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第4話「タカミという稀人」

 ヒトは死んだら閻魔様とやらのお裁きを受けるらしい。

 裁きの場で善行を積めば天国へ、悪行を重ねれば地獄への片道切符が発券されるとかなんとか。


 ならば僕はどうなのだろうか?

 傍目から見れば恐らく善行と呼べるような行為を続けているんだ、天国への切符を貰えたらいいのだけれどね。


 まぁ、本当にあるかどうかは別にして、天国か地獄かという究極の選択肢を自分で選べないのは如何なものだろうかと常々考える。

 絶対的な判断基準なんて存在しないはずだ。善も悪も、切り取り方や見方を変えればどちらにでも染まるものだというのに。

 神様や、それに類する存在だからという理由で行き先を決められたのならたまったものじゃないよね。


「――送って来たにゃ」

「うん、ありがとう。案内も含めて、苦労をかけたね。それにしても、子供たちにまで会わせる必要はなかったんじゃないかな?」

「だったらこんにゃ時間まで幻界を作っておくにゃし。あちきがどんだけ焦ったと思ってるにゃしか」

「あはは。そう、そうだね、ごめんごめん。僕が悪かったよ」


 ただ、僕の行き先が決まった。

 あるいは決められたと言うのなら、ついさっきの瞬間だろう。


「ボス、あちきは頭がよくないにゃ。だからはっきり聞いていいかにゃ?」

「もちろん。遠慮することはないよ」


 そうとも、僕は地獄に行く。

 死後の世界に興味はまったくなかったけれど、自覚する機会に恵まれたことを喜ぶべきなのだろうね。


「本当に、いいのかにゃ? あの人を、長野仁をこの世界へ招いても」

「……」


 あぁ、その質問は少しだけ遅かったかな、真紀奈君。

 僕はもう選択し終わってしまったんだ、今更後の祭りというものなのさ。


「仁君が、彼が望んだことだ」

「そう、かもしれにゃいけれどっ!」

「何より、僕たちにとっても都合が良い。それは、かつて頭が悪いと自称したキミだって重々理解しているだろう?」

「っ……」


 彼が友人の息子、あるいは家族のままでいてくれたならと願っていた気持ちがないわけじゃないんだよ。

 そうしてくれていたのなら、僕は彼を愛すべき家族の一人としてただずっと守るだけで良かったし、そうであって欲しかったとも。


 キミがしゃべりにくいだろうに、にゃーにゃーと意識して語尾を変え、であることに固執するように。

 彼にもまた、譲れない矜持にも似た何かがあっただけという話だ。


「それに、だ」

「言わなくていいにゃし。確かに、凄かった。するつもりのなかった案内に何でもない顔をしてついてくるにゃんて……今でも信じられにゃい気持ちが強いにゃ」


 つまりは彼が最低限ではあるが既に使える人材であると真紀奈君も認めているということ。

 そりゃあ、そうだ。


「僕が仕込んだのだから、当然だろう?」

「あぁ、先生ってそういう意味だったにゃしか……って! ボスはっ!」

「それ以上は言わないで欲しい。こうなってくれるかもという下心があったのは認めるが、何より純粋にその辺の人間から素子君を守れる程度に強くなって欲しかっただけでもあるのだから」

「う、にゃ……ボスは、ずるいにゃ」


 自分がずるいなんてとっくの昔に自覚しているよ、ごめんね真紀奈君。

 でも、ずるいの一言で終わらせるキミも随分とずるくなったね。

 いや、そうさせたのは世界、あるいは僕なのだろうから、やっぱり一番ずるいのは僕か。


「これで僕たちは牙を手に入れた」

「……黒雨会はどんにゃ感じにゃ?」

「雌伏の時と言えるだろうね、仁君と同じように」


 黒雨会はまだまだ力を取り戻しつつある段階だ。

 そもそも力を取り戻し切ったと言うのなら、僕みたいなちんけな稀人を雇ったりしないわけだし。

 付け入る隙は十分にある。


「仁に、依頼した仕事は?」

「丁度良くとまでは言わないが、出雲議員の愛娘が行方を眩ました。彼にはその捜索を任せたよ」

「随分、期待しているにゃしね」

「期待しているのはもちろんだが。こうしてキミに話していることで察して欲しいのだけれどもね」


 フォローは任せた。

 裏にある意味をもとからうすうすと察してはしていてくれたのだろう、苦々しい表情を浮かべながらも。


「……わかったにゃ」

「頼んだよ? 迷い猫さん」

「その名前はもう捨てたにゃし。帰る家のできた猫は、もう迷わにゃいのだから」


 やっぱり、毎度ながら音もなく部屋から出て行った彼女を、笑顔で見送った。


「ふぅ……」


 誰も居なくなったし室内で、静かに息を吐く。


「歯車が、動き出した」


 始まりはいつになるのだろうか。

 向田組が闇へと舵を切ったときか、それとも黒雨会が潰れたときか。

 悲劇か喜劇か判断はつかないが、劇場的かつロマンティックに考えるのなら、僕と素子君が出会った日からか。


 何にしても、一度動き出せば止まらない、止められない歯車が回り始めた。


「ねぇ、仁君? 僕は、本当によくわかるんだよ。圧倒的な他者を思うがまま、自由に弄ぶ悦びを」


 スマホを取り出して、電話帳から目当ての相手を引っ張り出す。


 結局僕の原点であり、変えられなかった欲望がそこにある。

 稀人は生きにくい、僕は社会における圧倒的な弱者に違いはない。

 それでも。


「――あぁ、お世話になっています。こんな時間に申し訳ありません……え? いやいや、ご期待に沿えず申し訳ございませんが、その情報はまだ」


 麗しい家族愛だね、愛娘がいなくなっただけ・・で夜も眠れなくなるなんて。

 憔悴しながらも、僕からの電話に期待していたんだろう興奮している声に思わず笑みが浮かんでしまう。


「ええ、もちろん耳は傾けておりますとも。しかし、なんの音沙汰も拾えない。娘様が相当にうまくやっているか、それとも――失礼、失言でしたね」


 うん、僕にとっても期待通り。

 想像したくもないと荒げられた声に笑顔が深まってしまうよ、本当に。


「さて、失言のお詫びではありませんが、お貸しするものを増やしましょう。そうですね、腕か手、あるいは足と呼べる優秀な手駒です。言うまでもありませんが、稀人です。よろしいですね?」


 借りる力が人間だ稀人だと言っている場合じゃないだろうに。

 それどころか、機械に頼らない力で適した稀人以上のモノはない。

 そんなことすら感情でもって判断しようとする愚かさは、最早愛おしさすら感じるよ。


「おや? これ以上稀人の手を借りたくない? そう仰るのであれば私共も手を引かせて頂きましょうか? 構いませんとも、僕としてはこれも取り扱っている商品だ。売り先が変わったところで痛くも痒くもないのですが――ふふ、冗談、冗談ですよ出雲さん。では、よろしいですね?」


 それぞれの思惑はあるだろうが、形だけをみれば盛大なマッチポンプも良いところ。

 そうだ、そうだとも、だからこそ丁度いいと思えたことに違いない。


 あぁ、でもそうだな。


「その稀人の名は長野仁、影狼の異名を持つ狼稀人です。野暮なことは言いたくありませんが、くれぐれも失礼のないよう応対くださいね? 脅す? とんでもない、彼の獲物になってしまわれないようにと善意による忠告ですよ。彼は狙った獲物を確実に手に入れる。だからこそ、ご安心くださいという話」


 多少のインパクトは必要だろうと話を盛って語れば受話器越しに息を飲む気配が伝わってきた、実に気分がいいね。

 彼の名を高めるために何かしらの手は必要だったんだけど、この感じならこれで十分そうだし、追加の報酬にも期待できそうだ。


「はい、はい……日時は追って知らせます。では、また」


 通話を切る。スマホの向こうにいる出雲議員は苦々しい表情を浮かべていることだろう。

 自分たちこそが稀人を裏社会に押し込めたというのに、困ったときだけ都合よく表に引っ張るなと言いたいところだが、持ちつ持たれつという言葉もわかる。


「タイミング、仁君は本当に愛されているなぁ」


 ならばこそせいぜい仁君の踏み台程度にはなってもらわなければ困るというものだ。


「……ふふ、なんて顔しているんだい? 僕ながら」


 ふと視界に入った鏡に映る僕はなんともまぁ悪い顔をして笑っていて。


「さぁ、悪だくみを始めようか」


 気取って言ってみた僕の姿は、やっぱり美しかった。

 仁君は耳も鼻もいいのに、目だけは悪いらしいようだねまったく。

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