたお嬢様像からも、出雲鳴像からもかけ離れてくれるよ。


「経験を積んだら、誰でもできる?」

「重ねて言うけど。作りたいと思う相手がいるからこそ、だよ。その相手が半熟オムライスが好きならすぐに作れるようになるだろうけど、しっかり焼いたのが好きなら作れるようになるとは言わない」

「もっともらしいことを言うわね」

「少なくとも俺の場合は、素子が半熟オムライスが好きだからで作れるようになったからな」


 改めて考えても俺の行動原理は素子が中心にある。

 逆に言えば素子に関わらなかったことは苦手なままで放置してるものも多い。縫い物とか素子がずっとやらせてくれなかったんよな、これは私の仕事だーって。


「シスコンめ」

「誉め言葉だな」


 家族が、姉が好きで何の悪いことがあるというのか。


「気持ち悪い」

「そういうのは慣れてる」


 陰で言われるのは、だけどな。

 面と向かって言われるほうが遥かにマシってのもあるけど。


「はぁ……アンタ、無敵なんじゃない?」

「皮肉で返すなら、興味のない相手に言われたところでって話だよ」

「ぐっ……ふんっ」


 そっぽを向きながらもオムライスの皿を持って食べ進めているあたり、興味はなくとも可愛げがあると思ってるのは内緒の話だが。


「なんでもいいけど、昼からは任せたからな」

「どうせお客なんて来ないじゃない」

「だから任せるって言ってんだよ」

「もうっ! いい加減皮肉はやめてよね! わかった、わかったってば! 悪かったわよ! これでいい!?」


 ムキになってっちゃってまぁ、なんとも可愛いね。

 妹がいたらこんな感じなのだろうか? なんて、あぁ、うん。


「はい、よくできました」

「あーーーもうっ! 腹が立つっ! さっさと行ってこいっ!」


 利害の一致なんてドライな位置から始まった関係だけど、少なくとも俺は。

 悪くないと思う程度には受け入れているらしい。




 毎週土曜日の昼過ぎからは、黒雨会の爺さんに訓練をつけてもらう日になった。

 今日は新大久保、先生のマレビトムラからそう遠くないところにある古びた家に来ているわけだが。


「――そも、稀人とは何か。人間たちの言葉を使うのなら獣との融合体と言えるじゃろう」

「ぐ、ぅ……ゆ、融合体、ですか」


 畳に叩きつけられた背中が痛い。

 今回で二回目になる訓練だけど、もうまるっきり太刀打ちできない状態が続いている。


「ある面においては正解じゃな。ワシらは一般的に獣の外見であったり能力であったりという特徴を有した人間じゃ。混じり物として考えるのが自然という意味では正当じゃろうて……ほれ、もう一本」


 差し出された手を握れば、それだけで力の差を感じてしまう。

 身体、というよりは生物としての作りが違うとでもいうのだろうか? 本能が無理だと告げてくる。

 とはいえ、だ。


「行きますっ!」

「うむ、その意気やよしっ!!」


 稀人としての能力は本能が刺激されることで成長する。

 ならば単純に、無理だとか逃げろだとか言ってくる本能に抗うことで俺の力ってやつは磨かれるわけだ。


「ふっ――」

「ふぅむ。やはり狼よの、そう動かれると目が回る。もう少し老人を労わるべきじゃと言うに」


 どの口が言うのやら。

 こうして古びてるくせ頑丈に改築されてるらしい、8畳程度の和室の壁や天井を蹴って飛び回り、立体的な動きを心がけても。


「まぁ、労わっておったら届かんじゃろうがな。やはりその意気やよし、じゃ」

「――い゛っ!?」


 一歩踏み出されたと思ったら簡単に足を掴まれて。


「そぉい!」

「ぐぇ」


 やっぱり畳へと叩きつけられる。

 もう何回目だよって話だが、狼が熊にというか俺が明確に爺さんより勝っている点なんて身のこなしくらいしかないわけで、どうすりゃいいのか全くもってわからない。


「先の話じゃがな。混ざり物であるという点は一面において正当じゃ。しかし、ワシらは混ざり元を超えることができる」

「げ、げほっ……混ざり元を、超える、ですか?」

「聞いたことはないか? 龍じゃとか、物語上にしか出てこんような幻想的な生物を」

「そりゃ、まぁ」


 ドラゴンだとかユニコーンだとか? 幻想的っていうなら妖精だなんだとか。


「成長、というよりは進化とでもいうべきかのぅ。まぁ、今の小僧に言うても仕方なんだが少なくともワシをただの熊、熊稀人だとは思わんことじゃな」

「そんなの、あの倉庫であしらわれた時から思ってませんよ」

「かっかっかっ! ならばよし! どれ、茶でも淹れてきてやる。少し休んどれ」

「ありがとうございます」


 部屋から爺さんが出て行った瞬間に脱力する。

 畳の匂いは好きだけど、汗臭いのが混じっていて微妙だな。


「幻想的な生物、か」


 思い当たらないことがないわけじゃない。


 たとえば先生だ。

 先生は狐稀人で、自分の姿を誤魔化すことができるとかなんとか聞いたことがある。耳と尻尾なんか人間からは見えないようにしているらしい。


「けど、マレビトムラで見た光景……幻覚、なんて言っていいのか? 本当に外が地下に広がってるなんて思ってしまったし」


 あれは先生の力で作られている。

 はっきり言ってとんでも能力が過ぎるってレベルだ。


「あれも、成長というか進化? した先にある力、なのかね」


 ああ見えて先生は強い。

 少なくとも俺に稀人らしい喧嘩の仕方を教えてくれたのは先生だ。

 15を超えたくらいから直接やりあったり、何かを教えてくれるようなことは無くなったけど、今やればどうなるんだろう。


「久しぶりに、って言っても絶対やってもらえないだろうなぁ……マレビトムラ、帰りに寄ってみるかな?」


 ここからだと近いし、悪くないかも。

 まぁ、もっとも。


「おう小僧! 茶葉がどこにあるかわからんかったから稽古の続きじゃっ!」

「次からは俺が用意しますね? ともあれ、お願いしますっ」


 寄れる気力と体力があれば、だけどな。




「じんー? だいじょーぶかー?」

「いたい? いたいー?」


 ボロボロながらも寄って正解だったと心から思う。

 入った瞬間俺の姿を見た真紀奈が慌てて救急箱を取りに行って、そんな真紀奈と入れ替わるように子供たちが寄ってきて心配してくれる。


「あぁ、うん。大丈夫だよ、ありがとう」

「むちゃするなー?」

「あぶないことするなー?」


 天国かよと。

 ぶっちゃけ相変わらずあり得ない光景が広がってるから、余計に幻想的だ。


「まったく! 稀人とは言っても痛いのは変わらにゃいにゃし! にゃにをどうしてそうにゃったかしらにゃいけど! そんにゃ格好で来るのはやめるにゃしよ!」

「悪かったって。ちょっと近くに来たもんだから、寄りたくなったんだよ」

「うぐ。そんな風にここを想ってくれるのはうれしいにゃしが……もう、仁は困ったヤツにゃしよ」


 くるくると手際よく包帯を巻いてくれる真紀奈に心の中でもう一度感謝しつつ、やっぱり来てよかったなとか思う俺は確かに困ったヤツなんだろうな。


「新しい日常は大変にゃしか?」

「そうだな、大変っていうよりはまだ慣れないよ」

「そうにゃしか。わかる、というのもまた違うにゃしが、お察しするにゃ」


 多くの意味で真紀奈は先輩と言える人なんだろう。

 ぼかした言い方をしてしまったが、出雲鳴のような人間が近くにいるのはまだ慣れないって中身を的確に慮ってくれたように思う。


「真紀奈も、大変っていうか、慣れなかったか?」

「同じようで同じじゃにゃいにゃしよ。あちきは」

「そっか」

「けど、自分以外の誰かがいる生活っていうのは……そうにゃしね、にゃかにゃか慣れなかったにゃしよ。自分だけじゃにゃいっていう感覚は、そうそう身につかにゃかった」


 少しだけ影のある面持ちで真紀奈が笑う。

 深入りはするなって意味合いの笑顔だろう、壁を感じるものだった。


「……そっか」

「んにゃぅ。そう暗い顔するにゃしよ、仁。別に、仁が信用にゃらにゃいとか言っているわけじゃにゃいにゃ。これはあちきの心の問題にゃしよ」

「ん。けど、そうだな。もしも力になれることがあったなら、いつでも言ってくれな?」

「にゃふふ。随分と気にかけてくれるにゃしねぇ? もしやこのまきにゃちゃんに惚れちゃったのかにゃー?」


 惚れる? 真紀奈に?


「ふっ」

「みぎゃっ!? そ、その笑いはにゃんにゃし!? う~っ! むかつくにゃ! いつか絶対まきにゃちゃん好き好きって言わせてやるにゃしよっ!!」


 まぁ、もしかしたらあり得る……あり得る? いやないな……素子以上の女がいるわけない。


「はぁ……このシスコンめ」

「昼にも言われたばかりなんだけど?」

「それだけ手遅れの重病で重症ってことにゃしにゃ――はい。これでいいにゃ」

「あぁ、ありがとう」


 巻かれた包帯をぽんと叩かれて。


「ボスのとこいくにゃし?」

「ああ、そのつもりだよ」

「にゃらちょうどよかったにゃ。ボスも仁に用があるって言ってたにゃしよ」

「先生が? そっか、じゃあほんとに来てよかったな。ありがとう」


 行ってこいと笑顔で背中を押してくれた。


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