夢の中で、林檎の入った大きな籠を見ていた。
アップルさんが脚立にのぼり林檎を収穫していく。
私は脚立の側に立ち、彼が渡した林檎を籠の中に入れていった。
――クリスマスの夢から、どれくらい時間が経ったのかしら。
お互いそれほど年を取ったという風ではない。
それにしても、ここはどこだろう。自然豊かな田舎に暮らしているようだ。
「たくさんとれたね」
彼が脚立を下りてきて、籠の中をのぞいた。
「林檎料理なら任せて。アップルパイ、アップルブラウンベティー、アップルジャム、ブランデー浸け、アップルサイダー、これだけあれば、作るのも楽しそう」
「君の料理の引き出しの多さには吃驚だよ」
「早速、林檎ジュースを作ってみるわ」
「俺も手伝うよ」
「一緒に作りましょう」
「勿論。――あ、籠は俺が持つから、いいよ」
彼は林檎の重い籠を、住まいの台所に運んでくれた。力持ちだ。
「
「小さい村ですから。でも私には、このくらいの大きさがちょうどいいですよ」
「でも。君に家事の負担が……」
「仕事がある方が嬉しいのです。以前の暮らしより、今の方がずっと……」
「ロンドンに戻りたいと思うことはないかい?」
「いいえ。私には少々刺激が多くて。
「俺もだよ。君とここで暮らす有限の時間を尊く思う。都会よりも、この村に住む人たちの為に、医者として尽くすことに生き甲斐を感じる」
「貴方の力になれることが嬉しいわ」
「ありがとう。愛しているよ」
アップルさんが私の髪を撫でる。壊れ物に触れるような優しい手つきで。彼の腕に抱きしめられ、キスを交わした瞬間、私は彼女から剥がされた。正確には〝今の私〟がキスに驚いて、恥ずかしさ極まり、思わず飛び出してしまったのだ。私は初めて前世の私を「外から」見た。
――綺麗な人。本当に前世の私なの?
前世の自分の姿を見るのはこれが初めてだ。三つ編みで結われた亜麻色の髪と、空色の瞳、エプロンドレス。彼の腕の中で笑む彼女の姿は、幸せの象徴だった。
二人が「私」に気付いたのか、こちらへ振り返った。
二人は驚く様子もなく、微笑んで私を見つめている。
――夢よ、覚めないで。もう少し、この光景を見ていたい。
昼下がりの台所が遠のいていく。空に瞬く星のように小さな点となり、月のない夜が私を喰らった。無重力に近い空間を漂う。
――林檎の香りがする。
闇色の世界は、忽ち透き通った色で満たされた。サイダーのように微細な泡がコポコポと音を立てて浮かび上がる。
――水の中にいるのだわ、私。
なぜ息ができるのだろう。夢の中だからだろうか。
――ひとりぼっちは寂しい。行かないで。私のそばにいて。
宙に
「そばにいるよ。いつまでも君のそばに」
彼へ伸ばした手が空を切る。夢世の水が引いていく。私の身体は重さを取り戻し、五感が鮮明になる。重いまぶたを開ける。どうやら私は寝台に寝かされているようだ。
――頭が……痛い。
右の側頭部から鈍痛がした。触れてみようとしたが、点滴につながれているので動かすのをやめた。
「あら。目が覚めました?」
看護師が私の顔をのぞきこんだ。
【つづく】