アップルさんとの奇妙な生活が始まってしばらく、霊感のある生活にもだいぶ慣れてきた。魚にあたってからどれくらいの時間が経っただろう。最近は昼も夜も眠い。以前にも増して貧血気味で、仕事中に立ちくらみが多くなった。
――なんだかずっと夢を見ているみたいだ。
今日が
「
街中でも、病院でも、事前に危険を察知してくれるのは有り難い。バナナは予知できないようだが、それ以外の「霊的な危険」は隣の幽霊の専門分野のようだ。
――はじめは私の精神疾患を疑ったけれど。
どうやらそうではないらしい。アップルさんが「そっちへ行くな」と止めた先で事故があったり、クライエント同士の乱闘があったりと、予期せぬトラブルが発生したからだ。
「どうして分かるの?」
昼休憩時、いつも座る中庭のベンチで、守護霊アップルさんに訊ねてみた。
「良くない気の流れだよ。湿っぽくて生臭い風が吹くんだ。吉楽には分からない?」
「埃のようなモヤが溜まっているのは見えるわ。でもこの病院、どこもかしこもそんな場所ばかりで。綺麗な場所は、この中庭くらいかなぁ」
するとアップルさんは黙ってしまった。
「マシな場所、と言った方がいいかも」
「マシ? この中庭、何かあるの?」
「汚れていない場所なんて地球上に存在しないよ。この中庭は、木と花壇があるから、いくらか浄化されているんじゃないかな」
「エドワードさんの言う通りだよ。草木は霊にとって何よりの癒しだからね」
話し込んでいて気付かなかった。私たちの座るベンチの横に、その女性が立っていることに。
「ニカさん、Hello!」
「こ、こんにちは」
アップルさんと私が挨拶をすると「こんにちは」とニカさんは微笑んだ。ふんわりとやわらかい雰囲気をまとった白髪の中年女性だ。彼女
「仲良しねぇ、お二人さん。吉楽さんは今日も私が見えるのね? 嬉しいわ」
何を隠そう、このご婦人も幽霊なのである。ニカさんはアップルさんのことを「エドワードさん」と上の名で呼ぶ。
「魚にあたって霊感が開花したと聞いた時には驚いたわ。臨死体験を通して、見えるようになったという話は聞いたことがあるけど」
「魚にあたった時には、本当に死ぬかと思いましたよ」
「よほど傷んでいたのね、その魚。お隣に座っていいかしら?」
私は「どうぞ」と空いた空間へ彼女を
「この時期の魚は要注意よ。アニサキスも刺身にうようよしているからね。生食は避けて、一度冷凍されたものを選べば問題ないわ」
ニカさんは医療や衛生に詳しい。聞くところによればこの病院にいる誰かの守護霊だという。誰を守っているか、については教えてくれない。
「吉楽さんには災難だったけど、エドワードさん、良かったわねぇ。
「はい。不幸中の幸いでした」
「い、愛しの吉楽さんって……恥ずかしいこと言わないでください、ニカさん」
「あら。でもエドワードさんは吉楽さんの守護霊で、前世の旦那様なんでしょう?」
「旦那じゃありません、恋人です! ……ハッ」
旦那だとは否定したけれど、恋人だとは肯定しているようなものだ。
【つづく】