「あら。エドワードさんはポルターガイスト得意でしょ」
ニカさんが、私たちの座るベンチの後ろに立っていた。
「私、何度か見たわよ。アップルさんのポルターガイスト」
「ニカさん、そこんとこもっと詳しく。うちの守護霊が、どこでなにをやらかしたんですか」
「ニカさん! 言わないでください! 一生のお願いです!」
「死んでいる人が一生のお願いってなによ。ニカさん、教えて!」
「死人のお願いです! 言わないで」
「私はどっちにつけばいいの? エドワードさん? 吉楽さん?」
「女性の味方になってください!」
「守護霊の味方になってください!」
ニカさんは「やれやれ」と苦笑い、私とアップルさんを交互に見た。彼女は果たしてどちらにつくのか。
「どっちについても味方を失いそうだから黙秘するよ。死んだ私とまともに話してくれるのは、二人だけなんだ」
ニカさんはベンチの空いたところに腰を下ろした。
「吉楽さんに一つだけアドバイス。
「私が? いやいやそんな馬鹿な。それならもっとこう、アプローチがありそうなものじゃないですか。告白されたり、デートに誘われたり。今までそういうのと縁が無かったんですよ」
「たくさん告白されて、デートに誘われたから、モテているというのは間違い。吉楽さんは、思いを胸に秘めるムッツリタイプに好かれやすいんだね。たとえばエドワードさんみたいに」
「エドワードさんが? 思いを胸に秘めるタイプ?」
「ほら、エドワードさんのふてくされた顔を見てみなよ」
「別に。これがいつもの顔ですよ」
アップルさんは腕組みして、ぷいっと顔を背けた。
「お言葉ですが、ニカさん。私の隣に座る守護霊は、猥談と皮肉が大好きで、人をからかうのが生き甲斐ならぬ死に甲斐の、ふざけた性格ですよ。死に字引として、創作に役に立つ情報もくれますけど、好きだとか愛してるとか言われたことはありません」
「素直じゃないねぇ。そういうところだよ、エドワードさん。そんなつれない態度じゃ、吉楽さんを誰かにとられちゃうよ」
アップルさんはガクッと前屈みになり、深い溜め息とともに肩を落とす。
「嫌……です。
聞き取れないくらい小さな声だった。
「幽霊なのに独占欲だけはあるんだから。かっこ悪いよ、エドワードさん」
「どうとでも言ってください。俺はその……
――大した自信だわ。こんなに自己主張の強い守護霊がいるのね。
「私は小説に恋をしているから、誰かと付き合う余裕はないわ、アップルさん」
「ほ、本当?」
「もちろん幽霊と愛し合う予定もないけれど」
「ガーンッ」
「私はね、リアリストなのよ」
幽霊に恋をしても、傷付くことは分かっている。アップルさんの優しさも博識さも理解しているけれど、このまま私の霊感が消えることなく、付き合いが長くなって「愛や恋」に変わった時が辛い。現実主義は自分を守る為の盾であり、心の防波堤なのだ。
【つづく】