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第19話 新聞の投書ではなく物語に

「クリーニングルームにいた、おじいさんの幽霊に変なことを言われたのよ」

「変なことって?」

「若いのに可哀想にとか。まるで私に不幸がふりかかるみたいなことを言われたの」


 隣を歩くアップルさんがぴたりと止まった。


「ニカさんも、クリーニングルームの幽霊も、貴方も〝病院をやめろ〟と、まるで打ち合わせしたみたいに口を揃えるのね」

「早いほうが良い。ニカさんにも、さっき急かされたんだ。吉楽の霊感が突然消えたらどうするのか、って。俺の姿が見えて、言葉を交わせるうちに、吉楽を説得した方がいいって」

「一体何が起こるの? まさか私が死んじゃうとか?」


 アップルさんが急に黙ったので、背筋がぞっとした。


「死人なら出ただろう。ほら、さっきの人さ」

「まさかゲンジさん?」

「そう。水が腐り、流れが悪くなったのが原因だ。ニカさんは、ゲンジさんの死亡は医療事故だと話していたよ」


 ニカさんは本当に誰の守護霊なのだろう。奇妙なくらい情報通だ。


「看護師と医者が今、責任のなすりつけ合いをしているそうだ。遺族にどう説明するのかってね。絶対にこちらの医療ミスを認めないという点では一致しているらしい」

「腐ってるわー。いっそ内部告発しちゃおうかしら」

「病院を相手に勝てる?」

「するなら、匿名ね。新聞に投書してやろうかしら」

「いいんじゃない? 文才の吉楽が一筆書けば波紋を呼ぶよ」

「ありがとう。新聞の投書ではなく、小説にするのも良いかもね」

「それは良い考えだ!」


 地下一階から、六階へ向けて階段をのぼりつづける。エレベータを使いたいけれど、またバナナが落ちていたという情報を聞いたばかりなので、使うのは止めた。無心に足を上へ上へと動かしていると、頭の中の怒りや恐怖、疑問が遠のいて、冷静になっていくのを感じた。


 嫌いな人はいるけれど、クーラーのかかった薬室は天国だと思った。滴る汗をハンドタオルで拭い、やりかけの仕事を再開する。視線を感じたのでそちらを見ると、私に白衣を押しつけた二人がにやにやしながらこちらを見ていた。


波久礼はぐれさ~ん、地下室どうだった?」

「霊安室に遺体があったんだよ。怖くなかった~?」


 この二人は初めから分かっていて、洗濯物を押しつけたのだ。薬科大学を卒業しているのだから、私より遥かに学のある人物のはずなのに、こんなに幼いことをするなんて。


「そうだったんですか? どうりで涼しかったわけです」


 霊安室の扉が開いていたと騒ぎになったのは、その日の午後のことだった。


 いくつか私にも質問がされたけど、知らぬ存ぜぬを通した。「幽霊の仕業です」なんて口にしたら最後、病棟に入れられてしまうもの。


【つづく】


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