宗教ごとに輪廻転生の概念は異なる。前世退行療法の施術者はしばしば、宗教的理由で「前世」を認めない集団から非難されることもある。なぜ寛容になれず、排他的行動に出るのか疑問だ。日本のライトノベルは「前世」がキーワードの西洋風小説が出回っている。あれらも全て弾圧対象になるのだろうか。
「前世はあるよ。間違い無く存在する」
守護霊アップルさんは断言した。そもそも「前世」と最初に口走ったのは彼なのだ。
「どうして
ある晴れた日のお昼休み、いつもの中庭で私はアップルさんに訊ねた。
「ノーコメント」
「なんで?」
「霊界的事情です。いろいろ規定があるんだよ」
「なんだか会社みたいね」
「まぁ……そんなとこ」
「生まれ変わって私ともう一度恋人になりたいと思わなかったの?」
「えっ」
「前世で恋人同士だったのでしょう?」
夢で見たことが本当なら、私とアップルさんは幼なじみだったようだ。けれども私は物語を書く人間である。「既婚者のマウント取り」に疲れ果てた私の無意識はこう考えたのではないだろうか。
『誰か、ステキな人と結婚できたら、独身だからとなめられることもないのにな。もういっそ、恋人が幽霊でも構わないよ』
無意識が一つの物語を頭の中で作り上げ、幻を見せているのかもしれない。
「私が別の人と恋し合ったら、
答え次第によっては、この幻は消えてしまうかもしれない。一線を越えた質問だということは分かっていた。
――けれど彼は守護霊だから。
君の幸いを祈るとか、君が愛する人を見つけたのなら、と言うだろう。今、頭の中に浮かんだ言葉を、アップルさんが私の目の前で唱えたのなら「妄想と幻視」確定だ。私は私の頭の中で、現実と架空を織り交ぜている、と。
「その言葉だけは……吉楽の口から聞きたくなかったなぁ」
なんとアップルさんは私の隣で、大粒の涙をぼろぼろこぼし始めたのだった。幽霊の大泣きなんて予想外。妄想の域を超えている。やはりこれは幻ではなくて本当に……。
「吉楽。もしかして……好きな人がいるの?」
「いや、いやいや、いないから」
「嘘だ。好きな人いたじゃん。チョコレートあげようとしたじゃん。めっちゃチビを好きになってたじゃん、日焼けしたサッカー部のガキを目で追ってたじゃん。そして全部失恋したじゃん!」
「ええそうよ、全部片思いで玉砕したわ!」
「だって俺が邪魔し……ハッ」
アップルさんは両手で口をパッとふさいだ。
「邪魔? 今、俺が邪魔した、って言いかけましたよね?」
「言ってないよ? 吉楽の聞き違いだよ」
「いいや。言った。つまりなに? 今まで私の
「誤解です。自分は守護霊です。常に貴女の最善を指導する立場です」
「アップルさん、口調が変わっているわよ?」
「だ、大体、守護霊がどうやって恋路を邪魔するっていうのさ」
「ポルターガイストとか?」
「そ、そんなのできないよ」
――怪しい。目が金魚のように泳いでいる。
「あら。エドワードさんはポルターガイスト得意でしょ?」
ニカさんが私たちの座るベンチの後ろに立っていた。
【つづく】