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第7話 守護霊 ニカ さん

 アップルさんとの奇妙な生活が始まってしばらく、霊感のある生活にもだいぶ慣れてきた。魚にあたってからどれくらいの時間が経っただろう。最近は昼も夜も眠い。以前にも増して貧血気味で、仕事中に立ちくらみが多くなった。


 ――なんだかずっと夢を見ているみたいだ。


 今日が何月何日なんがつなんにちか分からなくなることが多々ある。物忘れも多く、電車で立ったまま転た寝をすることもあった。その度にアップルさんが私を心配してくれる。彼は相変わらずの皮肉屋で、ちょっと悪戯好きだけれど、


吉楽きら。こっちにいかない方がいいよ。なんか変なのがいるから」


 街中でも、病院でも、事前に危険を察知してくれるのは有り難い。バナナは予知できないようだが、それ以外の「霊的な危険」は隣の幽霊の専門分野のようだ。


 ――はじめは私の精神疾患を疑ったけれど。


 どうやらそうではないらしい。アップルさんが「そっちへ行くな」と止めた先で事故があったり、クライエント同士の乱闘があったりと、予期せぬトラブルが発生したからだ。


「どうして分かるの?」


 昼休憩時、いつも座る中庭のベンチで、守護霊アップルさんに訊ねてみた。


「良くない気の流れだよ。湿っぽくて生臭い風が吹くんだ。吉楽には分からない?」

「埃のようなモヤが溜まっているのは見えるわ。でもこの病院、どこもかしこもそんな場所ばかりで。綺麗な場所は、この中庭くらいかなぁ」


 するとアップルさんは黙ってしまった。


「マシな場所、と言った方がいいかも」

「マシ? この中庭、何かあるの?」

「汚れていない場所なんて地球上に存在しないよ。この中庭は、木と花壇があるから、いくらか浄化されているんじゃないかな」

「エドワードさんの言う通りだよ。草木は霊にとって何よりの癒しだからね」


 話し込んでいて気付かなかった。私たちの座るベンチの横に、その女性が立っていることに。


「ニカさん、Hello!」

「こ、こんにちは」


 アップルさんと私が挨拶をすると「こんにちは」とニカさんは微笑んだ。ふんわりとやわらかい雰囲気をまとった白髪の中年女性だ。彼女いわく、昔はカタカナの名前が流行ったそうで、ニカは「ニッケ玉」が好きだった両親が思いつきでつけたのだとか。


「仲良しねぇ、お二人さん。吉楽さんは今日も私が見えるのね? 嬉しいわ」


 何を隠そう、このご婦人も幽霊なのである。ニカさんはアップルさんのことを「エドワードさん」と上の名で呼ぶ。


「魚にあたって霊感が開花したと聞いた時には驚いたわ。臨死体験を通して、見えるようになったという話は聞いたことがあるけど」


「魚にあたった時には、本当に死ぬかと思いましたよ」


「よほど傷んでいたのね、その魚。お隣に座っていいかしら?」


 私は「どうぞ」と空いた空間へ彼女をうながした。右にアップルさん、左にニカさん。左右を幽霊にはさまれて食べるお弁当は不思議な味がする。


「この時期の魚は要注意よ。アニサキスも刺身にうようよしているからね。生食は避けて、一度冷凍されたものを選べば問題ないわ」


 ニカさんは医療や衛生に詳しい。聞くところによればこの病院にいる誰かの守護霊だという。誰を守っているか、については教えてくれない。


「吉楽さんには災難だったけど、エドワードさん、良かったわねぇ。いとしの吉楽さんと言葉が交わせるようになって」

「はい。不幸中の幸いでした」

「い、愛しの吉楽さんって……恥ずかしいこと言わないでください、ニカさん」

「あら。でもエドワードさんは吉楽さんの守護霊で、前世の旦那様なんでしょう?」

「旦那じゃありません、恋人です! ……ハッ」


 旦那だとは否定したけれど、恋人だとは肯定しているようなものだ。


【つづく】


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