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姉を奪われ復讐を誓った俺は、裏社会で成り上る
靴下香
現代ファンタジー異能バトル
2024年09月19日
公開日
88,820文字
連載中
この世界には人類に加えて、獣や昆虫、さらには幻想的な生物の特徴を持つ「稀人(まれびと)」よ呼ばれる者が存在している。
長野仁は狼の特徴を持つ狼稀人だ。
彼は世間から少し冷たい風を受ける稀人ながらも、姉代わりの人間、長野素子と共に幸せに暮らしていた。
そんなある日のこと、家路の途中で長野素子が何者かに襲われている光景と遭遇し、目の前で意識不明の重態に陥ってしまう。
最愛の姉を奪われた仁は、素子の意識を取り戻すために裏社会へと身を投じ、自身の幸せを取り戻すため復讐を誓った。

第1話「日常が壊れる時」

 結局のところ、同じではないことが遠ざけられる理由になるのだろう。

 肌の色が違っても、目の色が違っても、同じ機能を有していて似たような形をしていれば受け入れられる。

 あるいは受け入れようと努力をしてくれると言った方が良いのかも知れないが、それは良い。


「くー……くー……」

「まぁたこの人は……」


 そうとも、同じではない、だ。

 俺が持っている耳は人間と同じ機能を有していても、頭の上にあって形も違う。

 たったそれだけの理由で、ってわけじゃないだろうが、それでも社会的に受け入れられていない事実がある。


素子もとこ、素子。朝だぞ、今日はいつも以上に早いんだろ? 起きたらどうだ」

「ん、んー……あと、ごじかん……」


 そんな中であっても、俺の尻尾を枕代わりに抱きしめながらとんでもないわがままを言ってくれる人がいる。

 何処の誰の子かわからない、犬耳と尻尾を持った俺って孤児を家族として受け入れてくれた人がいる。


「アンタのおねだりは何だって聞いてやりたいが、起こせって言ったのも素子だろ? ほら」

「う、うー……じん~、おねがいだからぁ……」


 ならば恵まれているどころか幸せなのだろう。


「まったく、じゃあ朝メシ出来たらもう一度起こしに来る。それまで寝てて良いから尻尾を離してくれ」

「やーだー……これ、あたしのまくらだから~……」


 あぁそうだ、幸せだと実感している。

 願わくばこうしていつまでも、このだらしないたった一人の家族をこうして世話してやりたいと思う。


「誰がアンタのだよ、痛いって、握るな。そんなにふわふわ尻尾がお気に入りなら、俺と同じ尻尾を持った稀人まれびとの彼氏でも作ってそっちに頼め」

「うぐ」


 手が緩んだ。

 ちょっと言い過ぎたかと思わなくもないが、素子もついに30歳を超えたんだ。

 家族としてはいい加減仕事人間から寿退社してもらいたいと心配もする。


「それじゃ、後でな」

「……覚えてろー」


 恨めしそうな声とは裏腹に、惰眠を貪ろうとする最愛の姉に苦笑いが浮かんだ。




「珍しいな、もう一回起こしに行く前に二度寝が終わるのは。おはよう、素子」

「気づくの早すぎ……これだから耳の良い奴は困るのよ、朝の仕返しは今日も失敗ね。はいはい、おはよう、じん


 我が長野家の食卓にはいつもと変わらぬメニューが並んでいるが、いつもと少しだけ違う朝を迎えたらしい。


「一人で起きられるなんて、なんだ? ほんとに今日はいつも以上に忙しいのか?」

「まぁね、ちょっとデカい山掴んじゃって。もしかしたら今日は帰って来られないかも知れないかな」


 相変わらずスーツをかっちり着込んでいる姿はさっきまでと別人が過ぎるな。

 何の仕事をしているのかは知らないが、いつだって朝は早く出て遅く帰ってくる。


「そうか。じゃあ帰って来たくなるように気合い入れて晩メシ作っとくよ」

「あはは。なら、意地でも帰ってこないとね、いただきます」


 素子に楽をさせてやりたいと思うが、できることなんて家事やらなんやらくらいしかないのが申し訳ないよ。


「んぐっ……あーやっぱ仁のご飯おいしー! って、だぁから、そう言う顔しないでって言ってるでしょ? 確かにあたしの夢は仁に養われるニート生活だけどさ、最悪死ぬ前に温泉旅行でも連れて行ってくれたらいいって」


 そう思えばいつだって素子はこう言ってくれるけれど。


「男の沽券に関わるって話なんだよ」

「男のって。なんだ? あたしを養うって、結婚でもしてくれるの?」

「やぶさかではない」

「ぷっ……あははははっ! そっか、そうだね、あたしもやぶさかではないや。じゃ、精々未来に期待できるように――ご馳走様、行ってくるね」


 素子の顔が完全に仕事モードへ切り替わった。

 ほんと、毎度ながら切り替わった素子にはデキる美人以外の言葉が思い浮かばない。


「行ってらっしゃい」

「ん、行ってきます」


 ああいう人をイイ女って言うんだろう。


「さて、それじゃあ」


 見送った凛々しい背中に見合う俺になるためにも、勉学へ励みに行くとしようか。




「――今日は、ここまで」


 始業のチャイムは俺たちの授業が終わる音だ。

 ようやく終わったと言わんばかりに足早に去っていく教師の背中へと小さくため息を吐いた。


 俺にとって学校とは躾けを受ける場所に近い。

 一目見てイヤイヤだとわかる嫌悪感や、面倒くさそうな表情を顔に張り付けられながら受ける授業は中々に堪えるし。

 授業中に外から聞こえる楽しそうな人間の学生たちの声もあって、人間の営みから稀人は切り離されているんだと嫌でも自覚させられてしまう場所だ。


「じゃ、お先」

「大丈夫か? 途中まで送ろうか?」

「いや、大丈夫だ、ありがとう。それじゃあまた、明日」

「あぁ、また明日」


 隣の席に座っていたネズミの耳を持っている鼠稀人が顔色悪く教室を後にしていった。

 鼠稀人が持つ感知能力とでも言うのか、周囲の気配をより鋭敏に察知してしまう力のせいで、大勢が集まる場所では気分を悪くしてしまうらしい。


 そんな思いをしてまでとは思うが、生憎俺たちが授業を受けられるのはここ、共生会と呼ばれる一定以上の規模を持つ学校に併設された稀人専用のプレハブ小屋しかない。

 共生会に通っていたという実績が無ければ、ただでさえ仕事に就きにくい俺たち稀人の未来は真っ暗になってしまうし、数が少ない上に、人によって事前に持っている知識に差がある稀人を人間と同じクラスに編入するのも難しいだろうから、仕方のないことではあると思うんだけど。


 ――ねぇ、アレ見てよ。

 ――見ちゃダメだって、何されるかわかんないって。


 狼稀人である俺は、人間離れした身のこなしができる上に、耳と鼻が良い。

 だからプレハブ小屋の外から聞こえる怯えたような、気味悪がっているような俺たちへの声ですら聞こえてしまう。


 結果的にすれ違いを生んで、人間とは違うって意識を高めてしまうだけになっている。

 差別と言えば言い過か、怖がられている印象が強いんだよな。


「けど、これで気分を悪くするなってのは、無理だってのもわかる」


 いい加減慣れたというのはあるが、何より俺には素子がいるから耐えられる。

 だけど、他のヤツらに心の支えとなる人やモノがあるのかはわからない。


 制服を与えられることもなければ、同じ年齢で一つのクラスにまとめられることもない。

 こんな環境に嫌気がさして、人間離れした能力を振るって非行に走る稀人だっているから、人間サマが俺たちを怖がる理由も理解はできる。できるん、だけど。


「……いや、やめよう。さっさと買い物に行くか」


 それでも、辛うじてかも知れないが人間と共生することはできている。

 買い物のレジで嫌な顔されたりすることは常だけど、不当に割り増し料金を取られるわけでもなければ、そもそも物を売ってくれないなんてこともない。


 過去というか、歴史を考えればこれでもマシになったのだとテレビでよく言っている。

 ならば、もっと先の未来ではもう少しマシになっているのだろう、そう信じて今日を生きる他に無いんだ俺たち稀人には。


「お疲れ、また明日な」

「はい、お疲れ様です! また明日、です!」


 教室にいた年下の女の子に笑顔で挨拶して、ドアを潜った。


 帰り道で、考える。

 教科書に記され、テレビが言うには俺たち稀人はいわゆる悪者だったらしい。

 その身に宿る人間離れした力を持って人間に危害を加えたり、支配しようとした過去があるとかなんとか。


 ただ、素子の友人が言うには作られた歴史の可能性もあるとか。


「脅威を数の暴力で黙らせる、か」


 ここ日本だけじゃなく、世界を見渡しても稀人の数は少ない。

 だから数の多い人間が自分たちを守るために稀人を悪者に仕立て上げ、ありもしない罪で自由を縛り、脅威の封じ込めを図ったのではないかって話だ。


「そうであったなら、なんて。何度も思ったけどなぁ」


 歴史が人間にとって都合よく書き換えられた物であるならば、稀人達は縛られた鎖を引きちぎり、自由と権利を主張するだろう、暴力的な手段を厭わずに。


 ただそうしてしまえば人間との間に決定的な亀裂が走るのは当たり前の話だ。

 俺は、素子といつまでも家族でいたい。

 だから俺にとって素子は大切な家族であり、良心であり、ブレーキなのだろう。


 いつかきっと、少しだけマシになった世の中で、何処にでもあるかもしれない小さな幸せってやつを噛み締められるように、今を生きる。


「それだけだ」


 なんで今日はこんなこと考えてるんだろうってのは、やっぱりいつもとは少しだけ違った朝を迎えたからだろう。

 帰って来れないかも知れないなんて言われたけど、無性に会いたくなってきた。


「……あ、れ?」


 駅までもう少し。

 繁華街でふと、違和感という名の匂いを感じた。


「素子……?」


 そうだ、俺は狼の稀人だから耳も良ければ鼻もいい。

 そして俺が素子の匂いをかぎ分けられないはずもないわけで。


「学校近くにいる? 珍しい、どころか初めてじゃないか?」


 あり得ないと言ってもいいだろう。

 何の仕事をしているのかは知らないが、こことは真逆の都心の方へ出ていることは知っている。


「ラッキー、なんて思うべき、かな?」


 会いたいと思った時にその機会を与えてくれるなんて、神様とかいうヤツがいるなら少しは粋ってやつを知っているらしい。


 匂いを辿ってみればどうにも大通りから外れた裏路地に続いている。


「行くか」


 どうしてそんな所に、とは一瞬思わなくもなかったけれど。

 大概俺もテンションが上がっているらしい、近くにいるなら会おう。

 それだけの気持ちで匂いが示す道筋を早歩きで辿る。


 この付近で素子の匂いを感じることも初めてならば、仕事中の素子に会うのも初めてだ。

 少しどころかワクワクする気持ちがあった。会えばどんな顔を彼女はするのだろうか、なんて。


 だから。


「……え」

「――ち。狼、か? 痕跡は消したはずなんだが、甘かったか」


 まだ日が落ちるには早すぎる時間帯にもかかわらず、一切の光を感じない裏路地の袋小路で。


「もと、こ……?」

「まぁ良い。どこの誰かは知らないが同族を消したくはない故に、覚えておけ。深入りすれば、こうなると言うことを」


 血だまりに倒れ伏している、素子の姿を見つけてしまった。


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