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第5話「初仕事」

出雲いずもめい、か」


 先生からもらった仕事はテレビで何度か見た、同じ年齢ながらも遠い世界に住んでいる人間の捜索というものだった。


 ――稀人の積極的雇用により、更なる発展を。


 企業に積極的な稀人の雇用を呼びかけ、人間には出力できない力を社会に役立たせる。

 この訴えは元々、彼女の父である出雲議員が政界に参入するため口にしたことだったが、いつの間にやら娘である出雲鳴がメディアだなんだに露出して父の代わりに政策を唱えていた。


「これまたいつの間に行方不明なんかなってるんだかって話だが」


 結構な仕事だろうに、俺みたいな新米どころかそれ以下のヤツに任されるあたり、こんな案件触り程度でしかないってことなんだろう。

 もっとえぐい仕事がゴロゴロあるんだと思えばなんとも気が重くなるねまったく。


 貰った資料を机の上に放り投げてテレビを点ければ、丁度出雲議員が政策に関するインタビューへ応えているが。


「……娘のことは何も露見していない、のか?」


 記者が最近出雲鳴は元気にしているかと聞いても、学業が忙しい時期なのでとしか出雲議員は答えなかった。


 ……なるほど、裏社会。

 つまるところ娘が行方不明になっていることは伏せたい。伏せたいがために裏へとこういった仕事が回ってくる。


「改めて世界が変わったって感じるな、まだ入門したてで口にすることじゃないんだろうけど」


 立ち位置によって物事の見え方が変わるとは素子が言っていたことだが、こういうことなのだろうか?


 取材に応じ続けている出雲議員の様子も、実は娘が行方不明になっているということを知っていれば、娘のことに関する質問をされた時に一瞬不快気な表情をしているのが見て取れる。


 果たしてその内心はどうなのか。

 さっきまで見ていた先生からもらった出雲鳴に関する資料に、彼女はここ最近どうにもガラの悪い奴らがたむろしている場所に足を運んでいたらしい。


 まともな大人、というか親ならそんなところに出入りする娘を放っておきはしないだろう。

 それだけにいまいち出雲議員の内心が見えてこない。


「何にしても直接会う他にないか」


 元々議員なんて腹黒さを求められる職に就いている人間だ。

 海千山千の猛者の考えを、俺みたいな素人が見透かせるとは思っていないけれど。


 唯一今の時点で得ている情報は未成年の、それも女の人が出入りするにはオススメしない場所に行っていたという一点のみだ。

 他に有力な手掛かりを得られたのならそれが一番だけど、危ない場所に踏み込まなければならない可能性は高い。


 なら、突入するにしても彼女がいるとわかるための匂いを覚える必要があるし。

 最悪彼女の私物を借りなきゃならないな、しかも何でもいいから使用済みのものを。


「……お父さん、俺に彼女の使用物を下さい、ってか? 変態もびっくりだよ」


 出雲議員と直接話す機会はセッティングしてくれるって先生は言ってたけど。


「っと、噂をすれば」


 先生から電話がかかって来た。

 恐らくも何も、セッティングが整ったという連絡だろう。


「もしもし? ――あぁ、はい。わかりました、ありがとうございます」


 ビンゴ、それじゃあ行きますか。




「――キサマが長野仁、影狼か」

「は? ……あ、あぁ、そう、です。この度はお時間作ってくださりありがとうございます」


 日が沈んだ高級住宅地の一角、周りと比べても一層大きい家のインターホンを鳴らせば応対してくれたのはどうやら出雲議員その人らしいが……かげろう?


「想像していたよりも随分と若いな……。だが、だからこそなのか。ワシにはわからんが、光栄に思え。稀人如きが我が家に入れることを」

「はぁ……重ねてありがとうございます」


 あれ? この人、稀人の社会進出を後押ししようとしてる人だよな? 何だこのあたりの強さは。

 っていうか影狼だよ、かげろう。なんだよそのネーミングは。え? 俺のこと? マジで?

 い、いや、まぁ良いよ、何か先生も話を通しやすくしておいたからね! なんて言ってたしその一環だろうさ。


「……お邪魔します」


 ギギ、と音を立てて勝手に開いた門を潜る。

 玄関まで、20メートルくらい? こんなに距離作る必要あるのか? 金持ちの考えることはよくわからねぇや。


「あ、ドーベルマン」

「グル……?」


 いや、ほんとに金持ちってドーベルマンを飼うんだな。


「おいで」

「……キャク? マレビト、メズラシイ」


 警戒した足取りで足元までやって来たドーベルマン君は、俺の匂いを嗅いで敵ではないと認めてくれたらしい。

 リードくらい飼い犬ならちゃんと犬小屋と繋げておけって話だが。


「キミ、名前は?」

「オジョウニハ、カイル、ト」

「そっか、いい名前だな」

「ウム。ホコリ、ダ」


 ふふんと言葉通り誇るように鼻先をあげてくれた。

 どうやら少なくともオジョウ、出雲鳴だろうか? 彼女からは可愛がられているらしい。


「カイル君はこの家のペットなのかな?」

「……アァ」


 とか思っていたら急に落ち込んだ。うーん……あぁ、もしかして。


「キミは家の番犬だろう? 外でのことまではどうにかできないだろうに」

「ワタシハ、オジョウノバンケン、ダ。ダト、イウノニ」


 おっと、いきなり強力な仲間を見つけたかも知れない。


「なるほど。けど俺が来たからには安心……するにはまだ早いけれど。出雲鳴を探すために俺は来たんだ」

「ッ!! ソウカ! ナラバワタシヲ!!」

「待ってくれ待ってくれ、まだ彼女の父親と話すらついていないけど。上手く行ったその時は協力してくれるか?」

「モチロンダッ!!」


 微動だにしていなかった尻尾が勢いよく振られ始めた。

 思いがけず頼もしい協力者、もとい協力犬を得られたところで。


「――何をしている」

「あぁ、申し訳ありません。俺……いえ、私は狼稀人ですので犬と会話ができるのですよ。手がかりの一つでもないかと思いまして」

「ふん、鳴の親であるワシより犬のほうへ熱心になるとはな? 流石だよ」


 時間をかけすぎたようだ、苛立ったような表情で玄関から顔を出した出雲議員に呆れられてしまった。


「……スマナイ」

「いや、ありがとう。助かったよ、また近いうちに」

「ウム。ヨロシク、タノム」


 カイル君と別れて出雲議員の後に続いた。




「……ふぅ」


 先に通された応接室らしき場所は正直針のむしろとしか言えなかった。

 俺の周りを黒服のいかつい兄さん方が囲んでバリバリの警戒心を向けられる中、肝心の議員には高圧的に何が聞きたいのかさっさと言えなんて言われて。正直聞けることも聞けないって状態だった。


 本当に娘を探し出したいのかと疑ってしまうほどだ。

 俺が何者であるかは別として、藁にも縋る気持ちで稀人に協力を要請したってわけじゃないのだろう。

 であれば、見つけようとしていないって言うのが本心だろうか? でもそうだとするならそれこそ稀人を頼るなんてことはしないはずで。


「わっかんねぇよなぁ」


 あの人は一体何考えてるんだって話だ。

 ただ、僅かなお話合いの時間ではあったが警戒心以上に怯えみたいな感情が伝わってきた。

 俺がソファに座り直した時に黒服の人が自分の胸元に手を突っ込んで何かを取り出そうとしていたあたり、ビビられているって言うのは間違いなさそうだ。


「とりあえず、っと」


 そんなわけでまずは手がかり探しのためにと出雲鳴の私室へとやってきた。

 あんだけビビられていた割には意外なことに、俺を監視する人間は誰もおらず、この部屋の外で待機しているとのこと。


 こんな形で初めて女の子の部屋に入ることになるなんて思わなかったが、ドキドキしたりはしなかった。

 シチュエーションがシチュエーションならときめいてたり興奮してたりしたんだろうが……時と場合と場所を考える理性が勝ったらしい。


 もっとも、想像の中にあった女の子の部屋ってイメージからだいぶかけ離れた、可愛らしいグッズよりも小難しそうなタイトルの本が並んだ本棚とかが目立つせいもあるんだろうが。


「やっぱ、あんまり匂いは残ってないな」


 匂い、と言うものは意外と空間に残る。

 と言っても人間には嗅ぎ分けられないレベルのものだ、言うなればフェロモンってやつに近いかも知れない。


「よし……」


 普通の犬や狼なら意識しなくとも嗅げる匂い。

 稀人としての防衛本能か普段は俺も人間と同程度の嗅覚しか働かないが、こうして意識を鼻に集中すれば。


「この部屋を最後に使ったのは……大体三日前くらい、か?」


 残念ながら? それとも幸い?

 どっちでもいいが俺は狼稀人だ。人間に嗅ぎ分けられなくても俺はその匂いを追うことができる。

 そのことを素子に言ったらものすごく微妙な顔をされたのは懐かしい思い出だな。


 しかし三日前くらいってのが当たってたら結構不味いんじゃなかろうか。

 それこそコンクリートで固められて東京湾にポイされててもおかしくない位の時間は経っているような気がする。


「部屋の中で一番匂いが濃いのは……ベッドの下? 普通は枕とかそう言うところに……って、おーう」


 ベッド下にあった収納スペースを漁ってみれば出てきたのは可愛らしい下着たち。

 いや、マジでやってること下着ドロってか変態行為じゃねぇか……恨むよ、先生。


 けども、感じるのはそう言う匂いじゃない。


「……ん?」


 邪なことを考えないように探ってみれば、奥も奥に折りたたまれた……地図?

 無機質な生活臭の中には似つかわしくない、危うい感情の香りがこびり付いている。


 不思議だな、どうしたんだろう?

 こうも形として感情が乗った匂いを感じ取れたのは初めてだ。


「これって」


 広げてみれば……五反田? あたりに×印がついていた。ここら辺って、何があるんだ?


「――おい、いつまでかかっている」

「あぁ、いや、失礼。少し考え事を」


 訝しげに顔を出してきたのは出雲議員だった。

 丁度いいや、内心がどうであれ東京に詳しい人なんだし聞いてみよう。


「考え事? なんだ、何か手がかりが?」

「ええ、まぁ。そのことで一つ確認がしたいのですが」

「……言ってみろ」


 そう言って見つけた地図を広げ。


「この印がついてる場所って何があるんです?」

「……は?」


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