頭上に
「
「持ってるよ!」
「引き
「うるさい!分かってるよ!」
辺り一面の落ち葉の中に横たわるシャベル。学生服のブレザーは醜く泥に
「お前も手伝え!掘れよ!」
「あ、あぁ」
「掘るんだよ!」
目の前に差し出されたずぶ濡れのシャベルを右手で受け取ると腕が小刻みに震えている事に気が付いた。
(なんでこうなった、どうして!どうして!?)
洸平が
「ほら、掘れよ!」
「・・・・・・・」
「もう後戻りは出来ない、諦めろ」
「そうか」
力無く立ち上がった洸平は落ち葉の中にシャベルの先を突き刺した。
夜明けにカラスが飛び立つ、二人はその穴に暖炉の火かき棒とネクタイを放り込んだ。
洸平の叔父は人里離れた
幼い息子はその行為に素直に従い椅子に座っていたが、歳を重ね、高等学校に入学する頃には父親の前で肌を晒す事に違和感を感じ始めていた。
ブルーシートを覆う黒く湿った土、洸平たちは一心不乱に落ち葉をかき集めその場所を
12月25日
鏡の中の女性は
艶やかな黒髪にはスワロフスキーの髪飾りが繊細な光を弾き、刺繍の
シャンパンカラーのウェディングドレスは貞淑な肢体を優しく包み、ウェストから裾へと広がる
夏帆はこの日、高田夏帆から
教会の祭壇には夫となる
夏帆の隣には白髪を後ろに撫で付け、整った口髭を生やし、紋付き袴を着た高齢男性が杖をついて椅子に座っている。
その男性の名前は
夏帆の両親は交通事故で10年前に他界した。以来、修造が親代わりとなり夏帆を溺愛し育てて来た。
夏帆が23歳の誕生日を迎えた頃、修造が夏帆に縁談を勧めた。その相手は(医療事務器株式会社オーツカ)の長男、
洸平は(医療事務器株式会社オーツカ)の後継者、次期社長となる立場にある。また洸平は高学歴で上背もあり見栄えが良く夏帆の結婚相手としては申し分のない人物だった。
更に(高田製薬株式会社)は(医療事務器株式会社オーツカ)に多額の金銭的援助をしており、この婚姻で企業間の繋がりはより強固なものになると修造は判断した。
教会の鐘が鳴る。
ブブ ブブ ブブ ブブ
夏帆のハンドバッグの中で携帯電話のバイブレーションが着信を知らせた。
(・・・・なにかしら?)
「夏帆、こんな時くらいは電源を切っておきなさい」
「ごめんなさい、うっかり忘れていました」
ハンドバッグを開くと携帯電話の待受画面にLINEのバナーが表示されていた。画面をタップしようと思ったがウェディンググローブが邪魔をして反応しない。
「お祖父様、私の代わりに押して下さいませんか?」
「どうしたんだ」
「手袋をしていて画面が開かないんです」
「しょうがない、どれ、貸してみなさい」
修造は携帯電話を持ち四苦八苦した。
「夏帆、携帯電話の暗証番号は何番だ」
「0606です」
「なんだ、それは。暗証番号の意味がないじゃないか」
「・・・・洸平さんのお誕生日なんです」
「あいつの誕生日、はぁ、そうか、0606な、ほれ開いたぞ」
LINEメッセージの送り主はその洸平からだった。
「お祖父様、洸平さんからです」
「なんだ、それは。結婚式にLINEなどと緊張感のない奴だな」
夏帆は苦笑いをしながらその画面を見た。
(・・・・・え?)
我が目を疑った。そこにはLINE画面のスクリーンショットが添付されていた。日付は不明だが洸平がその画面を開いた時刻は1:45と深夜だった。夏帆は携帯電話をチェストの上に置くと介添人の声も無視してウェディンググローブを脱いだ。
(なに、なに、なにこれ!?)
画面をタップして拡大すると素裸の男性が背中を向けて横たわり、その背中には赤いマニキュアの爪先が妖しく絡み付いていた。
(・・・・背中に傷痕が・・・この傷は!)
それは洸平が「大学時代にマウンテンバイクで転倒したんだよ」と苦々しく笑って見せた傷と酷似していた。
(この男の人は洸平さんだわ!でも、いつ、誰と!?)
慌てて画面をスクロールさせると赤裸々なLINEメッセージのスクリーンショット画像が表示され夏帆は衝撃を受けた。
洸平もう寝た?
起きてる
既読
興奮して眠れないんでしょ?
別に、そんなんじゃない
既読
冷たいなぁ、ベッドではあんなに
激しいのに
そんな事ない
既読
もう、あんな事するから
感じちゃった
良かったね
既読
またKAHOとしてね
また今度な
既読
それは目を覆いたくなるような濃密な男女のメッセージが展開されていた。更に驚いた事にその相手の女性の名前は
そして足の指先が絡まるホテルのベットは決して安上がりなその手のものではない。窓から一望出来る夜景は金沢市中心部、室内の調度品や壁紙から高級なホテルである事は容易に想像出来た。
(・・・・え、ここは)
女性が撮ったと
(嘘!!)
夏帆がウェディングドレスの裾をたくし上げ窓に駆け寄ると介添人もドレスの裾を持ち上げ急いでその後を追った。
「やっぱり、ここ・・・・は」
エントランスのガラスには
(・・・・・まさか、ここで、この場所でそんな)
夏帆の顔色が優れない事に気付いた修造が椅子から杖をついて立ち上がり歩み寄って来た。
「どうした、夏帆」
「・・・・あ、あの」
「ん?」
「あの、勘違いでした」
「勘違い?」
「洸平さんからではありませんでした」
「そうか」
「お買い物をしたお店からのメッセージでした」
「そうか、そうか。また洸平が指輪を忘れたと言い出したのかと思って冷や冷やしたわ」
「ごめんなさい」
結婚式の場でこのような
「まぁ良かったが・・・夏帆、どうした顔色が悪いぞ?」
「な、なんだか緊張して来ました」
夏帆は介添人から「お水でもお飲みになりますか?」と声を掛けられたが「大丈夫です、ありがとうございます」と微笑み花嫁控室の扉を開けた。
教会の鐘が鳴る。
夏帆の白いパンプスは深紅のカーペットへと踏み出した。