夢の中で目を開けると、白いレースが風に揺れていて、窓の向こうに空色の
部屋を温かく満たす
「気分はどう?」
――アップルさん?
彼は、白シャツに紺色のベストを重ね、黒いズボンを
「大丈夫です、兄さん。心配をかけてごめんなさい」
自分の口からすらすらと出た言葉に驚く。私の中に別の私がいるような感覚だ。それとも夢の中の〝違う私〟に〝今の私〟がお邪魔しているのかもしれない。
――兄さんと言った? アップルさんと私は前世、恋人同士じゃなかったの?
「わざわざ、私の住まいまで来ていただいて……」
「堅苦しいのはナシで。幼なじみが悪いと聞いたら飛んでくるさ」
――幼なじみ。なるほどね。兄さんと呼んでいるということは、少し年が離れているのかしら。
「兄さんは、お仕事だったのではないですか」
アップルさんは「いいや」と首を横に振った。
「休みだよ。晴れているから君をピクニックに誘おうと思ったら、風邪で寝込んでいるというじゃないか。心配して来たんだ。それにしても……ここは良い住まいだね。花が満開で景色も綺麗だし、管理人さんも良い人そうで安心した。――そうだ、林檎を切るよ」
「いえ、私が……」
「いいから。台所を借りるよ」
彼は台所に立つと、林檎の皮をむき始める。切った林檎を皿にもりつけると、フォークを添えて私の前にコトンと置いた。御礼を言って一口味わう。シャリッと涼しげな音がして、
「とっても美味しいです」
「良かった。あんまり無理をしてはダメだよ」
「無理なんて、そんな。このくらいでへばってしまって情けないです。兄さんのお役に立ちたい
「君はもう十分に頑張っているよ」
「いいえ。私はまだ血が苦手ですし……看護師なのに」
「君が血を苦手なのは、昔の
――
脳裏に浮かんだのは、子供の手と血だまりだった。
――前世の私の〝記憶〟だ。
身体が急に強ばり、冷たいものが背筋に押し当てられたような感覚に見舞われる。
――これは……鉄の塊だわ。背中に? 押しつぶされたような……。
前世の幼い自分は、ひょっとすると事故か何かで、倒れた鉄板の下敷きになったのではないか。
「あの時……兄さんが助けてくれなかったら、どうなっていたことか。兄さんのお役に立ちたくて、私は看護師になったのですもの」
「それは……本当に君のしたいこと?」
「本当に、とは?」
「看護師になってからの君は、どんどん元気が無くなっている。医者になった俺の背中を追いかけてくれたのは嬉しいけど」
テーブルの向かいから、アップルさんは私の頭をポンポンと撫でた。
「曇りの無い眼差しで、世界の綺麗なものを探していた君が、哀しげに物思いに耽っているのを見ると、昔のように笑って欲しいと思っただけ」
私は無理に笑って見せた。すると彼は苦笑いして、私の鼻の頭をちょっとつまんだ。
「もうっ、兄さんったら」
茶目っ気たっぷりに、アップルさんはカラカラと声を立てた。
「そういえば兄さんが笑っているのを久しぶりに見ました」
「そうかい?」
「病院の兄さんは、私が知っている兄さんとは別人ですもの」
「……」
アップルさんは急に黙った。
「あっ、真面目でカッコイイと言いたかっただけなんです」
「えっ。そうなのかい?」
「そうですよ。兄さんは私だけでなく、たくさんの方の命の恩人なのだな、って」
「医者の職務だからね。けれど施術者が誰かなんて、ほとんどの人は忘れてしまうよ。何年経っても、俺を
彼の水色の瞳に見つめられ〝私〟の鼓動がとくとくと早まった。
「ところで、君はいつまで、俺を〝兄さん〟と呼ぶんだい?」
「私ったら、つい……。病院では〝先生〟と呼んでいますけど」
「〝先生〟も〝兄さん〟も嫌だよ」
「じゃあ、なんと呼べば良いのですか?」
「名前で呼んでほしい」
アップルさんは林檎を一切れフォークでさすと、私の前に差し出した。
「もう俺は、君を
頬が熱を帯びる。アップルさんの顔も真っ赤だった。
「食べないの?」
「い……いただきます」
フォークごと林檎を受け取ろうとした。けれどアップルさんがフォークを離そうとしない。彼は林檎の先っぽを、私の唇にちょんと当てた。
「病み上がりなんだから甘えて」
私は観念して、林檎をかじった。
優しくて甘い果汁が口の中で広がる。
こみあげる愛情と感謝が、病み上がりの私を恋の熱で
【つづく】