「あら。目が覚めました?」
看護師が私の顔をのぞきこんだ。
「お加減はどうですか。私の声、聞こえます?」
「は、はい。聞こえ……ます」
「すぐに先生をお呼びしますね」
程なくして、看護師が医師をつれてきた。
「どうやってここまで来たか、憶えておいでですか?」
「いいえ……病院が火事になって……それから」
医者と看護師は顔を見合わせた。
「お嬢さんは、
医者の言葉に耳を疑った。
聞き間違いだろうか。居酒屋で倒れたのは二ヶ月前のことだ。
「えっ……居酒屋? そ、そんな馬鹿な」
私は寝台から起き上がろうとしたが、身体が鉛のように重くて動かない。
「もうしばらく安静にされた方がいいですよ。アルコール血中濃度も高かったし、頭部の打撲も相当激しかったみたいです」
「頭部の……打撲?」
「ええ。化粧室で横転した際、洗面台で頭部を損傷されたと聞いています。憶えておられませんか」
「は……はい」
「記憶の混濁が見られますね。恐れながら。貴方の持ち物から、先に身元を確認させていただきました」
寝台のそばには鞄が置かれていた。おそらく財布の中に入っていた保険証もしくは運転免許証だろう。
「お嬢さん。貴女のお名前は?」
「波久礼……吉楽です」
私は質問に一つ一つ答えていった。
「今日は、何月何日か分かりますか」
「九月……」
――あれ? 今日って何日だったかしら?
「九月の……初めの週ですよね?」
医者と看護師は顔を見合わせた。
「今日は七月七日ですよ。やはり意識が混濁していますね。一晩入院して、様子を見ましょう」
医師が退室する。看護師も点滴の差し替えが終わると「何かございましたら、お呼びくださいね」とナースコールのボタンを渡した。
医師と看護師の言葉を初めから振り返る。火事が起こるまで、病院で起こった二ヶ月間の出来事だ。
「時間が戻ったの? それとも……これまで起こったことは全部、夢?」
そんな馬鹿な。あんなリアルな夢。
「今、見ているこの現実こそが……夢なの?」
点滴で繋がれていない左手で頬をつねってみる。
右の頭部に触れると、チクリと刺すような痛みが走った。
髪で隠れているけど、右耳の上あたりに、ガーゼで止血が施されている。
「これが……現実なんだわ。そうだ……アップルさん」
あれが夢だったのか現実だったのか分からないけれど、前回は隣にアップルさんがいて、「サー・ヘンリー」だの「百年ぶり」だのと話していた。
「アップルさん。どこ?」
診療室のどこにも彼の姿がない。
「アップルさん。エドワード・アップルレードさん!」
いくら呼びかけても彼の声も姿も見えない。
「全部……夢だったの? そんな馬鹿な」
私はパラレルワールドに迷い込んでしまったのだろうか。
【つづく】