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第33話 ここは多重世界?

「あら。目が覚めました?」


 看護師が私の顔をのぞきこんだ。


「お加減はどうですか。私の声、聞こえます?」

「は、はい。聞こえ……ます」

「すぐに先生をお呼びしますね」


 程なくして、看護師が医師をつれてきた。


「どうやってここまで来たか、憶えておいでですか?」

「いいえ……病院が火事になって……それから」


 医者と看護師は顔を見合わせた。



「お嬢さんは、居酒屋いざかやで倒れられていたのですよ」



 医者の言葉に耳を疑った。

 聞き間違いだろうか。居酒屋で倒れたのは二ヶ月前のことだ。


「えっ……居酒屋? そ、そんな馬鹿な」


 私は寝台から起き上がろうとしたが、身体が鉛のように重くて動かない。


「もうしばらく安静にされた方がいいですよ。アルコール血中濃度も高かったし、頭部の打撲も相当激しかったみたいです」

「頭部の……打撲?」

「ええ。化粧室で横転した際、洗面台で頭部を損傷されたと聞いています。憶えておられませんか」

「は……はい」

「記憶の混濁が見られますね。恐れながら。貴方の持ち物から、先に身元を確認させていただきました」


 寝台のそばには鞄が置かれていた。おそらく財布の中に入っていた保険証もしくは運転免許証だろう。


「お嬢さん。貴女のお名前は?」

「波久礼……吉楽です」


 私は質問に一つ一つ答えていった。


「今日は、何月何日か分かりますか」

「九月……」


 ――あれ? 今日って何日だったかしら?


「九月の……初めの週ですよね?」


 医者と看護師は顔を見合わせた。


「今日は七月七日ですよ。やはり意識が混濁していますね。一晩入院して、様子を見ましょう」


 医師が退室する。看護師も点滴の差し替えが終わると「何かございましたら、お呼びくださいね」とナースコールのボタンを渡した。


 医師と看護師の言葉を初めから振り返る。火事が起こるまで、病院で起こった二ヶ月間の出来事だ。


「時間が戻ったの? それとも……これまで起こったことは全部、夢?」


 そんな馬鹿な。あんなリアルな夢。


「今、見ているこの現実こそが……夢なの?」


 点滴で繋がれていない左手で頬をつねってみる。


 右の頭部に触れると、チクリと刺すような痛みが走った。


 髪で隠れているけど、右耳の上あたりに、ガーゼで止血が施されている。


「これが……現実なんだわ。そうだ……アップルさん」


 あれが夢だったのか現実だったのか分からないけれど、前回は隣にアップルさんがいて、「サー・ヘンリー」だの「百年ぶり」だのと話していた。


「アップルさん。どこ?」


 診療室のどこにも彼の姿がない。


「アップルさん。エドワード・アップルレードさん!」


 いくら呼びかけても彼の声も姿も見えない。


「全部……夢だったの? そんな馬鹿な」


 私はパラレルワールドに迷い込んでしまったのだろうか。


【つづく】


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